憧れの対象には強烈に近づきたいという思いに駆られる反面、近づくほどに振り返って見る自分の姿との違いに気付かされるものでもある。
崇拝の対象になっているワイン産地と言えば、その最右翼としてブルゴーニュの名前を挙げる人は少なくない。音に聞こえた個性豊かな生産者を数多く擁し、それに劣らぬ修飾語の数々で彩られた産地から作られるワインは、世界中で熱狂的な信者を生んできた。
そんな熱情に駆られて、数々の新興産地がブルゴーニュ品種、とりわけピノ・ノワール種の生産を試みてきた。しかし、ブルゴーニュ・ワインの熱心な消費者にとっては、優れたワインであることは必要条件に過ぎず、「いかにブルゴーニュの味わいが再現されているか」という十分条件を満たすことが重要だった。今日でも、その厳しい真贋判定に耐えるワインを作ることができる生産地は少ない。
カリフォルニアにおいても、ブルゴーニュへの憧れを隠そうとしない生産者は多い。かつては新進の生産者達が哲学や理念を語る際には、往々にして、いかに聖地での学びや教えに忠実であるかが強調されていた。
その中でも、Raj Parr氏は、一際、強い憧憬を抱いてきた生産者と言って良い。In Pursuit of Balance運動の発起人でもある同氏は、カリフォルニアの有名レストランでソムリエとして務める傍ら、ワイン造りへの情熱を掻き立ててきた。そして、2011年にSandhiを設立し、生産者としての第一歩を踏み出した。
そして、2013年に、Sashi Moorman氏と共にDomaine de la Cote(以下、DDLC)を設立し、遂にSt. Rita Hillsの自社畑からブルゴーニュ品種のワインを作るプロジェクトを開始する。現在、DDLCはLa Cote、Sous le Chene、Bloom's Field、Memorious、Julietと広域の果実を用いたワインを作っている。国内でも人気のワインだが、この程Bloom's fieldのピノ・ノワールを入手することができた。
野苺、黒スグリ、モカ、蜂蜜、ハーブ。瑞々しく優しい飲み口。調和の取れた丸い味わい。果実味は全面には出ないが芯を感じる。まだ僅かにタンニンが強い。長くエレガントなアフター。ブラインドで飲んで、カリフォルニアのワインだと即答できる飲み手は多くないだろう。優れた品質と個性を備えた稀有なワインだ。
カリフォルニアにおけるピノ・ノワールの発展は著しいものがある。一方で、どれだけ優れたワインを生み出しても、その都度、「しかし、これはブルゴーニュ・ワインではない。」という注釈が加えられてきた。そうした批評を受けて、生産者達は自分たちのワインを憧れの対象に近づける努力を重ねてきた。
しかし、近年、カリフォルニアのワイン生産者達は、かつて程に無邪気にブルゴーニュやボルドーへの憧れを口にしなくなった。坂の上の雲を目指した青春時代は終わって、今は鏡に映る姿と向き合う時期なんだろう。今後は、どんな自分を肯定し表現するのかが問われるだろうが、そんな時代には、カリフォルニアのピノ・ノワールを語る際に「ブルゴーニュ」を引用する必要はなくなっているだろう。
本日のワイン:
Domaine de la Cote Bloom's Field Pinot Noir 2020
94+pts
https://domainedelacote.com
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