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#シロクマ文芸部 十二月 掛け取り(江戸小話)

十二月と言えば 師走
江戸の師走は今とはちょいと様子が違ったようですな
小雪がちらつく年の暮れ
どぶ板長屋の米吉夫婦は灯りもつけない部屋で頭付き合わせて何やらひそひそ話
「あんた もうすぐ大家が掛け取りに来るよ 半年分の家賃どうすんのさ」
「ねぇものはねぇーんだからしょーがねぇじやないか」
「お前さんがこの金倍にしてくるからって博打なんかに手ぇ出してあげくにすっからかん 情けないたらありゃしない、居留守ももう通用しないよ」
「どうするったって、また夜逃げか」
「馬鹿、この寒空にどこ行くってんだよ」
かかぁ 井戸から顔出すお菊みていな恐ろしい顔して

「あんた 死んどくれ」
「ひぇ、嫌だよまだこの世に未練が…それだけは 勘弁してくれ」
「馬鹿、死んだふりすんだよ」
「し、死んだふり やだって」

「やだも へったくれもないよ
さぁ早く」
そう言って かかぁはせんべい布団を広げ米吉を横たわらせた。

「こんなひょとこみたいな顔見たら吹き出してしまうね、顔に白い布掛けなきゃ 探してるときゃないねぇ」
慌てているから見つからない
「しょーがない、あんたのふんどしの前だれ切るよ」
「馬鹿、そんな下の物使いやがって」
「自分のだろ しんぼうおし」

そうこうしているうちに 大家がやってきた。
「米吉っつあん いるかい 今日はどうしても家賃払ってもらうよ」
大家が戸を叩きだした
かかぁは 大声で泣き始めた
「あんたぁ 死んじゃ嫌だよ あんたぁ~」
大家はびっくりして
「どうした、米吉、死んだって
この前までピンピンしてた奴がなんで」
かかぁは袖で顔を隠しながら
「河豚にあたっちまったんですよ 卑しいもんだから魚河岸のトロ箱からこぼれ落ちた魚拾って食べちまったんです
それが河豚だなんて知らないもんだから 最初痺れて そのうちあわくって苦しがって はいこんなことに」
「はい こんなことにって 馬鹿野郎簡単に死にやがって」
大家はにじり寄って 米吉の枕元までやってきた。 
「米吉よ~ おめぇろくでもねぇ死に方しゃがって、足は臭いは口はくさいはいい加減だし こんな箸にも棒にも引っかからねぇ奴はいねぇと呆れて 馬鹿の天然記念物って言いふらかしてたら こんな様でい お前ほんとの大馬鹿だよ」と言ってさめざめ泣きだした。
それを聞いてた米吉 もう我慢ならない
「なんでい さっきから聞いてたら馬鹿 馬鹿って箸にも棒にも引っかからねぇだと あんまりじゃねぇかぁ」

「おっお前さん、死んでてくんなきゃ」


「あぁあ 大家びっくりして すっ飛んで帰っちまったな」
米吉夫婦ぺたりと座り込んで

「あんたぁこれからどうするんだい」
「仕方ねぇ これで三度目の夜逃げだな」
かかぁ 惚れた弱みか甘えた声で
「あんたぁ 来年は真面目に働いておくれよ」
「夜風が身に染みるな」
「きっと生きてりゃ良いこともあるよ」
江戸の町を布団抱えてとぼとぼ歩く米吉夫婦
その後を大家が息せき切って追いかけてきた。
「ハァ、ハァ 息がつまる、
さっきは詰まらねぇこと言っちまったな すまねぇ おめえらが居なくなると長屋の連中寂しがるんだよ 家賃は来年働いて返してくれたら良いから 戻ってこいよ」
米吉とかかぁはお互いを見合ってしみじみ言った。


「人の情けって暖けぇな」

浅草寺からは晦日の鐘が鳴り始めた
「もうじき年明けだね」
二人は元来た道を寄り添いながら帰って行った。

江戸の師走の人情話
お後が宜しいようで😆

  


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