I always wanna die (sometimes)
I always wanna die (sometimes)
棺の前で僕は立ち尽くしていた。参列者は皆泣き崩れている。神父が何やら話をしているが、降りしきる雨の無機質な音にかき消され、聞き取ることが出来ない。仮に晴天であっても頭の中には入ってこなかっただろう。
妹と最後に話をしたのはいつだっただろうか。泣き虫だけど、どこか負けず嫌いで頑固な部分があったな。僕がゲームで打ち負かしても、何度も挑戦してきたし、自転車の手放し運転は危ないからやめろと言っても全く聞く耳を持たず、僕を困らせていた。幼少期はよく一緒にいたが、僕が二十歳で妹が十八歳のときから疎遠になっていた。僕が意識的に遠ざけていたのかもしれない。きっかけを作ったのは僕だったから、もっと早く謝るべきだった。
「お兄ちゃん、私の日記読んだでしょ」
妹が険しい表情を浮かべ聞いてきた。妹がノートに毎日何かを書き込んでいることが気になった僕は妹がいないときにこっそり中身を見て秘密を知った。親友にうっかり内容を漏らしてしまったが、僕が秘密を知っている証拠にはならないはずだ。
「読んでないよ」
「だって、友達から『マリアってクリスのこと好きらしいけど、どこがいいの?』って聞かれたんだよ。クリスのことは誰にも話してなくて、日記にしか書いたことがないのに」
「だから読んでないって言っているだろう。その女友達が適当なこと言って、たまたま当たっただけなんじゃないか」
「でも、何でそんなこと言うのって友達に聞いたら、お兄ちゃんと同い年の兄弟がいる知り合いから聞いたって言われたんだもん。」
「それでも僕が言ったとはかぎらないじゃないか。クリスってやつをいやらしい目で見ていたのを誰かに見られたんだろう」僕はむきになって妹が嫌がる言葉を口にした。
「もういい。お兄ちゃんなんか大嫌い」妹は目に涙を浮かべながら僕を睨み付け、自分の部屋にはいるなり、大きい音が出るように激しく扉を閉めた。僕はやらかしてしまったという思いがあったが、謝る勇気がなかったからか、自分は悪くないと思い込むようにした。
この出来ごと以降会話することはほとんどなかった。妹が口を開こうとするたびに僕の方が無視をした。
その後、妹がふさぎ込んでいるのを何回か見かけることはあったが、声をかけることは
出来なかった。妹が大学に進学してからは寮で生活することになったので、顔を見ることもなくなってしまった。あの時期の僕は特定の理由があったわけではないが、全てが憎く、何事も自分の思い通りにいかず荒れていた。
妹の死という出来事と過去の出来事、今までの頭の中の靄が絡み合い、少しずつ人間らしい感情が湧き上がってきた。悲しくて寂しいといった感情と、このままではダメだという感情が。
家に帰って妹の部屋の中を確認すると、最後に日記を盗み見たときとだいぶ変わっていた。大学の寮から実家に戻って数カ月以上暮らしていたはずなのにキャラクターもののポスターやぬいぐるみなどはなく、真っ白な壁に木製の机と椅子、折り畳みベッドがあるだけのシンプルな部屋だ。
机の引き出しには日記が入っていた。表紙はところどころ滲んでいる。中を見るか躊躇したが、妹が何を考えていたのか気になり、内容を確認することにした。大学生活への期待や苦悩が赤裸々に綴られている。後半のページは破られていたが、最後の一ページだけはやぶられておらず、残っていた。
『誰かに相談したほうがいいのかな。でも誰も聴いてくれないだろうな。お兄ちゃんは私のこと嫌いだからムリよね。すぐに謝れば許してくれたかな。お兄ちゃんごめんね。日記見られただけであんなに怒ってしまって。もう怒らないから。私の事を知ろうとしてありがとう』
僕はゆっくり日記を閉じ、妹の部屋を出た。薄暗い明かりのなか、母親と父親がリビングの長椅子に横並びで座っていた。
母は人前では気丈にふるまっていたが、今はリビングで顔を伏せ泣いている。父はそんな母をそっと慰めている。自分自身も目に涙を浮かべながら。
死というものが周りの人たちに与える影響を初めて認識した。
「なぁ、アラン。マリアから何か聞いてなかったか?」父は僕に気づいて口を開いた。
「いや、僕はここ数年妹と話をしていなかったから」
「そうか、マリアはお前に何かを謝りたがっていたから、話が出来ていれば良かったと思ったんだが」
「ごめん……妹のことを気にかける余裕がなかった」
「そうだな」父は僕の肩を優しく二度触れ、母の隣に座りなおした。
僕は両親を見て妹と同じ轍を踏まないと決心し、薬物を捨てて馬鹿な考えもやめるようにした。時々考えてしまうこともあるだろうが、そのときは心の中で妹が止めてくれるだろう。リビングの窓から外を見るとまだ雨が降っていた。何かを洗い流すように。
HE 1975のI always wanna die (sometimes)にインスパイアされて書きました。