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『シビル・ウォー アメリカ最後の日』と、地獄めぐりの旅

重厚な画づくりで描くアメリカの分断

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』(原題:CIVIL WAR)は、映画プロダクションA24最大の制作費をかけたとされる話題作です。予告編の時点で、かなり重厚な画づくりであると予想はつきましたが、実際に見てみると相当な迫力でした。まずはショットの強さ、画の力で観客を圧倒するタイプの作品だったと思います。米世論の分断をもっとも如実に感じさせる大統領選を間近に控え、非常にタイムリーな作品であったのではないでしょうか。分断を煽る政治家が支持される状況を踏まえてこの映画を見ると、さらに感慨ぶかいものがあります。また意外なテーマの分岐もあり、予想外の展開になる後半もユニークでした。かなり期待して見に行ったのですが、その期待に応えてくれる迫力の映像がみごとです。

本作では、アメリカが南北戦争に続いて2度目のシビル・ウォー(内戦)に突入してしまった近未来を描いています。主人公のリー(キルスティン・ダンスト)は報道カメラマン。戦場での撮影を行い、これまでに多くの画期的な写真を世に送り出してきました。内戦に突入したアメリカでは、間もなくホワイトハウスに反乱軍が到着して大統領を射殺するらしいとの情報が流れています。リーはジャーナリストとして、大統領が死ぬ前にインタビューを取りたいと考え、仕事仲間であるジョエル(ヴェグネル・モウラ)、サミー(スティーヴン・ヘンダーソン)、そして、リーに憧れて報道カメラマンを目指す若い女性ジェシー(ケイリー・スピニー)と共に、大統領のいるワシントンDCへと向かいます。果たして彼らは、大統領からインタビューを取れるのでしょうか。

PRESSって書いてあったら、相手も撃たないようにしてくれるのかな

死と暴力に満ちたロードムービー

本作はロードムービーの体裁を取っています。ニューヨークからワシントンDCまで、激しい内戦の続くアメリカを車で移動していく、地獄めぐりの物語です。まずはこの移動の感覚と、旅先で起こる恐怖体験の迫真に驚きました。のどかな自然風景が、何が起こるかわからない一触即発の危険地帯に見えてくるのです。こうした物語の形式はどこか『プライベート・ライアン』(1998)にも似ていて、ある人物(大統領/ライアン二等兵)を探す過程で遭遇する、暴力と死に満ちた旅の道行きを観客に体験させるスタイルを連想させます。夜、車を泊めて休む場面は、画面奥に飛び交う砲弾が絶え間なしに音を立て、戦時下であることを描く印象的なシーンです。激しい銃撃戦を行う兵隊を、PRESSと書かれたベストとヘルメットをつけた登場人物たちがついていくくだりは何度か描かれますが、リーやジェシーがカメラを構えるたびに「弾に当たって死んでしまうのではないか」という不安が頭から離れません。また、予告編でも流れた "What kind of American are you?" という不穏すぎるせりふも、これぞアメリカの分断だと恐怖せずにはいられませんでした。

物語にアクセントを与えているのは、カメラマン志望の女性ジェシーです。映画のテーマは「アメリカの分断」ですが、彼女の存在によって「報道カメラマンの倫理」というもうひとつのテーマへ分岐していきます。人が銃で撃たれているとき、手助けするのではなく、その様子を撮影することは倫理的に許されるのか。戦場の経験がないジェシーは葛藤しますが、やがてすべてをカメラに収めようという貪欲さで銃撃戦のさなかを駆け回るようになります。決定的な瞬間をカメラに収めるためなら何でもする、という非情さを売りにしていたベテランのリーは、やがて下の世代のジェシーに追いつかれ、追い越されていくようにも見えるのが印象的です。クライマックスのホワイトハウス突入は、こうした軋轢や衝突が一気に炸裂する場面になっており、とても見応えがありました。市街戦の迫力も含め、本当に内戦が起こったらこのような状態になるのだろうというリアリティにあふれていて、最後まで夢中になって見てしまいました。アメリカに住む人びとが見れば、おそらくさらなる真実味があるのではと感じました。

【伊藤のジャーナリスト魂が炸裂した本です。ジャーナリストじゃないけど……】

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