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舞台の華
華のある役者がキャリアを重ねて老成の域に至ると、悪役や脇役として、舞台でいぶし銀の活躍を見せるようになる。
かつての華やかな面影は既に枯れているかもしれないが、舞台の価値を引き上げる術を心得た振る舞いは、自ずと観客の視線を引く。加齢と共に得たものは皺の数だけではないという訳だ。
カリフォルニア・ワインの世界も新陳代謝が激しく、次々に未来のスターが誕生する。消費者である観客も新顔の登場を心待ちにしている。
しかしそうなると、自然と、かつての千両役者について語ることは少なくなっていく。競争の激しい世の常だが、語られなくなったからといって、ベテランが舞台を去った訳ではない。
Philip Togniは、Napaでも古い生産者の一つだが、その実力に反して、国内で話題に上ることは少ない。現在はインポーターも付いていないようだ。
現在、90歳を越えるPhilip Togni氏のキャリアは古い。ボルドー大学でエミール・ペイノー氏に師事した後、シャトー・ラスコンブでの経験を経て、1959年にNapaに辿り着く。60年代にはChappelletの創設に関わった他、Cuvaisonでは1975年のカベルネ・ソーヴィニヨンを仕込む等、Napaのルネサンス期に活躍した生産者だ。
自社ワイナリーも設立されて久しい。1975年にSpring Mountainに畑を取得し、1983年に最初のワイン(Sauvignon Blanc)をリリースして以降、ボルドー・ブレンドの大御所として知られるようになった。現在は娘のLisa Togni氏がその仕事を引き継いでいるが、近年のビンテージも各評論誌で高く評価されており、2021年ビンテージのカベルネ・ソーヴィニヨンは、Vinous誌の2024年のWine of the Yearに選ばれている。今も昔もNapaを代表する生産者の一つと言って良い。
蓄積があるのは歴史だけではない。過去40年にわたってリリースされてきたワインの中には、二次流通市場で高く評価されるものも少なくない。
今回は幸運にもVinous誌で98ptsを獲得している2001年のビンテージを入手することができた。
コルクは既に崩れていたため、茶漉しで細かな破片を取り除きつつ、慎重にデキャンタした。ワインの縁は古酒然とした褪色したルビー色。香りはセージやユーカリのニュアンスはあるものの控えめだ。
ワインを口に含むと、ブラックチェリー、イチジク、オレンジピール、中深煎りのコーヒー、グラファイト、皮革、ミネラルの要素が渾然一体となって押し寄せてくる。ただ、活き活きとした酸があり、年月を経て円やかになった分、口当たりは優しく、長いエレガントなフィニッシュが印象的だ。第一等のボルドー・ワインと比べて飲んでみたい、極めて優れたワインだ。
初日に半分ほど残しておいたものを、2日目にグラスに注いでみたところ、デキャンタから飛び出してくるような華やかな芳香に驚いた。味わいも一層統合され、一日目に僅かに感じられた「アラ」はもはや存在しなかった。
こうしたワインを語る言葉を見つけるのは難しいが、適切なコメントを思い付かないのは、気付いた時にはグラスが空になっていたことにも原因がある。
近年のNapaの発展は著しい。Macdonald, Kinsman Eades, Jasud等、個性と実力を兼ね備えた華のある生産者が次々にデビューしている。
このPhilip Togniのワインは、古いビンテージであることも手伝って、そうした綺羅星のような若手生産者のワインと比べれば、古めかしく、枯れたところがあるかもしれない。
しかし、かつて舞台を沸かせた役者の面影は、年月を経ても色褪せることはない。そして、こうしたワインがNapaの礎を築き、未来の主役達の指針となることで産地全体の価値を牽引する役割を果たしてきたことを考えれば、役者としての価値は一層高まっていると言って良い。
舞台の華には、枯れてもなお人を酔わせる魅力がある。
本日のワイン:
Philip Togni estate Cabernet Sauvignon 2001
97+pts
https://www.philiptognivineyard.com
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