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Whatever
Whatever
何をやっても上手くいかない。「後悔しない人生を送るために直ぐ行動しろ」複数の自己啓発本に書いてあったその言葉を信じて、長年勤めていた会社を辞め、小説家を目指したのだが、現実は甘くなかった。そろそろ貯めていたお金も付きそうだ。もう終わりなのかもしれない。
僕は一向に売れる気配がない現状にため息をついた。やる気も、やりたいことも何もない。スマホを手に取り、SNSを眺めてはいるが、数秒後には内容を忘れてしまっている。窓の外から聞こえるうるさい蝉の鳴き声が耳にまとわりつき、僕の思考を更に悪い方へ誘う。
不意にスマホの通知音が鳴った。最後に応募した出版社からの連絡の可能性はあるが、期待はしなかった。内容を確認すると、野外音楽フェスの開催日が近づいていることを知らせる通知だった。半年ほど前にチケット購入していたのを忘れていた。今はあまり乗り気ではないため少し迷ったが、景気づけのために数万円払って買ったチケットであり、二度と行くことが出来ないかもしれないと思い、行くことを決心した。
準備のため、家の近くのドラッグストアへ買い出しに行った。日焼け止めクリームを買い物かごにいれたとき、突然後ろから肩を叩かれた。
「マサトじゃないか。久しぶり」後ろを振り返ると大学時代からの友人のナオヤが笑みを浮かべ立っていた。
「おう、久しぶり」
「お互い忙しくて、全然会えなかったな。最後に会ったのは一年前ぐらいか。相変わらず仕事は忙しいのか?」
「ぼちぼちってところかな」僕は本当の事を言いたくなかったので、とっさに嘘をついた。
「そうか。俺は来月からシンガポールへの転勤が決まったよ。」
「シンガポールか凄いな。ナオヤは昔から海外で仕事がしたいって言ってたから良かったじゃないか」
「必死で頑張って、上司にアピールした甲斐があったよ。そうだ今週の金曜日飲みに行かないか?」
「ごめん。金曜日からフェスに行く予定があるんだ。大学時代に一緒に行った大自然の中でやるやつだよ」
「懐かしいな。飲み過ぎて観たいアーティストが観れなかったのを覚えているよ」
「あれはナオヤが調子に乗って飲み過ぎたから自業自得だよ」
「確かにな。俺の分まで飲んで楽しんできてくれ」
「飲みはほどほどにしとくよ。ナオヤも健康に気をつけて、海外楽しんでな」僕はナオヤに別れを告げ、足早に店を出た。夢を叶えたナオヤと現実逃避する自分を比べ、かなり落ち込んだ。だが、久しぶりに友人と話して、少しだけ元気にもなった。
フェスの当日まで、出版社から連絡はなかった。これ以上落ち込んでも仕方がない、一旦応募のことは忘れてしまい、フェスの期間中はメールを見ないことにしよう。そう自分に言い聞かせ、会場に向かうシャトルバスに乗り込んだ。前回はナオヤと来たため、おしゃべりに夢中で会場まであっという間に着いたが、今回は一人なので、やることもなく、何気なく人間観察を行っていた。
出演アーティストの話を楽しそうに話す大学生グループ、酒を飲んで鼻歌を歌うおじさん、読書に夢中な女性、少し険悪なムードのカップル、仕事の話に熱中している中年男性二人組、窓の外をじっと眺める青年、フェスが楽しいことをアピールする女性とその母親、他にも海外から来ているように見受けられる人達もいた。前回もそうだったのだろうが、色々な人たちがいることを僕は気にもしていなかった。
会場についてからも、ステージ後方のエリアに座って、アーティストをまともに見ることが出来ず、人間観察ばかりをしていた。以前はステージに近いエリアで、アーティストの歌う姿や演奏する姿を必死に観て、ときには目頭が熱くなることもあったが、今回は違った。お酒を飲んで体を揺らす人、上半身裸になり寝転んだ状態で観ている人、全力で踊っている人、友人の会話を無視してライブに集中している人、アーティストを見入って泣き続けている人、様々な人たちを見て気づいたら僕は泣いていた。なぜ泣いているのだろう。理由は良くわからなかった。
陽が沈み、辺りは暗くなっていた。僕の一番の目当てのアーティストが出演する時間になったので、前方エリアへ移動した。アーティスト名がビジョンに映し出されると希望に満ちた歓声があがった。
周囲を見渡すと笑顔の人がほとんどだったが、泣き崩れている人もいる。まだ演奏が始まったわけでもないのに。ふと、こんな近くで色々な人の行動や表情は普段の生活では中々見ることが出来ないという事実に気がついた。会社勤めの頃に見ていた無機質な通勤電車で何気なく目に映った人たちとは全く違う。最近は家に一日中いるため、人を見ることすらほぼない。この会場に来て、ずっと人々の自由な姿を見続けていたからさっき僕は泣いたのだろう。
最後の曲では、会場にいる全員が歌っているような大合唱が起こった。みな聖歌隊で練習してきたのかというような美しい歌声だった。周辺の木々もリズムに合わせて踊っているように見える。僕は歌うことが下手だったが、一緒になって歌った。僕の中の様々な感情が昇華されていく。自分の選んだ生き方、ここにいるすべての人々が選んだ生き方は間違っていないという感覚が強くなる。やりたいようにやればどこへでも行ける気がした。
終演後、メールを確認すると、出版社から合否結果のお知らせと題したメールが届いていた。不思議と今はどちらでも良い気分になっていた。途中経過がどうであれ、今僕はこの場所に立っている。
oasisのWhateverにインスパイアされて書きました。
ただただ壮大で美しい。