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川島くん
同じクラスに川島くんという子がいた。冗談を飛ばしたり、休み時間にへんてこなダンスを急に始めたり、掃除の時間になると箒を抱えてギターの真似をしたりして、みんなを大笑いさせた。友だちのいないわたしには賑やかな彼が羨ましかった。ちょっとだけ好きだった。
「俺は川島だから、川の中の島に住んでんだぜ。川の島に住んでるから川島なんだぜ」彼はヒーローアニメの主人公の台詞のように格好つけて言った。それがなぜだか滑稽で、みんな笑って楽しんだ。
彼は夏休み明けに転校してきた子だった。少し遠くに住んでいるらしく、仲の良さそうな男子でも彼の家に行ったことがないようだった。
ある日、彼の後をつけて帰った。何のことはない、わたしと同じ帰路だった。少し嬉しくなった。自宅が近づき、そして通り過ぎた。やはり学区外から通っているのだと思った。わたしの家は学区のぎりぎり内側だった。
小さな川をふたつ越えたあたりで、本当にこんなに遠くから来ているのか、わたしがつけていることに気づいて、違う道を歩いているのではないか、などと思い始めた。初めて見る川に沿って彼の後を歩きながら、もう少ししたら戻ろうと思った。これ以上行くと帰り道が分からなくなりそうだった。
川島くんは川沿いの手すりを手に持っている何かでカンカン鳴らしながら歩いた。カンカカン、カンカカン、カカカンカンとリズムをつけながら小走りになった。
「あらぁ、おさむちゃん、おかえりぃ」
古いバーのようなお店から、ゆるくウェーブのかかった長い髪の女性が顔を出した。川島くんはチラッと彼女を見て少し手を上げ「うん」とも「あん」ともつかない返事をした。すると川沿いの飲み屋から次々と「おかえり」と女性たちが声をかけはじめた。その中を川島くんはカンカン手すりを鳴らしながら駆け抜けて行った。
手すりがなくなり、道はゆるやかに川へ下りていった。川島くんが欄干のない短い橋を歩いていくのを、やや離れたところから見下ろしていた。確かに、川島くんの家は川の中の島にあった。木造の長屋が中州に建っていたのだ。川島くんが持っていたのは鍵だった。わたしはすっかり立ち竦んでいた。
ふと川島くんが振り向いてわたしを見上げた。時間は止まり、急に沸騰した。足が震えた。川島くんは橋を走って戻って、川岸の石をわたしに投げた。いくつも。わたしは逃げ出した。
「帰れ。帰れよ。ちゃんと帰れよ」
遠くで川島くんの声が聞こえた。ふたつ川を越えても、家に帰っても、川島くんの声は聞こえた。
次の日、彼はいつも通り冗談を言って、へんてこダンスを踊って、箒ギターを鳴らした。けれど二度と、あの決め台詞を言うことはなかった。
「川の島に住んでるから川島なんだぜ」