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母子草 第二章

母は子を子は母を思いあい

究極の愛とは

第二章 雪割草

高志が亡くなって、早や七年がたった。
相変わらず私と母は、土竜の巣穴にもぐったまま暗く日の入らない奥座敷で 息を殺すように暮らしていた。母は
全く店から離れ、その代わりに垢抜けなかった娘イネが、行儀見習いも終わり家の中を取り仕切るようになっていた。大らかな性格からか客に慕われてもいた。
私は、数日後に女学校の卒業を控えていた。あえて苦難な道を行くとすればこの家を出るしかないと前々から考えていた。
私はある決心を母に話すことにした。
「お母さま、私は女学校を出たら東京の会社で働きます。新しい部署にタイピスト養成課があってそちらで働きたいのです。お母さまをおいて家を出ることはしのびないのですが 
どうかお許しください」
母は静かに聴いていた。そして珍しく笑みを浮かべ私の手を握り
「あなたがそう決めたのなら私は何も言うことはありません。むしろ嬉しいことですよ」いつになく力のこもった言葉を返してくれた。父は、少し戸惑ってはいたが、渋々承諾してくれた。本来なら女学校をでた子女は、嫁入り前の身で、お茶お花を習い、見合いの日を待つといった具合で、世間からは変わり者と見られることを父は、心配してのことであった。
母に別れを告げ、東京行きの汽車に揺られながら遠くなる故郷の思い出を手繰り寄せながらいつまでも見つめていた。
東京での一人暮らしは、新鮮であった。みるもの聴くもの若い祐子には
刺激的で、本来持っていた好奇心をもうここでは、隠すこともないのだと 息の出来る場所にいることを実感しつつあった。
そんな中一人の青年が 同じ部署に配属された。
祐子はその青年を見るなり、心を射貫かれてしまった。
死んだ高志に目がそっくりなのである

 あの誰もを虜にしてしまう大きく 黒々した瞳
高志が生きていたらこの様な青年になっていたのではないか 私は時が止まったかのようにその青年を見つめていた。青年の名は佑樹といい、職場の雰囲気を華やかな空気に変えた。私は少しずつではあったが声を出して笑う事の増えていった。二人は仕事が引けるとよく会うようになった。お互い家族に縁が薄く、始めて身内が出来たかのように打ち解けていった。祐子は 心の底に温かな火が灯り始めたことを感じていた。

そんなある日 祐子に一通の電報が届いた。

[ハハキトクスグカエレ]
私は足元からがらがらと音を立てて何かが崩れて行くのを感じた。やはり私は 幸せを望んではいけないのだ、これは 私に対する罰なのだ。
私は職場に事情を話し 夜には故郷へ帰る夜行列車に乗り込んでいた。

第三章 早春賦
つづく

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