『LAMB/ラム』と、不吉さの小さな予兆
アイスランドの人里離れた土地に暮らす夫婦。近隣には誰もおらず、夫婦はふたりだけで羊を飼い、農業を営みながら静かに暮らしているというのが、映画『LAMB/ラム』の基本設定である。まず何より、物語の舞台となる土地の壮大な自然に圧倒された。このような土地があるのか。日本では絶対に撮れない風景である。本当に美しい環境だが、同時に「ここでは暮らしたくない」と思ってしまう。夫婦にとっては、お互い以外にコミュニケーションの相手がいないという状況も息苦しそうだ。そもそも、このような場所に電気は届くのか。羊に餌をやり、散歩をさせ、農作物を育てる穏やかな日々の描写を眺めながら、やがて取り返しのつかない惨事がやってくるという不安が拭えない。ここには何か歪んだものがあると、観客は直感する。
劇中で起こる小さなできごとが、不吉さを少しずつ増していくという展開も特徴的だ。寝室の窓に向かってメェメェと鳴く母親羊。運転中にエンジンが動かなくなるトラクター。突如として訪問してくる夫の弟。不注意で閉め忘れた家のドア。そうしたひとつひとつが、破滅の予兆を確実に強めていく構成がすばらしいと感じた。古くからある民話を思わせる、現実には起こり得ない物語が、隔絶された土地のダイナミックな自然風景と混じり合って、ホラー映画ともまた違う、どうにも避けられない運命に押し潰される夫婦を描いている。「ストーリーと土地(ロケーション)の渾然一体」が、本作を魅力的にしているのだ。何を「見せない」か、という演出方法において、『LAMB/ラム』は優れている。さまざまなものを「見せない」ことによって、観客を物語に引き込んでいく点がみごとな作品だった。