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数値予報のアンサンブル平均は単体モデルより本当に有用なのか?
1. 導入
アンサンブル予報ってご存知でしょうか?いわゆる数値予報の一種であり、主に週間天気予報など中長期的な予報に活用されています。
一般に、数値予報はまず観測値を用いて今の大気の状態を解析し、それを初期値として未来の大気の状態を予測計算します。2〜3日先までの天気予報は、この計算結果を元に作られています。ここではこの数値予報を単体モデルと呼びます。
さて、2〜3日先の予報くらいまでなら単体モデルだけでも良いのですが、週間予報の範囲になると誤差がかなり大きくなってしまうという問題点が出てきます。
数値予報が外れる原因の一つに、初期値に含まれる誤差が1日先・2日先と進むにつれ、どんどん大きくなってしまうということがあります。このため単体モデルの予測計算1つだけだと、週間予報の範囲ではだいぶ厳しくなります。
そこで、あえてちょっとだけノイズを混ぜた初期値を複数作り、それぞれ数値予報計算を行い、複数の計算結果を得るアンサンブル予報が生まれました。
ノイズを混ぜてない初期値を使った本命計算をコントロールラン、ノイズを混ぜた初期値を使った複数の計算をアンサンブルメンバーと呼びます。
各アンサンブルメンバーは全て初期値が少しずつ異なるため、計算結果もそれぞれ異なっています。つまり様々な未来の天気の可能性を示しているということであり、これらの平均やばらつき具合を見ることで予測の不確実性といった情報を得ることができます。
こうして週間予報ではアンサンブル平均に基づいて天気のシナリオを作ったり、ぶれ幅の大きさから予測の信頼度情報(e.g. 週間天気予報の信頼度ABC)を付加して、より価値ある天気予報情報を配信することができるようになります。
では、アンサンブル平均と単体モデル(ないしコントロールラン)は、どちらが精度が良いでしょうか?
一般には1つの予測シナリオしか考慮できない単体モデルよりも、様々な予測シナリオを考慮できるアンサンブル平均の方が、平均精度は高いとされています。アンサンブル平均とコントロールランの比較も同様です。
そのためか、特に週間予報の範囲ではアンサンブル平均の方が「優れている・役に立つ」という解説や、研究者の論説をよく見かけます。
確かに、アンサンブル平均の方が平均精度は高いでしょう。しかしながら、実社会の「役に立つ」というのは話が別です。そこでこのブログでは、平均精度が高いはずのアンサンブル平均の方が、社会実装して活用した場合にかえって役に立たないケースについて書きたいと思います。
2. 問題設定
このケースは実際に私が気象サービスに携わっていた頃に経験したものです。
外洋を航海するコンテナ船などの大型船は、安全のため波高6m未満の海域を航海します。そこで気象会社は波の高さを予測し、波高6m以上の波に遭遇しないような航路を推薦するサービスを行っています。
波の高さも数値予報で求めますが、このとき風の予測値をインプットとします。風の予測精度が、波高の予測精度にも影響してきます。
飛行機ほどの速度が出ず、小回りも効きにくい大型船の場合では、通常なら週間予報の範囲までの気象条件を考慮して航路を選定します。
そこで、週間予報の範囲で平均精度の高いアンサンブル平均の風予測値を使うことにします。そうすると波高の予測精度も、単体モデルの風予測値を使うより高くなると期待できます。
しかしここで問題があって、それはアンサンブル平均した風予測だと、風速にメリハリがなくなり強い風が予測されなくなるため、波高6m以上の予測が出にくくなってしまいます。確かに平均精度は高い(より正確には平均誤差が小さい)のですが、大型船にとって最も気になる6m以上の波高があまり計算されなくなってしまうのです。
そうなるとどんな影響があるか、図で示します。まず絵の凡例を載せておきます。波の絵が出てきますが、ここでは2m・4m・6mの波高の3パターンの絵を使います。
![図0](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/52796026/picture_pc_625bd8f37c96d5574e8ed79301393894.png)
また3つの航路を考えます。次章の図には航路1・航路2・航路3とあり、それぞれ予測される波高の絵があてがわれています。航路2が最短航路としています。
船は通常なら航路2を航海しますが、気象条件によっては航路を変更し、航路1や航路3を選択するものとします。
3. アンサンブル平均の予測に基づいて航路選定した場合
アンサンブル平均を使うと以下のようなことが起きます。
下図「当初の予報」は1週間先の予報で、各航路で予測される波高を表しています。ここでは、どの航路も波高4m以下の予報としています。気圧配置としては顕著に発達する低気圧が見られず、大荒れの天候になる様子はイメージできません。船長はなんの迷いもなく、最短航路の航路2を選択します。
![図1](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/52796145/picture_pc_3b6525ec4678c5041974e5db81268386.png?width=1200)
しかしながら、もし低気圧の進路にブレがあり、本当は急発達するのだけど、アンサンブル平均してしまって、のっぺり広がった低気圧になっていただけだったとしたら、どうなるでしょう?
次の図は、数日後に更新された「直近の予報」で、2〜3日先の予報を表すとします。日にちが近づいたら、なんと予報が急変してしまい、航路2では6mの波に遭遇してしまう予報になってしまっています!
速度があまり速くない船舶は、もうこの6mの波高域を避けることができません。荒天域が過ぎ去るまで耐えるしかなくなります。何とか無事航海を終えた船長は、真っ先に気象会社へクレームの電話を掛けてくるでしょう。
![図2](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/52796239/picture_pc_ab337dd8995510b4f2f637cd85c49f37.png?width=1200)
4. 単体モデルの予測に基づいて航路選定した場合
では単体モデルに基づいて予測をしていたらどうなるでしょうか?下図は単体モデルに基づく1週間先の予報を表しています。
単独の計算である単体モデルでは低気圧の急発達は計算されていますが、低気圧の進路が航路3に向かっており、航路3が大嵐になる予測になっているとします。
このとき最短航路の航路2は4mの波の予報ですので、船長はこの航路を選択します。しかしながら、急発達する低気圧の進路が変化すると航路2もヤバいことが想像できます。なので船長は気象会社とも密にコミュニケーションを取りつつ、予報の変化を注意深く見ていつでも航路変更できるよう準備しておくことでしょう。
![図3](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/52796736/picture_pc_a19168133a3b5186c9afd36738f130c6.png?width=1200)
そして次の図「直近の予報」は2〜3日先の予報を表すとします。懸念していた通り低気圧の進路が変化し、航路2に高い波が入ってくる予想に変化しています!
しかしこの事態を想定していた船長は、気象会社とコミュニケーションを続けることで、事前に予報の変化傾向を察知して、航路3に移ることで荒天を回避することができます。
![図4](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/52796897/picture_pc_16a97c0d2346553e33f889c223d8c0c8.png?width=1200)
5. どちらの予報が役に立ったか?
第4章で示した戦略は、単体モデルだからこそ可能です。場所やタイミングは変化したとしても、早い段階から低気圧の急発達と荒れる海域があることを表現していたので、船長も予報の変化に注意して航路変更の意思決定ができるのです。
アンサンブル平均だと、大嵐になるということを早い段階から見せることができません。なので気象会社が念のため早めの注意喚起をしたとしても、説得力がありません。しかも直近になって急に予報が悪くなったように見えるので、「そんなの聞いてないよ!」とお怒りになり満足度も下がります。
ここで、単体モデルだって予報は変化していることに注目して下さい。それなのに、船長(顧客)の感じ方・満足度には大きな差が生まれてしまうのです。
大事なのは予報シナリオの変化の管理と、顧客との質の高いコミュニケーションです。それを行うのに単体モデルの方が(この事例の場合は)適していた、ということになります。
6. とはいえアンサンブル予報は役に立つ
これまで述べてきたように、アンサンブル平均は単体モデルに比べ、平均的な精度は高い(平均的な誤差は小さい)のですが、実際に社会で活用する際には必ずしも精度の高い方が役に立つとは限らない、という現実があります。
とはいえ、アンサンブル予報は単体モデルだけでは得られないブレ幅情報を提供してくれます。むしろブレ幅情報を得ることがアンサンブル予報のメインの目的と言えます。うまく活用すれば強力なツールになることは間違いありません。
どういった状況で、どういう技術・データを使うのがベストか、そこまで検討することで気象予報データも活かされてきます。また、その役割を担える人材としての気象予報士の活躍の場も、ここにあるかもしれませんね。
余談ですが、気象学はこれまで科学的観点から研究が進められることがほとんどだったのではないかと思います。今後は、こうして発達した技術を社会で有効活用していくために、現実の課題にどう適用していくかという観点を研究段階から意識して取り組んでいくことが重要になってくると思います。
最近、応用気象とか社会気象学といった表現を見かけることがあり、この流れには注目して行きたいです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。