ブラックとともに --画像でふりかえる地獄 1話
はじめに
「ブラックとともに」 は 私の社会人生活の一部を
画像とともに ふりかえる内容です
文章化 すると相当量になるので
まずは シーン画像と関連づけて
紹介したいと思います
このテーマについて 相談したところ
ぜひ 書いてほしいと 多くの方から
要望を いただいたことに 大変感謝しております
地獄の1丁目1番地 death march(デスマーチ)へようこそ!
- 残業地獄 残業時間 Max月240時間 年1200時間超え の戦い
正直 当時は
生きて デスマーチのPJから
ぬけられる気がしませんでした
常時 睡眠不足 めまい と 頭痛 吐き気 倦怠感 がありました
仕事中は いつも 頭がクラクラしていました
日々 3時間 睡眠のため
悪夢で 水中を 溺れる夢を よくみました
家で1日中 寝れる日は いつになるのかと 毎日 思っていました
プロジェクト開始から2か月目のこと
いつのまにか 3年目くらいの 若手が 皆いなくなっていました
他社の先輩社員に 話を聞くと
「5年目未満社員は 1か月でこのプロジェクトから はずしたよ」
ということでした
2年目で 残されたのは
私 一人 でした
夜中2時に帰社
プロジェクト2か月目 夜中2時 やっと会社を出ることができました
私が よろよろと ビルの方を ふりかえると
ビルからは 不気味さ と 恐ろしさ を感じました
これから始まる 地獄の戦いを 印象づけるものでした
調整地獄
朝一 睡魔に襲われながら
チームメンバー一人一人と 朝会5分 していました
仕事の進捗、体調、今日やるべきことを確認していました
たまに 冗談を言うことも ありました
(当時 アジャイルもどきを していました まだアジャイルはない時代でした)
私は 半日以上 会議での調整作業におわれるため
昼12時直前まで 自席に戻ってきません
朝会後、調整事項を確認すると 会議へ向かう日々でした
1日 何人と 何回 これを 繰り返したか わかりませんでした
会議では とにかく メモをとって 決定事項の再確認を徹底していました
おかげで 決定事項について いった言わないでもめることはありませんでした
20時以降 自分の仕事の時間
20時になると 放送が流れました
「忘れ物ないよう 帰宅しましょう」というアナウンスが
月の光(ドビュッシー作曲)とともに流れていました
それを聞くたびに
「あぁー もうこんな時間かぁ・・!」
となげていていました
自分の チームメンバーは
20時~20時30分に
必ず帰宅いただくようにしていたため
進捗報告や 状況確認を おえた人から
帰宅をうながしていました
この時間になると
倦怠感がまし 眼精疲労がきつく
帰りたいの言葉で
頭の中はいっぱいでした
ノートに目をとおし
エクセルのタスク一覧に
会議で決定した事項を入力していました
20時以降は ビル内の冷暖房が
強制的に 切れるため
ビルのフロア内は暑く
カビ臭さが充満し
私の 体力や集中力を 奪いました
月の光(ドビュッシー作曲)は プロジェクト終了後
CDを購入しました
今でも 聞く たびに
当時を思い出します
小さな楽しみ
土日もなく 働き続けると
楽しみは なくなります
先輩社員達が
ペットボトルのおまけや
お菓子のおまけを 集め始めたことが
始まりでした
例えば 画像のような 4種類の 色の違う キャラクターのおまけが
ついているとすると
全て 集めるまで 飲み物を購入し続けていました
チョコボールも 金・銀のエンゼルマークを
集めたものでした
別のチームでは
ラークのたばこの 空箱で
ピラミッドを作っていました
タバコの空箱ピラミッドを
作っていた人は 午前中 ほぼ寝ていて
午後から 起きて仕事する 日々でした
その方は 自席の斜め横 窓側の席にいました
話したことは ありませんでしたが・・・
どこのチームも ストレスMaxで 相当きつい状況を
なんとか 乗り越える 日々でした
休憩時間を あまりとっていた 記憶は ありません
通勤時間 会社に到着するまで
その日 どのように効率よく仕事を
まわすかを必死に考えていました
終わりの見えないプロジェクトに
不安な気持ちと
戦う日々でした