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[#シロクマ文芸部]紫陽花の花束を君へ

紫陽花の花束を抱え病室の扉をたたいた 僕は音を立てないように麻由子の傍に座った。
気配に気づいた妻(麻由子)は薄目を開けて 僕を見た。
「あぁ あなた来ていたのね 子どもの頃の夢をみてたの バレエのレッスンで上手く踊れないの 何度もつまずいて 泣いてる私」
僕はとっさに話を遮った。
「ほら 紫陽花 家を建てたとき 記念に植えただろう去年は咲かなかったけど 今年咲いたんだよ」 
僕は 真由子の前に紫陽花を差し出した。
「紫陽花の花言葉知ってる?」
素っ気ない顔で麻由子はいった、
「浮気とか 移り気とか花としては格下ね」
「まるで私みたいな花ね 病気になっちゃうし
あなたの子供も望めない 迷惑ばかりかけて その上貴方の御世話も出来ない」
僕はおもわず麻由子の肩を抱いた「そんなことない そんなこと考えちゃ駄目だ」麻由子の頭に手を当てて しずかにベットに寝かせた。
僕たちが結婚したのは5年前 麻由子は僕の勤める病院の心療内科を受診に来た。 僕はその心療内科で心理カウンセラーの仕事をしていた、 つまり僕の担当の患者だったんだ。僕たちが信頼関係から愛を意識し出したのは自然の成り行きだったのかもしれない。結婚して暫くたつが なかなか子宝に恵まれなかった 思い切って病院を訪ねた。 そして不妊治療がはじまったのが一年前のことだ。僕たちは一つの目標に向かって努力した 家を買い 子供部屋まで用意した しかし思わぬ病が麻由子に見つかった。 白血病……
それからというもの麻由子は投げやりな言葉を僕に投げつけるようになった。無理もない 不妊治療に後ろ向きな僕を励ましまだ見ぬ家族のことを語り合ったのだから…
二人でぼんやりとテレビのニュースを見ていると 麻由子が呟いた
「私ね元旦にお詣りに行くでしょ
何お願いしてると思う?どうか子供を授けて下さいだと思うでしょう  違うの世界中の人が 幸せで有りますようにって手を合わせるの ふふっ」
そう言って麻由子は少し笑った。
「そう言えば 雨の降り方も昔と随分変わったよな スコールみたいな雨、
毎年何処かで土砂崩れとか川の氾濫があって
犠牲者が出る度に 辛い気持ちになるよな」
麻由子はこくりと頷いた
「私達だけが幸せじゃダメなの 日本中 いえ世界中が笑顔いっぱいになって欲しいの」
「私バレエがしたくて留学したじゃない でも手も足も長くて美しい容姿 の娘達の中にいると どんなに頑張ったって越えられないものがあるなぁと……醜いアヒルの子は白鳥にはなれないと勝手に思い込んでいたの。心病んで日本に帰って来てしまった でも後で知った みんなが私のこと認めていてくれてたの とても残念だって手紙をくれたわ だけど今その子達が 戦争で苦しんでいる 夢を奪われる事がどんなに辛いことか分かるから 早く戦争を終わらせてみんなが幸せになりますようにと祈るのよ」
僕は限りなく優しい麻由子の頭を撫でながら
「来月 梅雨が終わる頃には退院出来るさ 顔色も好いし先生もまずまずだっていってたよ」そう言って
僕は手を振って別れたんだ……

朝方辺りが白みかけた頃 僕の携帯がなった ベットから起き上がり意識の覚めやらないままの声で
「はい 柏木です 何か?」
「朝早くに申し訳ありません 山添綜合病院からです。朝方 病院の中庭に奥様が倒れた状態で発見されました
朝の雨で体が濡れて低体温が続いており 大変危険な状態です。直ぐにお出でください」
僕は頭が真っ白になった
何故 中庭にいたんだ…

パジャマを着替えて 直ぐに 車を走らせた
麻由子は集中治療室に寝かされていた
意識は無い ただつま先が切れて赤く血が滲んでいた モニターのバイタルサイン(生命兆候)は極めて低かった 数日後 
結局麻由子は一度も目を開けることなく 亡くなってしまった。 もしかしたら病気の進行を止めることが出来るかもしれないと 家で治療することを考えていた矢先の出来事だった。
僕は 暗い部屋の中で何時間も座り込んでいた 放心状態とはこんな状態を言うのであろうか

夜夢をみた
麻由子が僕に笑いかけてきた 
「あなた聞いて!私白鳥の湖のオデット姫を踊ったの かつての留学先の仲間が 舞台のそでで私に拍手をするの
どうしたの?って尋ねたらね
「おめでとう!今度の講演 麻由子が主役勝ち取ったのよ!」って私を舞台中央に引っ張り挙げてくれた 
白鳥の湖のオデット姫は私の夢だった
夢中になって踊ったわ みんなの見守る中でね 青やピンクの紫陽花が月に照らされて まるでスポットライトのようだったの ラストの湖に身を投げるところで 私 ほんとにこのまま死んでも良いと思ったの とっても幸せだったわ 私 最後まで踊りきったのよ」 
僕は溢れる涙を拭うことも出来ず
声にならない声でわぁーわぁーと叫ぶだけだった 

気がつけば、枕をぐっしょり涙で濡らしていた 
それから僕は憑きものが落ちたかのように日に日に前を向けるようになっていった
ある日 不妊治療をしていた病院から連絡が入った
「おめでとうございます お預かりしておりましたあなた様ご夫婦の卵子と精子が無事受精いたしました」思いもかけない一報だった
不妊治療も最終段階まできていたんだ
僕は今までの経緯を話し 海外の見知らぬ人に 代理出産をお願いする契約をかわした 一筋の希望の光が僕を照らしてくれたようだ

それから五年後


 僕の方に真っ直ぐに手を広げ走り寄る女の子
「パパー 白い紫陽花が咲いてるよ
ほら 見て」
「ほんとだ 珍しいね ママに御供えしてあげようか」
麻由子にそっくりな女の子 無事に生まれてくれた これは麻由子が起こしてくれた奇跡なんだ

「麻由子 天国でも踊ってるかな 六月は習い事を始めると長続きすると言うから 菜々子をバレエ教室に連れて行ったよ 帰り際に先生が この子は才能有りますよってさ おもわず はい この子の母親は プリマバレリーナですからってつい言いそうになったよ 将来は ステージママならぬステージパパかな」

「菜々子を見守ってくれよな」

「君はやっぱり紫陽花がにあうよ」

そう言って僕は白い紫陽花を手に庭を後にした。









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