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やっぱり韓国すごいよねっていう話
詳細はすでに知っていると思うので割愛するが、12月3日夜、韓国で大統領が戒厳令を出し、6時間後に解除されるという混乱があった。私は、当日の夜は気づかずに寝てしまい、翌朝になって全容を知ったが、社会が危機に瀕した際、隣国にはこれほどに行動力があるのかと感心してしまった。事情を知りたくて新聞を買ったが、当日の様子を読んでみると、予想を遥かに超える一致団結、人びとの決断の素早さに圧倒された。日本の政治家や民衆は、絶対にこのような果敢な行動を取れないだろうと認めざるを得ない。戒厳令が出された瞬間に、政治家も市民も、全員がいっせいに動き出している。その瞬発力、政治的足腰の強靭さが信じられなかった。
国会内では、戒厳軍が迫る中、本会議場周辺のドアを封鎖するため、「早く早く!」と怒号が飛び交った。議員秘書らがガラス張りのドアをおさえたり、大きな机を運んでバリケードにしたりして、軍の侵入を防いだ。「解除要求決議案」が可決され、議場前のロビーにいた秘書らから拍手がわき起こった。市民らは国会の周囲を取り囲み、「人間の盾」になって軍に立ちはだかった。(…)国会の外には推計で約4千人の市民らが集まった。警察官が国会への立ち入りを統制する中、柵を越えようとする議員の足を支えた。
柵をよじ登ってでも国会に入って決議しようという国会議員もすごいし、その議員の足を支えて国会の中へ入れようとする一般の人びとも度胸がある。バリケードを作って時間稼ぎをしつつ、一気に決議案を可決へ持っていく。日本人にこんな気合いの入った人はほとんどいないだろう。仮に日本で同様の事態になり、国会前に集まって反対行動をしても、「デモじゃ何も変わらない」「夜中に騒いで迷惑だ」「投票で選ばれた政治家に文句を言うべきではない」「国会議員ともあろう者が、柵を越えて不法侵入するのはいかがなものか」などという、悲しいほどに冷笑的な、重箱の隅をつつくような意見が幅をきかせて、誰も戒厳令を止められない気がするのだ。国家の一大危機なんだよ、柵なんかよじ登るに決まってるじゃないか。
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2013年12月某日。私は国会議事堂前へ向かっていた。秘密保護法という品性下劣な法律が成立することががまんならず、いっちょ抗議してやろうとデモへ参加しに出かけたのである。当時の政権下では、安保法案などひどい法律が多数できたが、品のなさ、悪質さにおいて、秘密保護法は私がもっとも嫌いなタイプの法案だった。どうすれば、こんなにダサくてキモい法律が作れるのか。いかにも密告を推奨するような下卑た発想がたまらなく嫌だった。怒りにふるえた私は、有楽町線の桜田門駅で下車し、抗議のドラムが鳴り響く方へ歩いていった。許せん。ひとまずは秘密保護法に反対の意思を表明したい。
すると、桜田門駅の出口には大量の警察が待っていた。路上駐車された護送車が何台も見える。警察は、次々にやってくる人びとに「こっちへ進んでください」と指示をしてきて、私はその指示どおりの道へ向かった。するとどうだろう、国会前とはまったく別の、よくわからないビルとビルのすきまみたいな場所へ着いてしまったのである。ここはどこだ? そこでようやく、警察は国会前に人を集めたくないため、来た人を無関係な場所へ移動させていることに気づいた。しまった、どうして素直に従ってしまったのか。私は道を戻り、先ほどの場所から国会前へ移動しようとした。しかし、警官は何としても国会前へは行かせないという姿勢で道路を封鎖していた。警察にはこの道を進ませない権利があるのか。もしこのまま突っ切ったとして、警察には私をつかまえたり、護送車に乗せてどこかへ連れていったりすることが可能なのか。わからなかった。
結局私は、警察に楯突いて面倒が起こるのが怖く、その道を通過できず、デモには参加しないまま帰宅したのだった。情けなかった。あの場面で封鎖された道路を強引に突っ切る勇気が、私にはなかった。警察が怖かったし、逮捕されるのが嫌だったのである。あのとき私はどうするべきだったのか。今回の戒厳令で、国会前で戒厳軍の兵士が持つ銃をつかんで、「恥ずかしくないのか」とつめよった女性の映像がSNS上で拡散していた。途方もない勇気だと思った。警察が怖くて、国会前の道路すら突っ切れなかった私は、女性の覚悟に驚くとともに、10年前の自分が情けなくなった。韓国では社会に民主主義がここまで浸透しているのかと、今回の騒乱でまざまざと思い知ったのである。日本もきちんと行動して、意思表示ができる国であってほしい。とにかく冷笑だけはしたくない。冷笑は何の足しにもならないのだ。政治家には本気で柵をよじ登ってほしいし、そのときに私はその足を支えたいと思った、韓国でのできごとであった。
【平和だからこそスキンケアができます】