ユーモアギャップで鬱になりそう

助けて欲しい。面白くない。
大学進学に伴って関西から岡山に移住してきた。小一から今までずっと関西で暮らしてきたから気づかなかったけど、きっと関西人は話が面白い。別に芸人さんみたいに凝ったトークができる友達ばっかりな訳じゃないし、自分ももちろんそんなことは出来ないのだけど、全くオチのない話は基本しない。
特に意識はしていなかったけど、会話には小ボケがちりばめられていたし、なんとなくボケとかツッコミというものがあった。

それが岡山ときたらどうだ、「え、この筆箱可愛いー」みたいな会話しかしない。キャッチボールの中でのボケツッコミが皆無。何かを伝えるための会話ではなく、会話するための会話しかしない。もちろん風土の問題だけではなくて、知り合ってから日が浅いというのもあるのだろうけど、だとしてもあまりにもだ。おれは笑いも情報も得られない毛繕いみたいな間埋め会話をするくらいだったらYouTubeみたいし勉強したいし話しかけないで欲しい。

そんなひねくれた考えをしているから、友人も恋人も家族も関西にいるのに、岡山で新規の友人が作れない。詰みである。

ほんとうは分かっている。面白くないのは、コミュニュケーション力がないのは、岡山県民ではなくおれの方だということを。相手が面白くないと感じるのは、自分が相手の面白い部分を見つけられていないだけだ。自分だって大した人間じゃないのに、ひとを見限るのが早すぎる。そのくせ面白いひとがいなくて友達ができないよー😭なんて被害者ヅラもいいところだ。優れていないのに、いや、優れていないからこそ、すぐにひとを見下して安心を得ようとする。その態度が問題なのだとわかっている。

でも、わかっていることとできることは違う。受験生時代にも、「わかるとできるは違う」なんて散々言われたことだ。
おれには、「新規の友達」と「古参の友達」という概念がある。「新規の友達」はそのままの意味で、最近仲良くなってきたな、くらいの友達のことだ。「古参の友達」はこれもそのままの意味だが、古くから(とは言ってもおれの場合は1年くらい仲良くし続けてくれている人はこちらに含んでいる)仲良くしている友達のことだ。後者には会話にコンテクストがある。その友達とおれの間でしか伝わらない語彙、その友達にだけわかるエピソード、そういうものがある。前者にはない。おれは人付き合いが得意な方じゃないから、今までは後者との会話を癒しとして前者(「新規の友達」)をつくる努力をなんとか頑張ってきた。だけど、先述のように家族も恋人も友達もみんな関西にいる今、「古参の友達」が誰1人いない、それどころか「古参の知人」自体が皆無の土地で「新規の知人」をつくらなければならない状況に陥っている。不可能だ。

拗らせに拗らせている。人間関係を分析するやつは、大体人間関係が下手だ。だれか、仲良くしてください。

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