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わたしの左耳は今日も聞こえないけれど

わたしの左耳は聞こえない。
大学生になってから、ある日突然、電源を落としたように音が入ってこなくなった。
突発性難聴だった。
治療をしたらほんの少しだけ低い音は聞こえるようになったけれど、ひとの言葉は聞き取れないし、左からなる音にもほとんど気付けない。

朝起きるためにつけるスマホのアラームは何重にも設定している。
寝返りのせいで聞こえる方の耳が下になればアラームに気付けないこともあるから。
左でも拾える可能性のある低い音の混ざったアラーム音とバイブレーションを設定して、どうしても寝坊ができない日はApple Watchもつけて、自分の耳は信用せずに毎晩眠りにつく。

明日朝起きたら、聞こえるようになっているかもしれないと思ったことも昔はあった。
聞こえなくなってすぐ、入院していた頃の朝はいつもイヤホンを左耳につけて試しにスマホで音楽を流した。昨日より聞こえるようになっているかもしれないと確かめたくなったから。

聞こえるようになったなんて思える日はほとんどなくて、むしろこの音も聞こえないんだって気づくことの方が多くて、次第に確かめることもなくなっていった。

iPhoneのオーディオの設定はモノラルで右耳からだけ、イヤホンの左のイヤーチップを無くしてもどうせ使わないしと気にせず探しもしない。
そんなふうに少しずつ、左耳を使わない生活がいつしかわたしのあたりまえになった。

ありがたいことに周りの人もわたしの新しいあたりまえに慣れてくれる人ばかりだった。
ご飯を食べにいったときの席は聞こえやすい場所を選べるように最初に選ばせてくれるようになった。
歩いている時はわたしの右側を歩いてくれるようになった。
後ろから来た車や自転車に気付かずよく轢かれそうになるわたしの手を自然に引いてくれるようになった。
騒がしいところでわたしがどうしても聞き取れなくて助けを求めたら、口を見せて言い直したり、スマホに書いてくれる人も増えた。

入院していた頃は、
「早く治療を始められたから、若いから、きっと治るよ、だから大丈夫。」
なんて言葉をたくさんかけられた。

励ましてくれるのは嬉しかったけれど、あの頃のわたしが欲しかった「大丈夫」は「治るから大丈夫」ではなかった。

「たとえ治らなくても、聞こえないままでも、きみはきみのままで生きていける、大丈夫。」
と誰かに言って欲しかった。

あれから難聴やめまいや耳鳴りと暮らす生活も少しずつ長くなってきた。
まだまだ困っていることはたくさんあるけれど、それでもわたしは自分の手で少しずつ大丈夫だと思えることを増やしてきた。

わたしの左耳は今日も聞こえないけれど、
できないことはたしかに増えたけれど、
きちんと今も大学生をやって、
一人暮らしをして好きな料理を作って、
友だちとごはんに行ったり、買い物に行ったり、
ちょっとだけ変わった毎日をわたしのままでいきている。だからきっと大丈夫。

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