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物語の作り方 No.17
3)文体を形づくる比喩(レトリック)について
文体を形づくる「比喩」を、辞書では、「説明や記述を印象強く(わかりやすく)するために、適当な類例や形容を用いること」としています。今回は、だれもが意図せずに、使っている直喩と隠喩についてお話したいと思います。
①直喩(二つのものごとの類似性にもとづく表現)
私たちは、話し言葉の中で、「**さんに似てるよねぇ」とか、「**にそっくり」とか言いますよね?
これらを直喩と言います。「AのようなB」あるいは、「BはAに似ている」と書けば、直喩で表現したことになります。
近寄るとサッと姿を消すが、そのあと石の上に、しばらく淡い青と緑と紫のひらめきが残り、その色は流星が曳く光芒のようだ。
正面の壁からはモーツァルトの肖像画が臆病な猫みたいにうらめし気に僕をにらんでいた。
日光の射している部分は水底がいちめんに貝ガラをちりばめられたように真っ白になり、それが冬陽のなかでキラキラ輝いていた。
もうおわかりだと思いますが、「光芒のようだ」「臆病な猫みたい」「貝ガラをちりばめたような」などの表現が直喩です。
いま思いついたことですが、「春めいた」「日本風の」「力士顔負けの」なども直喩です。
ごく簡単に言うと、名詞のあとに、「ようだ」や「みたい」や「めいた」や「に似た」をくっつければ直喩になるわけです。
文体を形づくるのに、もっともありふれた表現方法と言っても過言ではないと思います。自然に湧き出てくる言葉に、ほんの少し、色をつけるような気持ちで書き足せば平板だった文章がキラめいてくるのでないでしょうか。
②隠喩(あるものごとの名称を、それと似ている別のものごとをあらわすために流用する表現法)
隠喩とは、肝心の本名Aを省いてしまい、(あるいはAという名称がもともとないので)、ただ「Bだ」と言い切ってしまうことです。日頃、私たちは、本人の名を呼ばすに、その人の身体的特徴などをとらえて、あだ名で呼んたりしますよね、それと似ています。
一瞬、まわりの空気が凍った。
言葉の死んだ世界だった。
喜びのゆたかさが湯気の中で、むこう向きにうなじをたれている、と思った。
彼は土の中にうずもれて暮らしている。
私は体中を目にして見守った。
色はただの色ではなく、木の精なのです。色の背後に、一すじの道がかよっていて、そこから何かが匂い立ってくるのです。
思い知らせてやろう、君の白鳥がただの鳥だったと。
直喩にくらべて、隠喩はひとひねり工夫された形式です。「空気が凍る」「言葉の死んだ」「体中を目にして」などは比較的、使いやすい表現だと思いますが、「君の白鳥がただの鳥」や「色ではなく、木の精」などは、独特な言葉の組み合わせによって創りだされていて作家の個性=文体を強く感じさせます。
有名な一文を直喩で表現すると以下のようになります。
彼はその地位につくに際してキツネのようにずる賢く、その職務をおこなうにあたってはライオンのように猛々しく、死ぬときは哀れなイヌのようであった。
これを隠喩で表現している原文にもどしますと、
彼はその地位につくに際してキツネであり、その職務をおこなうにあたってはライオンであり、死ぬときはイヌであった。
上記にあげたいくつかの文章は、レトリックに関する複数の解説本から引用したり、書き留めたものなので作者名を銘記できなくて申し訳ありません。最後にあげた一文は、ローマ時代の哲学者セネカだったか……どんどん頭の中が干上がっていく気がします。
③換喩(ふたつのものごとの隣接性にもとづく比喩)
たとえば、肌の白さに着目して、ある王女に「白雪」という名前をつけるとすれば、それは隠喩型(ある物事の名称を、それと似ている別のものごとに表す)の命名になりますが、いつも赤い帽子をかぶっている女の子を「赤頭巾」というあだ名で呼ぶのは、換喩の名づけです。
わかりやすく言えば、強い男子に育つようにと、スサノウと名づけたとします。これは隠喩ですが、「あいつは、自分の姉貴の言うことをゼンゼンきかん暴れん坊やから、スサノウや」とあだ名を付けられたとしたら、換喩となります。少しも、わかりやすくありませんね。ここはやはり名文を引用しないと――、
羅生門が、朱雀大路にある以上は、この男の外にも、雨やみする市女傘や揉烏帽子が、もう二三人はありそうなものである。
芥川龍之介の「羅生門」からの一文です。
これでお分りいただけると思いますが、市女傘が女性の換喩で、揉烏帽子が男性の換喩です。
正午ちかく、警察のひとが二人、葉蔵を見舞った。真野は席を外した。ふたりとも、背広を着た紳士であった。ひとりは短い口髭を生やし、ひとりは鉄縁の眼鏡をかけていた。髭は、声をひくくして園とのいきさつを尋ねた。
太宰治「人間失格」
この後、刑事二人を髭と眼鏡とで、太宰治は書き分けます。
名前で表わすより、読者には換喩のほうが読みやすい。とくに主要な登場人物でない場合、特徴で表現すると読み手は覚えやすい。この手法は小説を書くうえで必要不可欠だと思います。長編小説で登場人物が多数になる場合、読者は多数の名前を記憶できないからです。
以下例文を箇条書きにあげておきます。
①原因によって、結果を表現する場合。
文章を書くという結果を意味して、「ペンを執る」など。
②結果によって、原因を表現する場合。
悲しむことを、「うなだれる」「なげく」など。
③容器によって、内容を表現する場合。
酒を「銚子」、金銭を「財布」など。
④産地の名称によって、産物を表現する場合。
「大島(つむぎ)」「九谷(焼き)」など。
⑤ものごとを記号によって、具体的に表現する場合。
「のれん」で店を、「横綱」で最強の力士を表わす。
⑥抽象名によって、具体物を表現する場合。
「かせぎ」で稼いだ金銭を、「大小」で二本の刀の表わす。
⑦情念や内的感情の発生する場所とみなされる身体部分によって、感情を表現する場合。
「心臓が強い」「腹が立つ」「頭がおかしい」
⑧家の主人の名称によって、家(建物や組織)をも表現する場合。 「トヨタ」で自動車を、「観音さま」で、その建物を意味する。
おおまかに分類すると、以上のようになるかと思います。これを暗記して使っておられる小説家は皆無だと思います。ここでは、換喩とは何かという説明のために、敢えて箇条書きしました。
大半の方は、「そんなことくらい知っている」と思っておられるはずです。
日頃から換喩表現を使って、意図せずに話されていると思います。
男性の場合ですと、仕事終わりに一杯さそわれて、断るとき、
「いま、懐がサミしいんや」と言ったりしますよね。
女性の場合だと、何があるかなぁ……。
たとえば、夫の浮気を疑るとき、「目付きがあやしい」とか言いませんか?
このように、多くの人は無意識に換喩表現を日常会話で使っています。ところが、これを文章にしようと思うと、意外にむずかしいのです。
豊田自動車株式会社の製造した高級車プリウスというようなまわりくどい表現ではなく、トヨタのプリウスと書けば表現できます。これは、わかりやすすぎて、例文になっていないのですが、要するにいかに簡略に表現するかを工夫する表現方法の一つだと思ってください。
なるほど無縁坂と云ふものが新たには相違ない。併し世間の男のように、自分はそのために、女房に冷淡になったとか、苛酷になったとか云ふことはない。
どなたの作品なのか忘れていますが、この文章を目にしたとき、「おお!」と思い、書き留めた記憶があります。ここに出てくる「無縁坂」という地名が、お妾さんをさしているのです。こんなふうに使うのかと、驚いたのです。コトの是非はともあれ、文豪ともなると、愛人を表現するとき、名前ではなく、地名にしたのかと。
課題①自作品の登場人物を、換喩の技法で表現してみてください。
④擬人法(人以外のものを人にたとえる)
人以外のものと言われて、ハイハイそうですかと頷ける人は、ごく少数ではないかと思います。小説を書きはじめた頃、「換喩」もですが、「擬人法」もまったく知りませんでした。そんなややこしいことを知らんでも、なんの不都合もないと思っていました。
いまも頭の片隅でそう思っています。
あなばちは崩れた化粧に一刷毛あててから、断末魔の苦悶にまだ肢をふるわせているいけにえをわが家に運びにかかる。
この描写、恐くないですか? あなばちはおそらく女性を表していて、いけにえは、男性だと想像できます。
初々しい花嫁さんの襟足を、私の指がときどき思い出す。
何かの拍子に、花嫁の襟足に触れた指が、自身を指しています。 これもエロチックな表現だと思います。
茜雲を背にたそがれている鳳凰堂は、静止しているどころか、めくるめく早さで走っているのに気がついた。
作者の目には、茜雲はじっとしているのに、鳳凰堂のほうが走るように動いているように見えたという擬人法の表現です。
⑤その他の表現
課題②思い切って、クイズにしてみました。いまから、さまざまな技法で書かれている文章をアラビア数字の順に取り上げますが、どのような技法なのかは、本文の最後にabc順にランダムに書いておきます。台風で外出を控えておられるときにでも、退屈しのぎに当ててみてください。
1.そういう便所にかぎって、目玉まで悪臭が飛びこみ、蛆の群れが笑っていることが多い。
2.もしかすると、自分はあの人を殺すのではないか、あの桶をかぶせて……。
3.きちんとした躾を受けた娘、学歴を取得した娘、健康で健全で良識のある女が、
4.それまでは――騒がしい音、わめきちらす声々、哄笑、罵り、鎖の音、人いきれ、煤、剃られた頭、烙印を押された顔、ぼろぼろの獄衣、すべてが――罵られ、辱められた者ばかりである。
5.モリエールがいったように「喜劇の本格は人を楽しませつつ、矯正することにある」からだ。
6.最後に、四番目の機能として、そしておろらくこれが箸のもついちばん美しい機能であろうが、二本の箸は食べものを、
7.それは僕のなかにあるような気がする。僕がそのなかにあるような気もする。
8.偉大な鉄工所においては、「耳栓」こそが生命と繁栄のシンボルだった。
9.百人の死は悲劇だが、百万人の死は統計だ。
10.われわれ人間もまた、くそぶくろなだそうだから、これを母体として美しい蝶に変身し、文化の花を咲かせたいものだと思う。
11.それと答えた彼女の言葉こそ、マキアベェッリ以下、あらゆる歴史家に語りつがれた有名な文句である。
12.これはすでに人間でない。この物体は、「食べてもいいよ」と言った娘とは、別のものである。
a並列 b反語・皮肉 c逆説 d挿入 e誇張
f強調 g言い換え h繰り返し i 寓話
j矛盾(対句・対比) k引用 l倒置
どの文章が、どれに該当するのか、知らなくても文章を書くうえで、なんの不自由もありません。比喩のなかには、このように呼ばれる技法があるというだけのことです。ご参考までに書き加えました。解答は、下記にあります。
a)4 b)8 c)9 d)6 e)1 f)11 g)12 h)3 i)10 j)7 k)5 l)2
自分でつくったクイズなのに、つくりながらabcの順序がわからなくなり、焦りました。日付と曜日がはっきりしなくなったのは、ずいぶん前です。買物に行けば、必要なものを買い忘れ、家にあるものを買ってくる始末。DHAはいつ効いてくるのか。アリナミンの類似品もついでに服んでいるのですが、効き目はありません。
4)オノマトペ(擬音詞)
実際の音に似せて作りだすオノマトペには物事を具体的に、直接的にあらわします。また感覚的効果もあり、読み手を「場面」に引き込む働きがあります。ただし、要約や粗筋の文章に、オノマトペは必要ありません。
①効果的な擬音
頭の中が空白になりカランと音がするような感じだった。
「つげ義春日記」
云いあいでもないらしいが、ざわざわきんきん、調子を張ったいろんな声が筒抜けてくる。
幸田文「流れる」
「わあああああああああ。」と言いながら、両手で耳をふさいだりあけたりして遊びました。ところが不思議なことは、「わあああああああああ。」と言わないでも、両手で耳をふさいだりあけたりしますと、
「カーカーココー、ジャー。」という水の流れる音が聞こえるのでした。
宮沢賢治「十月の末」
見ると大津波かと思うほど、水平線一帯の波頭が異様に盛り上がり、それはぬくぬくとうねりながら船に向かって迫ってきた。
辻仁成『海峡の光』
②紋切型の擬音
ふっくらした円顔の、可哀らしい子だと思っていたのに、いつの間にか細面になって、体も前よりはすらりとしている。
森鴎外「雁」
やった! ガクンと音を立てて、ピタリとドアは動かなくなった。
高村薫「黄金を抱いて翔べ」
独創的なオノマトペを考えられればそれに越したことはないのですが、エンターテイメント小説の場合、読者に臨場感を感じてもらうためには多数の作家が 瞬時に場面を想像できるオノマトペを多用しています。
文豪と称される方も、わかりやすい擬音を書いておられます。
編集者さんによっては、「きらきら」さえ使うなとおっしゃられる方がおられますが、気にすることはありません。芥川賞受賞作の「キッチン」には、ピンポーンさえ出てきます。
以前、米国在住の芥川賞作家の方の講演会を拝聴したおり、英語には日本語のオノマトペと類似した言葉がないので、宮沢賢治の作品を翻訳しても伝わらないだろうとおっしゃっておられました。
いま世界中で読まれている漫画の原作は、オノマトペが満載です。日本語が母国語でない方は、どうやって理解しているのでしょうか?
課題③自作品の中からオノマトペを選び出してください。
今回も長文になりました。お目通しくださった方に感謝いたします。