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わたしに至る

学校帰りに父親の仕事場へ寄り道をする
のちに仕事場を自宅へ移したが、
ここはわたしにとって大切な秘密基地のひとつだ

古いビルの二階にあるその場所まで煙草の匂いと
珈琲の香りを嗅ぎながら急な階段を這い上がる

給湯室のシンクには分厚いガラスの灰皿にてんこ盛りの吸殻が水に浸されブヨブヨになっていた

父親以外に三、四人働いていたが、
全員ニコチンまみれでもオッケー!って感じの陽気なおじさんたちだ

もうもうとした中を進むには秘境を行く隊長の気分でほふく前進でもしてみるかと挑んだが、床にはニコチンおじさんのスリッパとか拾わないままの文房具とかトラップが多く断念する

腰をかがめゆっくりと周りの書類や図面の山に触れないよう細心の注意をはらい父親の元へ行くのが精一杯だった

「 お帰り、おやつあるよ 」と、いただき物の
お菓子にありつけたときは超ラッキー!兄姉を抜いて一番になれるとき、選択肢がある瞬間、独り占めできるささやかな喜び、末っ子あるあるアイドル並みの笑顔全開

勝利のクッキーを口にくわえたまま
ニコチンおじさんたちの邪魔をしないように遊べそうなものを物色するが、
なにも見つからないときは父親から差し出される紙にお絵描きをする

そんなときはいつも方眼紙だ
「 えーこれさ、顔に線が入っちゃうからぜんぜん可愛くないんだ 」
「 顔を描かなきゃいいよ 」
「 う〜ん 」

三人掛けのソファにうつ伏せになり父親の真似をして家の間取りを描いてみる

断面にされたアリの巣みたいに右にキッチン左にリビングその下にトイレそれからお風呂と振り分ける
もちろん自分の部屋は一番広い
へへへ、膨らんだ妄想は止まらない

その絵を見たニコチンおじさんが
「 どうやって移動するのぉ 」
「 階段つけないと動けないね 」と言う

そうか階段か!頭の中でこのビルの階段をイメージしながら描き足す
階段を描くためにあの方眼紙の罫線がわたしの弱々しい平行線や垂直線をサポートしてくれた


あれから何十年経ち
わたしは山積みの書類に囲まれながら
図面を作成する仕事をしている
仕事のメモは MUJI の方眼ノート一択
煙草は吸わないが珈琲は大好き

子供のときの出来事は今日のわたしに至る


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