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#シロクマ文芸部  懐かしい匂い

懐かしいと感じる瞬間 そこには匂いが伴っていることはありませんか

私は 昭和の趣が残る学生街の喫茶店の扉を開けたとたん
『あぁ この匂い懐かしい』と
立ち止まり 店内を見渡した
赤いモケットのソファー 小さなテーブルは幾多のまあるい染み 椅子の高さもテーブルも屈み込むように低い。
そしてなにより バターとケチャップの混ざりあった匂いに煙草や埃臭さが混ざり独特の匂いがした。
すると どおしたことだろう
閑散とした店内が 四十年前にタイムスリップして あちらではカップルがこちらではビジネスマンが食事後に煙草を燻らせてくつろいでいる。オシャベリに花を咲かせている婦人たちの間を
 ウエイトレスが忙しく立ち回り グラスの擦れ合う音が心地いい。
全盛期にはこんなにお客さんで溢れていたのね。マスターも若い 厨房のコックにきびきびと指示を出している。ナポリタンやオムライスが飛ぶように運ばれ 参考書を傍らに学生がひと匙ひとさじゆっくりと口へ運ぶ。
喫茶店の隅で一人本を開き人待ちしている娘は誰?
学生時代の私かな…
彼の講義が終わるのをひたすら待っている
いつもの 待ち合わせ場所
私にもあったのよね
恋バナの一つやふたつ

注文した珈琲が運ばれカップを口にし少しニヤけた私の顔を 主人は見逃さなかった。
「なに ひとりでニヤついて 昔の彼氏のこととか思い出した?」

『図星!』と心の中で叫んだが
「いい歳して まさかそんなこと バカなこと言わないでよ!ほらここの匂い 懐かしいなぁと思っただけよ」
昔読んだ本に 人間の脳の中に海馬と呼ばれるところがあって 記憶をつかさどるところに匂いは直結すると書いてあった。
「太古の人間が生き延びるには 匂いを嗅ぎ分ける能力が必要だったのよね、私は 特に食べ物の匂いに敏感かな」
主人が言った「俺は 女の付ける香水の香りかな ドルチェ&ガッパーニって歌の歌詞 あるあると思ったな」
今度は私がにやり
「香水って歌でしょ さては 昔付き合ってた彼女のこと思い出すんだぁ」
してやったり!

記憶の中の匂いは 不意に私を襲い
立ちすくむような 感動を与えてくれる 
それは本能に由来するのだろう
懐かしいと感動して 涙を流してみたい
あなたは どんな匂いに 懐かしさを感じますか

おわり

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