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投票しないパラドックス

はじめに

大阪大学の松林先生の著書「何が投票率を高めるのか」をもとに、昨今の政治状況を参考事例として扱いながら、「投票行動」についての理解を深めていきたと思います。

この本では、期日前投票、天気、選挙啓発活動、議員定数の不均衡、新党の登場、女性議員の参加など、投票に関わるよう要因について、それらの要因がどのように投票率に影響を与えているのかを様々なデータを通じて実証的に検証し、結果をわかりやすくまとめている書籍です。

最近の研究成果を小難しく説明するわけでもなく、難しい数式が書き連ねられるわけでもありません(DIDのイベントスタディについてコラムで登場する程度)。有権者の投票行動は何が要因となって、投票することにつながるのだろうか。このような疑問に答えてくれる、そんな一冊です。楽しみながら、1日で読み終えることができる分量です。

本Noteの内容について、誤りがある場合、書籍に誤りがあるのではなく、私の理解不足、誤認識に基づくものかと思いますので、その点ご留意いただけますと幸いです。

ライカーとオードシュック(1968)によるモデル

この本では、Riker & Ordeshook(1968)による合理的選択理論が登場します。
ちなみにこの理論が考えられたのは1968年で今から50年以上も前になります。

Riker, William and Peter Ordeshook. 1968. “A Theory of the Calculus of Voting.” American Political Science Review 62(1): 25–42.

https://www.jstor.org/stable/1953324

このモデルは、有権者の投票に関わるベネフィットとコストを定式化した下記のモデルをもとに、様々な仮説と実証分析がまとめられています。

$$
pB + D - C > 0
$$

  • $${C}$$: 投票に必要なコスト。時間や労力などを表します。costのC。

  • $${D}$$: 投票という民主的な手続きに参加することで得られる満足感を表します。democratic valueのD。

  • $${B}$$: 期待効用差。自分の支持政党や候補者が勝利することで得られる(非)物質的な利益を表します。benefitのB。

  • $${p}$$: 自分の一票が選挙結果を変える確率で、選挙の接戦度が高くなるほど大きくなります。 possibilityのp。

基本的には$${p}$$は小さくなると考えられるため、$${B}$$も小さくなることが想定できます。つまり、$${pb \approx 0}$$。そうなった場合、モデルは$${D > C}$$となり、投票に参加することで得られる満足感が、投票にかかるコストよりも大きい場合に、投票が行われると解釈できます。
このモデルを正とすると、投票に行くためには$${D}$$が重要になります。$${D}$$については、情報を収集することも含め、投票することの義務、民主主義を支えている義務、支持政党を支える義務などを果たすことで得られる満足感が該当すると言われています。

Rewardの$${R}$$を用いて、下記のように定式化されている場合もあります。$${R>0}$$であれば有権者は選挙に行き、$${R<0}$$であれば選挙を棄権することになります。

$$
R = pB - C + D
$$

書籍では、定式化されたベネフィット$${D}$$とコスト$${C}$$の関係式に数字を当てはまめて分析を行っているわけではありません。このようなモデルが想定されるのであれば、ベネフィット$${D}$$やコスト$${C}$$を上下させる要因は何か、それについて仮説を立てて、データを収集・分析し、結果を考察することが繰り返されます。当然のことながら、このモデルが投票行動のすべてを完璧に説明しているわけではありません。$${p + B + D - C > 0}$$みたく、$${p}$$とコスト$${D}$$を和で考えている人もいるそうです。

何はともあれ、投票行動のように「なんでこのように行動するのか?よくわからない」というものを考える切り口として、このようなモデルがあってくれると、項目ごとに仮説を考えることもできるので、ありがたいですね。私事ではありますが、仕事でデータ分析を行う際に、仮説もたてず、ビジネスデータの海にダイブして溺れる・・・というのよくある話なので、頓珍漢なモデルでもありませんし、このような考えのベースがあるのはありがたい話ですね。(私ももちろん、溺れた経験があります)

昔から思っているのですが、論文や研究結果って、一種の謎解きを追体験できる感覚があって、面白いですよね。理論や数式が複雑で・・・「ナニイッテンノ?ソレオイシイノ?」という状態になることも多々ありますが。

どの章も読み応えがあって、どれも面白かったです。第4章の「投票啓発行動は投票率向上に効果的?」も行動経済学で語られているような話も混ざっており、投票啓発行動の効果はなかったようですが、著者も指摘されているように、メッセージのアプローチ方法を変えることで、結果が変わるということは十分ありえそうですね。イギリス?だったか税金滞納者の督促状で使用された強いメッセージングの事例なんかが役に立ちそうなものの、行政と一緒に研究を実施する場合、制約はありそうですね。

文面: 
本状は、あなたが納めるべき税金5000ドルが未納であることをお知らせするものです。あなたがお住まいの地域では、すでに10人のうち9人は納税済みです。必ずご連絡ください。

https://dhbr.diamond.jp/articles/-/4263

さて、第6章の「新しい政党の参加は投票率を高めるのか?」では、DID法が登場します。書籍にも説明がありますが、新党ではなく、「何らかの奇抜で特徴的な候補者が立候補すると、投票率が上がるのか?」というこも分析できそうですね。並行トレンドが満たされており、共通ショック反応も満たされており、どこかの隣接する文化的にも行政的にも類似する14区と15区があり、15区では奇抜な候補者が立候補した場合、投票率はどうなるのか?みたいな感じです。

この画像は、イメージです

仮定が満たされているか知りませんが、どこかの15区でそんな話があったような、なかったような。

おわりに

なぜ人は投票するのでしょうか。最後の章では、発想を変えて、「投票率が低いことは問題なのか?」という話もでてきており、本当に読んでいて飽きない1冊でした。

今般の衆議院選挙では、国民民主党が議席を4倍に伸ばす結果となりました。手取りを増やす政策の実現に向け、国民民主党の方々が動かれていますが、次回参議院選挙までに実現することがわかれば、各支持者における$${pB + D - C > 0}$$の$${B}$$(自分の支持政党や候補者が勝利することで得られる(非)物質的な利益)が高まり、オンライン、オフライン問わず国民民主党押しが展開され、他政党からの投票先変更、無党派層や非投票者層の呼び込みなどなどが見込まれ、さらなる躍進が期待できそうですね(そうなってくれー)。

おまけ

第6章のパネルデータ✗DID回帰モデル(固定効果モデル)が縦書きで見づらかったので、ここでメモしておきます。日本維新の会の分析の場合、300の衆議院小選挙区データを用いて以下の回帰モデルを推定している。

$$
y_{jt} = \sum_{\tau}^{-\tau} \alpha_{\tau} New_{jt+\tau} +  \sum\beta_{k}Other_{jt} + \theta pop_{j}*\delta_{t} + \mu_{j} + \gamma_{t} + \epsilon_{t}
$$

  • $${y_{jt}}$$は、選挙年$${t}$$における選挙区$${j}$$の投票率

  • $${New_{jt+\tau}}$$は、日本維新の会の参入有無を意味するダミー変数。$${\tau}$$は2009年をベースとしたときのリード(ラグ)ダミー変数

  • $${pop_{j}}$$は、データの開始時点の選挙年の小選挙区の有権者数。$${\delta_{t}}$$は、各選挙区の人口動態のトレンドを考慮するための交互作用項。

  • $${Other_{jt} }$$は、選挙区$${j}$$における自民党/民主党の候補者の有無

  • $${\mu_{j} }$$は、選挙区$${j}$$における選挙区固定効果

  • $${\gamma_{t} }$$は、選挙年$${t}$$における選挙年固定効果

  • $${\epsilon_{t} }$$は、誤差項

「日本維新の会の登場が投票率を増加させた」と結論付けるためには、「並行トレンド仮定」が重要。具体的には、日本維新の会は151小選挙区で候補者を擁立しましたが、151小選挙区と残りの149小選挙区の過去の投票率の推移が同様のトレンドを持っている、また、151小選挙区でもし候補者を擁立しなかった場合にも並行という仮定。

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