天才数学者アラン・テューリングは世界を2度変える
第二次世界大戦時にドイツ軍の暗号を解読し連合軍を勝利に導いた数学者Alan Turing。彼が遺した2冊の研究ノートが発見され、その内容に対する期待が高まっています。遺された天才の知見は世界を再び変えるのか?
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◎”Decoding Genius”(天才を解読せよ)
第二次世界大戦時の英国はヒーローの時代でした。
政界のウィンストンチャーチル、軍事戦略におけるランチェスター。そんな英雄達に勝るとも劣らぬ情報戦の英雄、暗号解読で戦局を変えた天才数学者。それがAlan Turing氏です。
当時ケンブリッジの特別研究員(①don)であったAlan氏ですが、取り組んでいた研究が英国軍の情報担当の目に留まった事が契機となりBletchley Parkと呼ばれる政府の暗号解読の為の研究所にリクルートされます。そこでドイツ軍が使用する当時最強の暗号通信機械”enigma”(②謎)の解読の任務を受け、彼の活躍が始まりました。
当時の英国はドイツの強力な飛行機部隊に圧倒されていました。空襲で多くの都市が危険に晒され、次々と一般人が犠牲になっていきます。その打開策としてドイツ軍の暗号を解読し情報戦に勝利する事が英国にとっての至上命題でした。Alan氏は”Bombe”と命名された暗号解読装置を作り上げ見事に戦局を変え。連合軍を勝利に導きました。
それ以降も彼は現代のコンピューター科学の基礎となる研究(”Tuing machine”)をはじめ現代にも影響する様々な研究を発表します。しかし、大戦後に同性愛者である事で訴追を受け、最終的には自ら命を断つという悲劇的な最後を迎えます。
そんな彼が残した2冊のノート。
存在こそ知られていましたが、長らくその行方が知られていませんでした。100年近く昔の人物ではありますが、彼の才能はコンピュターサイエンスの様に誕生して何十年も後の時代になって初めてその重要性の全容が明らかになるものを捉えるものであり、そのノートから現代の科学者達が世界を変える様な知見を得る可能性は十分にあります。
このノートを書いた時期に彼はまた一つ技術的な地平を広げる先駆け(③vanguard)となる研究を進めていたとされており、それは言語の暗号化と解読をする機械の形を取るものであった様です。現在のAI技術もある側面では彼の研究の延長線上にあり、ノートには現代のAI研究を劇的に発展させるヒントが含まれる可能性も囁かれています。
発見されたノートはオークションに出品される予定ですが、当然政府としては国外流出を阻止すべく輸出を禁止しました。天才の残した暗号に頭を悩ませる機会は万人に開かれるべきものであるように思われますが、妥当な判断でしょう。
2014年に公開された”The Imitation Game”は彼の活躍を若干のフィクションを交えつつ描いた作品です。彼の最後は史実に沿って自殺で幕を閉じているわけですが、今回発見された2冊のノートが彼の死後の世界を大きく変えるというストーリーは別の映画1本分に相当するロマンがあります。コンピューター科学を生み出す事で世界を変えた天才は、後世に遺したノートでもう一度世界を変える事となるのでしょうか。なんともロマンのある話です。
□本日のポイント■■■
①don/特別研究員
スペイン語圏ではdominus(master)という言葉に起源を持つ敬称です。
日本でも有名なDonといえば、あの人。ひょっこりひょうたん島が誇るDonガバチョ。名前の上に付けて使われて、〜師みたいな感じです。
だいぶ脱線しましたが、英国の大学では特別研究員の事を指します。その分野の第一人者という意味ですね。
🔳 As a young don at Cambridge, his astonishingly precocious work in mathematical logic, and development of the notion of a “Turing Machine”, opened the way for the computer.
(試訳)ケンブリッジの若き特別研究員としての数学的論理に関する研究実績は驚異的に価値あるものだった。また、彼が生み出した”Turing Machine”という考えはコンピューターに至る道を開いた。
②enigma/謎
一般的な言葉としては理解するのが難しい謎、そんな人という意味です。下の例文はこの用法ですが、このenigmaはテューリング氏が解読したドイツ製の暗号装置の名称です。最初は一般向けの商品とした発売されたものにナチスドイツが注目し軍事利用していました。
何十億とおりの組み合わせによる暗号化は解読不可能とされていましたが、
テューリング氏はこれを見事に解読します。このenigmaを意図した言葉選びなわけですね。芸が細かいです。
🔳Much like the wartime code he helped to decipher, Alan Turing’s restless intelligence can make him seem an enigma.
(試訳)解読に力を貸した戦時中の暗号と同様に、アランてューリングはその弛まぬ知性により理解不可能な存在として思われる事がある。
③vanguard/先駆け
元々はavant-garde(前衛)というフランス語です。
軍隊などで最前線をゆく部隊を指す言葉でしたが、それから転じて今一番とがった音楽や芸術作品を指す様になりました。
そのavant-gardeのaがどっかでとれちゃってvanguardという英語になったそうな。冗談みたいな話ですね。
どこかで聞いた単語の様に思う方は正しいです。あのとがった雑貨屋さんVillage vanguardのvanguardはこれですね。流行の一歩先を狙う商品セレクトはまさにvanguardですね。
🔳At the time he kept them, Turing was working at the vanguard of yet another technological frontier: attempting to devise a machine, named Delilah, capable of encrypting and decrypting speech.
(試訳)テューリングがそのノートをつけていた際、彼はまた一つ新たな技術的地平の先駆けとなるようなものに取り組んでいた。Deliahと名付けられた機械を作り出そうとしていたが、それは言語を暗号化したり解読する能力を備えるものだったという。
◇一言コメント
弱者の戦略で知られるランチェスター氏も一流のエンジニアであり航空力学の研究者でした。テューリング氏もまた理論的な数学の研究者というだけでなく、実際に機械を作り動かすエンジニアリングでも一流の人物であった様です。理論と実践、セオリーとプラクティス。この時代の英国はこれらの両方を兼ね備えた才能に恵まれていたようです。
当時はアメリカやドイツの台頭により勢いを失いかけていた英国ですが、この国はやはり何かもっているのかもしれませんね。