規模の小なること
クラシック音楽の世界では、一流のオーケストラが様々な指揮者を招いて演奏会を行うことは珍しくない。曲目や会場を変えながら、贔屓のオーケストラが表現する多様な世界観を味わうことは、ファンにとっては大きな楽しみだ。
他方、ワインの世界では、自社畑を持つ生産者から、良い区画の果実を買い付けてワインを作る例は少ない。手塩にかけて育てた葡萄を他者に売ってどうする、ということだろう。
醸造を行わない畑の所有者であれば、優れた果実を生産者に売り込むことは当然だ。しかし、売り先が大手の有名ワイナリーの場合、果実の出所を隠してブランドを前面に出すことは珍しくない。畑や企業名がブランド化しているBeckstoffer家のようなケースは例外だろう。
ところで、最近の動向を見ると、中小規模の栽培家が、作り手を選んで果実を販売する例が増えているように見える。栽培家が自身で醸造するのではなく、優れたワインを作ることができる生産者を介してワインを仕込むというわけだ。
この方式は、栽培家にとってはメリットが大きい。第一に、取引上の交渉力を維持しやすい。小規模の栽培家は生産量が少ないので、大手ワイナリーの要求に応えようとすると、価格や品質管理の観点から無理難題を言われかねない。しかし、多数の小規模生産者に果実を販売することで、この問題を回避できる。
第二に、近年、優れた零細生産者が増加してきており、作り手の顧客を介して、販売網の拡大と畑のブランド価値の構築が可能になる。そういった生産者は、畑の名前を積極的に宣伝してくれることも少なくない。
第三に、自社で醸造家を雇うよりも、柔軟で戦略的なワイン作りが可能になる。先見の明を発揮できれば、無名だが優れた作り手を見出してワインを作ることも、市場のトレンドに合わせて生産者を選択し直すことも可能だ。
こうした栽培家の生存戦略が発揮されてきたことで、数々の銘醸畑がひしめくNapaでも面白い事例が見られるようになっている。
Oakville Ranchは、Miner Family Wineryを創設したMiner家が所有している畑だ。かの有名なOakvilleの東側に位置し、顧客リストにはGallicaの創業者であるRosemary Cakebread氏やBETAのKetan Mody氏と言った名前を連ねている。
Oakville ranchの果実には、優れた作り手を惹き付ける魅力がある。Patriaが手掛けるワインを飲んだことで、そうした思いは一層強くなった。
Patriaは、今をときめくTony Biagi氏とKimberly Jones氏の共同プロジェクトである。
Tony Biagi氏は、近年、Andy Erickson氏の後任としてTo Kalon Vineyard companyのワインメーカーという重責を担うことになったことが記憶に新しい。過去にDuckhorn, Cade, Plumpjack, Sinegal, Hourglassといった錚々たるワイナリーで勤務し、VinousのAntonio Galloni氏が選ぶWine maker of the Year 2020に選出されたことを考えれば、自然な選択だろう。
そんなTony氏に白羽の矢を立てたKimberly氏は、ワインの流通業界で名を馳せた才人らしい。同氏が地に足のついたワイン・ブランドを始めようとした際にTony氏を選んだあたり、流石といったところだろう。
Patriaのプロジェクトでは、Kimberly氏の豊富な人脈を活かして選抜された畑の中から、さらにTony氏の厳しい鑑定眼で選びぬかれた果実を使って、Cabernet Sauvignonを中心としたワインがリリースされている。Oakville Ranch Cabernet Sauvignonもその一つだ。
カシス、ブルーベリー、ブラックベリー、蜂蜜、バラ、甘草、チョコレート、無花果の豊かな香り。上質な浅煎りのコーヒーのような飲み口と味わい。洗練されていて、どこにも突出しているところがない。食事と合わせるのも楽しいだろう。極めて優れたボルドーと並べて飲むと面白いかもしれない。
Tony氏がカリフォルニアに強い愛着を抱いていることは、ラベルを見れば明らかだろう。他方で、国際市場でも通用するハイエンド・ワインへの志向が明確でもある。今、Napaのカベルネ・ソーヴィニヨンは、多様性が花開こうとしている時期なので、いずれこうしたワインへの注目度も上がっていくだろう。
規模の小なるを良しとするのは、在りし日の日本の有名製造企業の経営理念のようだが、小規模のプロジェクトが、今、ますます面白い。
本日のワイン:
Patria Oakville Ranch Cabernet Sauvignon 2019
95+pts
https://patriawines.com