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なあんにも分からん

 

いま、ここにいる


ついこの間72才になった。
 特別にどうだということもない。
 これまでに 終わった と観念した事が2度あった。
 1度目は22才の時、「あっ。」と思った。夜、土砂降りの中の側面追突事故だった。回転と衝撃! 
ここは? あの世か?
 そのうち、暗闇の中でワイパーがギーギーやっているのが分かった。
 怒鳴り込んでこられ、現実にもどされた。
 2度目は、停まってる筈の搬送ロボットが動き出し、それと材料棚に挟まれた。胸がグッと圧迫され「駄目だ。」と思った。反射的に脚と腕を突っ張った。ヘルメットが飛んだ。ロボットが離れていった。40才くらいだったか? 1/100秒の幸運?

 そのほかにも
 もしかしたら死んでいたかと思ったことも何度かあった。
 
 初めて劔岳へ登ったとき、道を間違え岩のとんがり帽子の頂点についた。マズイ戻ろうとした時、足のつける場所がない。進退極まった。
 一か八か。エエイと片方の足をグッと下方へ伸ばしたら、僅かにつま先が引っかかった。僅か1,2センチの出っ張りが滑落を止めた。

 屋根瓦を滑り落ちた事もあったが一旦ハシゴに引っ掛かり止まってから土の上に足から落ちた。身長が0になったような衝撃だった。ハシゴが無かったらコンクリート上に激突していた。

 危ない目には幾度となくあったが、大怪我もなく72年が過ぎた。

みんな どこへ いった

 昨年5月、高校の同級会があった。60才の時は40人以上だったが、二十数名になった。亡くなったり、病気であったりして集まるのが難しくなった。

こういう風で、昔からの知り合いは随分と少なくなった。

分かった風なことを言っていたセイジ
色っぽかったヒサちゃん
 怖い者知らずに見えて要所ではよいしょするヨシノリ君
金にとり憑かれたヒロミチさん
悪道に迷い込んでしまった テルオ君
ボーッとしてたカズ君
嫌われ者のシンゴさん
誰からも愛された ノリコちゃん
大恩のある ヨシカズさん
明るすぎて迷惑な アケさん
幼馴染のタモッちゃん
傲岸不遜なキヨノリさん
バアチャンもトウチャンも母ちゃんも
猫のリンちゃんも
 ・・・・皆・・・・・・いまではいない。

 わたしのばあちゃんによれば あたわり といううものがあって、その時になればちゃんとお迎えがくるのだそうだ。
 これだけ周りにお迎えがあるから 「俺ももうすぐ!?」かな。 

 ただ、死をジワッと感じるようになったからか、若い頃よりは世間の束縛も野心(理想?、目標?、情熱?、好奇心?)も少ない分、かえって気楽である。
 死神の膝で 寝ぼけ眼でボケーッとしている猫みたいな気分だ。 
 

いま を 感じる日々

 しばしば6人家族、いつもは2人暮らしの私は 孫たちの圧倒的な若さに振り回されたり、妻の個性に屈服したり、時々、我儘を言って妻に論破されたり、持病(比較的軽い?)に悩まされたり 妻に隠れて甘いものを盗み食いしたりして日々を送っている。

 冬は百姓の準備をし(今年からはコメ作りはやめ、野菜作りだけ)、
 春から秋は畑にカラスやネズミや土竜、虫どもと対決し 幾らかは実り(野菜の命)を分けてやる。
 同じ時間を共にする仲間でもあるからだ。
 奴らは正直で、用心深く、その上、朝が早く、それぞれに驚異の能力がある。毎年春になって田圃をトラクターで起こすと必ずすぐ後ろに烏が着いてくる。掘り起こされたカエルや虫を獲る。代かきの時はアオサギ、泥水の中に居るドジョウを獲る。一発で仕留める。トマトは烏が食べごろを的確にとらえる。赤くなった時にスッカリいただかれてしまったりする。
 そういう時はガッカリと可笑しさが混ざりあった気分だ。

時々、こんな野菜がわらわせてくれる


また
 畑ではヒトに聞かせられん
下手糞な歌を歌う。気分は上々、
″なかなかうまいかな″ 
と自画自賛して日々を送る。

 時には絵を書いて見たりするがガキの頃から飽きっぽく、半分描いて放ったらかし。絵を仕上げるのではない。
描いているその時が夢中なのだ。


 時々、知識欲が湧いてきて本を読んだり、調べたりする。
 じいさんになった今も、この世にはわからない事だらけだ。
 
 取り分け自分の事は
なあんも 分からん


                          2024/1月28日
 
 

 
 
 

 



 

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