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【短編(連載)小説】 三日月工場の日常 #2

架空の工場の架空の動物型の従業員の日常。工場は夏休みでした。

ギンジは株式会社クレセントムーンの技術部で白い犬型従業員。いつもぼんやりと生きているのか死んでいるのかわからないような目をしていて、「うぃ〜」としか返事をしない。
「ギンさん、ギンさん」
設計図を広げながら茶髪系犬型従業員のハチは椅子で寝惚けているギンジを呼んだ。
今日から夏休みのため、工場には誰もいない。ギンジとハチは開発部から依頼された新規の三日月の設計図を急ぎで仕上げるために工場へ出勤していた。
「もう、ギンさんたら。いつまで寝てるの。早く仕上げてなんか食べに行きましょうよ」
ハチはずり落ちたメガネを指で上げつつマウスを動かした。
「うぃ〜」
ギンジは返事をしたその瞬間、椅子から転げ落ちた。
どんっ。派手な音が事務所に響いた。
「痛ててて」
ギンジは思い切り腰を打ったようだが、ハチは面倒臭そうに「だいじょうぶですか?もう、その椅子にはコマがついて動くんですよ。そんな格好で寝ていたら落ちるに決まってるでしょ。何度も落ちないでくださいよ」
「お前は冷たいな〜少しは先輩の心配をしろ〜」
「はいはい」
腰をさすりながらギンジは設計図を見た。
「おお、仕上がったな。やっぱりお前はできる奴だな」
「おだてても何も出ませんよ」
「おだててなんてないよ」
そう言ってギンジはニコニコ笑い、「終了終了。ようし!今日は宇治金時を食いに行くぞ」と自分のパソコンをそそくさと閉じてしまった。
「宇治金時ですか?かき氷の?」
「そう」
「僕、焼肉とかがいいですけど」
「肉は他の誰かにおごってもらえ。俺は宇治金時が食いたいの」
ハチもパソコンを閉じて帰り支度をした。
そういえば、去年の夏に初めてギンジと会った時もかき氷、宇治金時を食べに連れて行ってもらった。
あの時は前の会社で色々あって、誰も信じられないし、この会社では適当に勤めたらいいや、そんなギシギシした気分だったっけ。でもこのギンジは自分のそんなやさぐれた表情を察することもなく、自分以上にやる気のない雰囲気を纏って「宇治金時食いに行かね?」と(勤務時間中なのに)近くの行きつけの喫茶店に連れ出された。
後で総務部のネコ型従業員のさっちに「ちょーっと!ギンさん!またサボって!」とこっぴどく説教されていた。さっちの小言も右から左に流し反省の色もなかったけれど。

喫茶・ムーンリバーのかき氷の宇治金時は普通で美味しい。巷で流行しているような映えるかき氷ではないけれど、宇治抹茶の上にのったたっぷりのあずきと練乳シロップが冷たい氷と合わさって口の中をとけていく。
ギンジはしゃくしゃく音を立てながら氷とあずきをかきこんでいった。ハチはギンジの顔を見て「ほら、口のまわりにあずきがついていますよ」しょうがないな、とぼそっと呟いた。
「しょうがないな」いつからか僕はこの工場で働くことが好きになっていた。もうあのやさぐれた気持ちは消えてしまった。



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