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#シロクマ文芸部  夕焼け喫茶店

「夕焼けは 嫌い」そう言ってカウンターの女は大粒の涙をこぼした。
古びた喫茶店の窓から夕日が店内に差し込んでいた。
初めての客がわざわざカウンターを選んで座り おまけに泣き出す
あいにく 客はカウンターの女だけ
ママ亜季は 珍しい生き物でも見るように固まっていた。
「どうされました? 宜しかったら
訳でもお聞かせくださいませんか」
内心困ったなと思いつつも 優しく声をかけた。女は 夜になるのが怖いと言った。夜が寝ている私の上に覆い被さって 重い石となり苦しめるとも
一睡も出来ず 朝を向かえることもしばしばだとも…。
「それはお辛いでしょう 病院にはいかれましたか」
女は首を振った、どこもかしこも似たようなことしか言わない 私の心の闇なんか誰も分かってくれないとまた泣いた。
そろそろ閉店の時間が迫っているが
女は帰る気配がない 亜季は今日は残業かと諦めて この女と付き合う覚悟を決めた。
女は 結婚当初 夫はお姫様抱っこをして私を寝室まで運んでくれた、毎日愛していると言ってくれた、 下手な料理も美味しいと褒めてくれた。なのに
他に女がいたと 3年後 テーブルの上に 離婚届の紙が一枚 それ以来夫は帰って来なかったと語った。
亜季は 女の背中を抱き 「大丈夫だから もう過去のことは忘れて 新しい道を見つけてください」となだめた。
亜季も 夕焼けは気が重い 泣き女や
ため息男が 喫茶店の扉を開けてやって来る。誰に頼ることも語る事もない漂流者のような人達の 受け皿になっているこの場所 
この古びた煙草のヤニの染みこんだ喫茶店も少しは 人のためになっているのかなとも思う。
人の世の片隅で 泣きながら ため息を付きながらでも 必死に生きている人がいることを 忘れないで欲しい。
泣き女やため息男も 愛おしくてたまらないからだ。


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