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第7回「オープンポエトリーの会」(静岡)の報告その2

 12月22日(土)午後3~5時に静岡市あざれあで行った「オープンポエトリーの会」の報告の2回目です。3回に分けて参加者の作品をレポします。

 悲しき音/たいいりょう

耳の奥には
深い深い森があって
悲しき音を奏でる
ひとりのチェリストが住んでいた

こころのアリアに ふれる
その弦の音は
母の胎内で 聴いたことのある
あの懐かしい音だった

瞼の裏側には
すでに 熱いものが 流れ落ちていた
それでも わたしは
液体であることのほかには
何も感じていなかった

おお 森の妖精よ
わたしに 人間の感情を
少しでも 感じさせてくれ

◆「胎内のなつかしい音」は、心臓や血流の音だという説があるようです。ザーッといった、ピンクノイズ? 的な低い雑音。「これ聞かせたら子供が泣き止む」とか言われる音源があるらしく、でもやってみると全々効かなかったりするとか。
 大村には幼少の頃、父の実家の和菓子屋で使っていたボイラーの音が印象に残っています。さとう三千魚さんは、清水から由比の先へ抜ける新幹線こだまのトンネルの音のようだと言いました。「悲しき音」であって絶望の音ではない、と注目する方も居ました。
 第3連は「涙」という言葉を使いたくなかった、と作者は言います。そして「何も感じてはいなかった」から一転して「おお 森の妖精よ」と突然飛躍する。その飛躍に幾人かが注目しましたが、作者としては自分の性質として出てくるもので、賛否両論あろうが自分はそのままで良いと思っているとの事。実際第1連で「耳の奥の深い森」だと分かってはいるので、そこから感情の恢復あるいは現実への引き戻しが衝動的に起きる事は、私としては了解できます。その衝動が、楽しい音ではなくて、「悲しき音」から惹き起こされるというのも含蓄が深い。戦後詩で洗面器の水音を描いた男性詩人の詩があって、それを連想したという方も居ました。お心当たりの方は教えて下さい。

 黒の下のパーティー/佐々宝砂

跳ね上がる、湧き上がる、躍り上がる、
歌う、歌う、歌う、歌う、
躍動感に満ち満ちた空気、
あちこちに飛び交う音符の羽虫たち、
唐突に鳴るクラッカー、

輝かしい照明は目も眩む、白、
白のなかの白、
白のうえの白、
このうえない白、

狂い踊る色彩、
見えるはずもない遊色、
あるはずもない構造色、

そして鼻がおかしくなるような臭い、

石油の、泥水の、糞尿の、
揚げたてポテトの臭い、
腐った牛乳の臭い、
ひとすじ香る沈丁花のピンク、

ごったがえすパーティー会場の、
カクテルパーティー効果なんか効き目がない空間の。
音と色彩と臭いを、

とじこめる黒。

静かに、ひそやかに、
華やかなパーティーを封印して、
黒い謎が黒く四角く切り取られる。

--カジミール・マレーヴィチ「黒の正方形」に寄せて

◆マレーヴィチ 黒の正方形 で検索すると絵画の概要が分かります。例えば次のURL。
https://artscape.jp/article/21490/
 マレーヴィチはウクライナ出身のアーチスト。調べてみるとこの黒の正方形の下には、いろんな色が塗り重ねられているのだそうな。佐々さんはその色々をパーティーと考えて、ハチャメチャにしていきます。「明るいけど不穏な詩が好き」という佐々さんらしい詩です。
 最初から各行の句読点が目に付きます。冒頭、3拍子かと思うと4拍子で「歌う」。リズム感豊かでインパクトのある構成。七五調でないリズムを作りたかった、との事。ご本人の朗読も、それに似合う不穏な軽快さ。華やかな朗読だがそれに惹きこまれてはイケナイ、という声も。
 2連めは音の世界から転じて、マレーヴィチの白い視覚へ。そこに色彩がなだれ込むと、今度はごたまぜの嗅覚へ。5連目の「石油の…」からは、ガザやウクライナの現在も連想させられるとさとうさんが言ったら、実は戦争を描いた連もあったが削ったのだとの事、スルドイ。沈丁花のピンクは、絵画のパレット的な現れ方だとの事。ぐちゃぐちゃの中に突然、美しい色が浮かんだりはするけど、取ろうとして筆を入れると崩れてしまう、そんな感覚で入れた沈丁花だそうです。そして「とじこめる黒。」はブラックホール的な感覚。
 言葉で言い表せない詩だ、という指摘も。詩を飛び越えるものはなかなか出て来ないものですが、この詩はそれを掴もうとしているのでは、と言われていました。

 続きの詩はまた明日。

2024/12/23夜 大村浩一・記

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