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101歳の楠の木のお話

中学校の校庭に101歳の楠の木がありました。その楠の木は親しみを込めてみんなに 楠爺と呼ばれておりました。
  

[楠爺]
やぁわしは この学校の始まりの頃からここにおる楠爺じゃよ
ところで君 そう君じゃよ!
いつもうつろな目をして窓の外ばかり見ている君 ずいぶん自信をなくしているみたいじゃないか。爺はいつも優しい風を送ってやっているのに気づきもしない
[少年] 
やぁ 楠爺気づいていたよ
僕の憂うつな声なんて
いつもの校庭にいるつむじ風が 吹き飛ばしてしまうのさ
 
僕はもう「もっと、もっと」についていけないんだ
「もっと、成績を上げろ」
「もっと数学のスピードをあげろ」
「もっと高く飛べ!」
「もっと、もっと!」
なぜもっともっとなの?
たとえばだよ
数学の方程式
未知数をXと置きかえるんだ
僕はその時 頭の中はいつも宇宙に飛んでいってしまうんだよ
それに素数 僕はこの言葉なんだか好きなんだ
ただ単純にね!
もっと知りたいのに先生は
先へ 先へと進めてしまう
いつも数学には モヤモヤしてしまう
解ければ正解なんて面白くないよ
解けないからワクワクするんだ
だって世の中そんなにスッキリ割り切れない事だらけだろう
それに最近始めた棒高跳び
僕はね 跳ね
あがって仰向けになった時見る
空が好きなんだ
なのに 「もっと、高く飛べ!」
力が入ると飛び上がったとき
目を閉じてしまうんだ
すると とたんに体が重くなるんだよ
[楠爺]
そうじゃな
今の世の中
「もっと、もっと」じゃな
爺は100年近くこの場所にいて毎年生徒たちを見送ってきたんじゃよ
大人になってこの爺に手を掛けてくれたのは 「ゆっくり、ゆっくり」の子達だったよ
「ゆっくり、ゆっくり」の子はね
周りの景色が見えるんじゃよ
春は満開の桜
夏のすがすがしい青葉
秋のひつじ雲
冬に舞うぼたん雪
そしてこの楠爺のこと
全速力で駆け抜けた子は
途中で力尽きて走ることを
止めてしまう
もうこれ以上走れないと
そして後悔するんじゃ
僕の人生を返してくれと
いいかい 過ぎた日を返せなんて到底不可能じゃ
人生はじゃな 自分の在りようで長くもなれば 短くもなる
それでじゃ
「ゆっくり、ゆっくり」の君が手を差し伸べてやるのじゃよ
「これからでも遅くないよ
ゆっくり、ゆっくり行こうよ」とね
自然が教えてくれるよ
花も 鳥も 風も 月も
すべてが君の周りで回っておる
変わらずにね
どうだ 少しは元気になったかい
おやおや 秋の日の中で
ウトウトかな
よしよしお眠り
おぉ寝ながら笑っておるぞ
これで楠爺のお話はお終い
また困ったときは 話しにおいで





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