これが本物の心霊写真
ボクの長年の疑問のひとつとして、心霊写真がある。
心霊写真というのは本当に存在するのか?ひいては霊や死後の世界は存在するのか?
世にある心霊写真はトリック(いんちき)や、たまたまそう見えてしまうという誤認じゃないのだろうか?
たまに、TVやWebであからさまな誤認写真を見かけのでそう思ってしまう。
ボクは心霊は「信じる」・「信じない」という次元では考えていない。
もしそれが真実であれば認めるし、そうでなければ認めない。だから可能性としては否定しないものの、基本的スタンスとしては疑ってかかる。
特に最近は写真もデジタル化され、誰でも簡単に加工写真を作ることが出来る。もはや写真だからといって何の証拠にもならなくなった。今後はAI生成写真なども加わるので、もう写真というものは単なるイマジネーションを現しただけのものに成り下がるのも時間の問題。
ところが唯一、この世にたった1枚だけ、ボクにとって理屈に合わない不思議な写真がある。
それが下の写真。
この写真は、どこかで適当に拾った写真ではない。ボクの親友が持っていた写真で、鎌倉の建長寺半僧坊にて彼の奥さんを撮ったものである。写真中央にカラス天狗が写っており、そのポーズを真似て撮っているのだろうか。
よく見てみると、奥さんの足が写っていないことが分かる。
写真はネガフィルムで撮ったものをカラー印画紙に焼き付けしたもので、当時としては一般的な写真である。
プリント写真はサービス判と呼ばれる小さいものだから、その写真を借りてスキャンして拡大してみた。それが以下のもの。
見ると、完全にズボンの裾から下が無くなっている。
ボヤーッと消えているというレベルではなく、スッパリと無くなっており、地面が見えている。影も無いところなど、写真としてあり得ない。いくら日陰や曇天下で撮ったとしても、地面に接するわずかな部分には必ず影が出来るのだ。これは既知の物理現象や光学現象では説明不能。
確かに、似たような写真は心霊本やTVの心霊番組ではよく見る。そしてボクはこの手の写真はこれまでインチキだと思っていた。なぜなら、このようなハッキリと無くなっているものは誤認の範囲ではない。ということは、人を騙そうという明確な意思をもって加工を施した写真だと考えた。銀塩時代でも色々な加工技術が存在しており、ボクはそれらを熟知している。
ところが身近にそういう写真が出てくると話は違ってくる。しかも写っている彼の奥さんとはボクも面識がある。
インチキなど全く縁の無い、いやそれどころか写真の知識など無い友人とその奥さんがそのような加工が出来るはずもない。そんな説明が第三者へ示す客観的な証明とはならないが、ボク自身が納得出来ることとしては十分だった。だからこそ、ボクはこの写真を見るたびに鳥肌が立ってしまう。
誤認でもなくインチキでもない。
そうなると、これは本物の心霊写真と言うしかない。
※なお、この写真撮影後も奥さんは足にケガなどすることもなく健康であることを付け加えておく。