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If I Lose Myself

If I Lose Myself

「本当にこの道で大丈夫なのか? サウスコルの到着予定時刻を大幅に過ぎているが」エベレスト登頂を目指す同じグループで、ベースキャンプで訓練しているときに意気投合したジョナサンが息を弾ませながら尋ねてきた。
「ガイドを信じるしかないな。以前使っていたルートが雪崩で使えなくなったから、迂回している分時間がかかっているんだろう。とはいえ、もうすぐのはずだ」私は早口で言い、ジョナサンに急ぐよう促した。
 前方を見上げると、真っ白な雪で覆われた広大な斜面が続いている。周囲を見渡しても、雲海から山の先端が突き出ているのが辛うじて確認出来るだけで、他に視認出来るものは何もない。かなりの距離を登ってきた証拠だ。もう少し辛抱すれば目的地に辿り着ける。自分自身にそう言い聞かせ、私はガイドの後ろを必死について行った。

 数時間後、私たちはエベレスト登頂における最終キャンプ場であるサウスコルに無事に到着した。各々はテントを設営し、体を休めることに専念した。ガイドは各グループ員に対して、比較的天候が安定しそうな明日の早朝から山頂へアタックすることを伝えた。ジョナサンと私はハイタッチした。ここまで来て、天候悪化のため、登頂を断念して引き返すグループも多い。
「彼女に連絡しなくていいのか?」ジョナサンの問いかけに私はすぐに答えた。
「もちろん、すぐに連絡するさ」
 私はガイドから無線を借りてベースキャンプにいるパートナーのローザに連絡をした。
「やぁローザ。体調はどう?」
「だいぶ良くなっているわ。レオは今どこなの?」
「私はサウスコルにいるよ。明日の早朝、登頂を目指して出発予定だ」
「もう少しね。一緒に登頂したかったわ。ここまで来たのに挑戦出来ずに、体調を崩すなんて本当に無念よ」
「仕方ないよ。少しの無理も文字通り命取りになるからね。生きていれば再チャレンジも可能だ」
「じゃあ、次回挑戦するときは経験者としてしっかり私のことをエスコートしてね。そのためにもまずは無事に登頂して私のところに帰ってきて」
「ああ、ローザ、君の無念を晴らすためにも絶対に登頂して、君のところに帰ってくるよ」
「ええ、待ってる」
 私は連絡を終えると、明日の出発に向けすぐに寝ることにした。体力と精神、どちらも疲れきってはいたが、あと少しで山頂に辿り着けると考えると、力が湧いてきた。

 早朝、予定通り私たちは登頂を目指して出発した。快晴ではないが風は弱く、悪くない天気だ。だが、標高8,000メートル以上となるとさすがに空気が薄い。酸素ボンベを使っていてもはっきり感じる。
「これはあんまり無駄話が出来ないな」一人ずつ崖淵をロープ伝いに渡っているとき、待機しているジョナサンが片目をつりあげ、私に言った。
「ベースキャンプに帰ったあとの祝杯まで我慢だな」私が言うとジョナサンは笑みを浮かべ、前の人に倣いロープをしっかり握って、崖淵を進んだ。

 その後も危険な箇所はあったが、正午頃には無事に山頂に到着した。相変わらず尋常ではない寒さだが、太陽が近いため、暖かさも感じる不思議な感覚だ。ゆっくりと辺りを見回し何か目に映るものがないか探すが、全く何もない。登るべき道も。世界の頂点に立っていることをひしひしと感じる。眼下には曇に覆われた真っ白い世界のみを確認出来る。ガイドやジョナサン、同じグループの各々と抱き合い、記念に写真を数十枚撮った。
「最高の気分だ。世界の頂点に立っている。子供の頃からの夢が叶ったよ。レオもそう思うだろう? 帰って彼女に自慢しないとな」ジョナサンが言い、私は笑顔で答えた。「あぁ、感無量だったことを伝えるよ」
 数分後、天候が心配なので早く引き返そうとガイドが言ったので、後ろ髪を引かれつつも急いで下山の準備を始めた。

 下山直後は順調だったが、次第に風の勢いが増し、空からの霰と、地面に積もっていた雪が吹き上げ混ざり合い、行く手を阻むように全身を打ち付け、グループの歩みは一気に遅くなった。登頂時の賑やかな雰囲気は全くなく、暗く重たい。
 ガイドの指示で立ち止まり、酸素の残量を確認し各々が酸素ボンベを交換していると、急にジョナサンが進行方向から外れた脇道に歩いて行った。「早く彼を止めろ!」ガイドが大声をあげた。山頂付近では幻聴を聞いたり、奇行に走る人間が多くいるという話を思い出し、私はすぐに彼の後を追った。彼の肩を掴んだその瞬間、足場が崩れ私とジョナサンは落下し、急斜面を真下へ転がっていった。

「おい、レオ、おい、大丈夫か?」ジョナサンの声で私は目を覚ました。彼は私の両肩を掴み、体を揺さぶっている。
「ああ、少し気を失っていただけだ。君は正気に戻ったのか?」
「三年前亡くなった娘の姿が見えて、後を追ったんだ。そんなわけあるはずないのにな。巻き込んでしまってすまない」
「とりあえず、急いで皆のもとに戻ろう」私は立ち上がろうとしたが、立てなかった。足に激痛が走る。声にならない悲鳴をあげたとき、ジョナサンが悪態をついた。
「くそ、酸素がもうない」彼の顔は引きつっていた。酸素ボンベを交換する前だったのだろう。私は既に交換済みだったため、酸素は満タンだった。
 足が折れて動けない私と酸素が足りないジョナサン。もはや選択肢は一つしかない。
「ジョナサン、俺の酸素ボンベを使ってくれ」
「何だって、レオ、お前はどうするんだ」
「足が折れていて、立てないんだ」
「そんな……」数秒間、お互い目を合わせ沈黙していたが、ジョナサンがゆっくりと口を開いた。
「すまない、何とか皆と合流して助けを呼ぶから、それまで死ぬんじゃないぞ」
「ああ、よろしく頼む」酸素ボンベを交換したあと、ジョナサンは更に悪化した天候の中、方位磁石を頼りに歩き始めた。
 私はとりあえず、ほとんど残量がないジョナサンの酸素ボンベを使い、意識を保とうとした。

 それからどれくらいの時間が経ったかわからないが、酸素ボンベはとっくに空になり、あまりの寒さに前身は完全に冷え切り、指先には力が入らなかった。ローザと一緒に過ごしたしたときのことが次々と頭に浮かんでは消えていった。人生でもっとも幸福だったときのことだ。
 猛吹雪により、視界は完全にふさがれていた。おそらく救助は間に合わないだろう。ジョナサンだけでも助かればいいのだが。
 もうほとんど自分の意志で考えることが出来ない。ローザへの伝言をジョナサンにお願いしておけばよかった。
 ローザ、すまない、直接案内は出来そうにない。でも、心はこれからも君と一緒だと。
 ゆっくり瞼を閉じると、遠くの方から私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。



ONEREPUBLICのIf I lose myselfにインスパイアされて書きました。


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