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超自我とフワちゃん

 およそ1ヶ月の間このnoteを更新しておらず、Twitterもほぼ何も呟いていなかったため、尾久は長い病にかかって再起不能なのだという噂や、大韓民国に渡って練習生としてダンスレッスンを受けているという噂、西麻布で若手俳優でもないのに若手俳優のふりをして毎晩酒を鯨飲し、女性関係で揉めて事務所から謹慎を言い渡されているという噂、など様々な憶測がネット上で飛び交っているのではないかと不安になってネットを見ることができなかった。嘘である。

 実際のところ、自宅と病院を往復するほかは博士論文を書いて暮らしていた。

 論文のような緻密なものを書くのはしんどい作業である。私のようないい加減な人間にとっては特にしんどく、全体の骨格などをふわっと書くくらいまでは面白く書けるものの、論理構造を明確にしたり、図表を整理したり文献を挿入したり、半角スペースを開けたりフォントを揃えたりするような作業になってくると、途端に脳内でフワちゃんみたいな人が登場して全然別のアイディアを思いつき、そちらに走っていってしまい、取り組んでいた作業がヶ月の単位で頓挫する。

 これまでそのフワちゃん的力学を利用して書籍などを執筆したり、臨床の勉強をするなどしてきたわけで、それはそれで良かったといえば良かったのだが、結果的に苦手なことを回避しているだけの構図になっており、得意を伸ばすと言えば聞こえはいいが、このようなパターンにより損をしているのではないかという気に次第になってきた。

 世には毎日コツコツ作業が先天的にできる人がいる。小学生のとき、夏休みの宿題を毎日これくらいやると決めて必ず進めていた勢などがこれに代表される。彼ら彼女らは、歳をとっても到達点に向けて逆算して計画を立て、1日にやる量を正確にこなしている。

 一方で、これまでの私のスタンスは、まあこれは多くの人にも該当すると思うのだが、夏休みの宿題は最終日にやるというスタンスであった。これが高じて、卒試の勉強は当日の朝からやる、講演のスライド作りは当日職場でやる、などとだんだんスケジューリングが無茶苦茶になってきて、結局本能的にここからやれば間に合うという本当に最終の最終地点からようやっと取り組み始めるというのが常態化してしまった。

 だから、私にとって取り組みやすいことについてはフワちゃんが脳内で暴れ回って次々とアイディアが湧き、どんどん取り組めるのだが、取り組みづらいことはいつまでも取り組めないままになっている。

 この差はなんなのか、と考えると、まあこのnoteなので多少雰囲気をつけて言えば、超自我の程度の問題かなと思う。

 超自我というのは簡単に言えば自分を律する自分のことである。例えば「1日これくらいやる」と決めたときに、超自我が過酷な人(夏休みの宿題毎日できる勢)は、やらないと罪悪感を覚えたり具合が悪くなったりするのでやりきらないとむしろ気持ち悪くなってしまう。あまりに病的になると「宿題をやっていない自分は死ぬべきだ」と本気で考えるようになることもある。一方で超自我がほとんどない人は、やらないでいることによる苦痛が全くないため、まあ明日やろう、となってしまう。

 超自我があまりない人のなかには私のように現実に向き合うことを誇大になって否認するタイプの人も混じっており、そういう人間は「ふっふっふ、今日できないなら明日2倍やればいい」とか「おれはこの15日分を全部一日で取り返してみせる!くらえ!レッドクロスファイヤー!」などと謎の必殺技を繰り出すが、結局やらないのである。

 この二つのタイプの人間の作業を図示すると、以下のようになる。


 上のグラフが毎日コツコツ型の人のある仕事の作業量であり、下のグラフは脳内フワちゃん型の人のある仕事の作業量である。ご覧のように、フワちゃん型の場合はある時期はものすごくノっているので、局所的にはすごく作業をしているが、全くやっていない時期がかなりの日数あることがわかる。

 グラフには明示されていないが、このフワちゃん型の作業も、等間隔で発生するわけではなく、あ!と思いついたときに急にノって始めることになるので、いつ次の波がくるかわからない。

 ここで私はある事実に思い至った。

 これは強化インスリン療法のグラフと酷似している。


 強化インスリン療法とは、糖尿病のインスリン治療の名称であり、健康なインスリン分泌に似せて、基礎インスリンと食事のたびに上がる血糖値を抑える追加インスリンにそれぞれ相当する、持効型インスリンと超速効型インスリンを投与する方法である。

 これに例えて考えれば、私の場合は超速効型インスリンしか使用しておらず、持効型インスリンを使っていないので血糖値が不安定になる(=作業量が不安定になる)のではないかという仮説が立てられる。

 そうすると、私がすべきことは持効型インスリンに相当する作業、すなわち毎日コツコツ作業する、という技術を身につければ時空最強、銀河系最強レッドクロスファイヤーなのではないかとまた厨二病的誇大感を高めて思ったのである。

 ということで毎日コツコツ進めることを訓練し始めた。最初はなかなか上手くいかなかったが、慣れて仕舞えば意外に毎日できる。これは重畳、と一人で喜んでいたのだが、そこではたと気づいた。

 時空最強になっていないのである。もちろん銀河系最強レッドクロスファイヤーにもなっていない。

 今度は持効型インスリンの投与のみになっており、超速効型インスリンの投与が行われていないのである。いったい私のなかのフワちゃんはどこに行ったのだ。新規のアイディアが抑圧されて出てこないのである。

 このコツコツとフワちゃんは、少し心の持ちようが異なる気がしている。具体的にはコツコツは、時間に比例して作業が進むので、とにかく手をつけることが最も重要である。しかし、フワちゃんは取り組んでもやる気が出たり新しいアイディアが出てくるということはないため、とにかくふらふら過ごし、アイディアが出てきたところにアジャストして切り替えを行うという行為を行うしかない。一方で、フワちゃんに入ってしまうとその作業の量ばかりが増えてしまって、コツコツが働かなくなってしまう。習熟するとこれが同じ精神状態からなめらかに発生する気がするのだが、今のところ、切り替えを行わないと、両方のインスリン投与が行われず、かつ切り替えると元に戻すのが難しいという状況に陥っている。

 noteはほぼフワちゃんで書いていたために3月は全く更新がなされなかったわけだけれども、今日はコツコツのなかに組み込んでみたら書く話題が脳内に一閃し、書き始めることができた。これも、取り組もうと思っていなければ一閃することもないわけで、デフォルトモードネットワーク的な、アイドリング的な感じで脳内の裏で密かに起動させておかないと、一閃をキャッチするのも難しいのかもしれない。

 ちなみに3月上旬に偽者論は著者内の推敲が終わってゲラにまわっていて、デザインなどを今詰めてもらっているところです。3月下旬はいま準備中の別の原稿のこれまた著者内推敲をしていて、その二つと博士論文が2022年の主な成果物になるのかなと思っています。


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