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短編小説:ストーカー_2021.03.22
二度目の引越し おまけ その二
中條&上条家のリビングダイニング
日曜日、夕食が終わった時間帯
ソファーに座ってテレビを見ている清一さん
台所で洗い物している夏美さん
テーブルに座ってお茶を飲んでいる樹君と暎万ちゃん
樹君ふとお茶を飲みながら、スマホを手に取ると、リダイアルを押してどっかに電話をかけている。しばらく呼び出し音が鳴る。相手は出ない。ため息をついて、呼び出しを切った。
「しつこすぎる」
「ん?」
その様子を見て暎万ちゃんに言われた。
「どうせ、また、お母さんにかけてんでしょ?」
「……」
「どうせ、また、1日で10回以上かけたでしょ?」
「10回なんてかけてない」
「5回はかけたでしょ」
「……」
かけたな。
洗い物が片付いて、布巾を持ってきた夏美さん。もう一度テーブルを拭き出します。
「お父さん、ストーカーみたい」
「……」
「暎万ちゃん、お父さんになんてこと言うの」
オロオロし始める夏美さん。
いつもの中條&上条家の風景です。
「どうせまた、喧嘩みたいなことになってんでしょ。でも、どうせまた、お父さんは悪くないんでしょ。それなのに、焦って何回も電話かけるなんて……」
「……」
「暎万ちゃん、ね、お父さんは悪くないんだから……」
「だから下に見られるのよっ!」
また、ひとつ言わないでもいいことを言ってしまった暎万ちゃん。ああ、春樹君がいればうまく止めるか、言ってしまった後にフォローを入れてくれるのにと思う夏美さん。
「ちょっとあなた」
「んー?」
清一さんに声をかける。夏美さん。
「娘のことで揉めてんだから、こっち来なさいよ」
「えー?」
男性としてこっち来てフォローしろよ。清一君。しかし、よく状況が飲み込めていない清一君。
「なんで喧嘩したの?」
「喧嘩っていうか……」
お茶を飲みながら次の言葉を待つ暎万ちゃん。事情聴取にこれまたお茶を飲みながら付き合う夏美さん。
「春樹が引っ越すって話をしたら、あんまり騒ぐもんだから」
「ああ。具体的にどう騒いだの?」
年増の女に息子が騙されて結婚させられるって騒ぎました……。
「うん……、まぁ、いろいろとね。こう、わかるでしょ?お母さんの性格」
みなまで言う気になれなかった樹君
「ああ、まぁ、わかるっちゃわかるけど」
「それで、いい加減にしなさいって言ったら、しゅんとして電話切れちゃって」
「「ああー」」
2人して頷く暎万アンド夏美。ズズズとお茶を飲む。わざわざ説明されなくてもその図柄が目に浮かぶようです。
「そんなん自業自得じゃん。ほっとけ、ほっとけぇ!」
「そうよ。樹君。気にする必要ないわよ」
「うん。でもね、1人で落ち込んでるだろうなぁって思うと」
「でも、気にして電話かけても電話でないのは千夏のほうでしょ?」
「小学生かっつーの。気にする必要ないよ。お父さん」
「うーん。でも、お母さんってさ。落ち込むとダンゴムシみたいになるじゃん」
しーん
夏美さんと暎万ちゃんの時が止まる。人形のように無表情になった二人。それに気づかず続ける樹君。
「ダンゴムシのようなままで1人で夜、寝るのかと思うと、気の毒で……」
1人、生まれた時から本人を育てた人。
断じて娘がダンゴムシに思えたことはない。
もう1人、生まれた時から本人に育てられた人。
断じて母親がダンゴムシに思えたことはない。
キリギリスに見えたことはあるけれど。
愛は時に人を狂わせる。なぜ、あの人がダンゴムシに見えるのか……。
「もうそろそろ、おばあちゃん、お風呂入らせてもらおうかな」
コメントのしようがなく、席を立ち風呂へと退場する夏美
病気の人を見舞うような哀れみの目を持って、父親を見る暎万ちゃん
「ね、お父さん。たまにはさ。浮気でもしてお母さんのことびびらせたら?」
「は?」
「ね、ストーカーみたく電話かけたってどうにもなんないって」
「何を父親に言い出すんだ。お前は」
わりとまともな返しをする樹君。そりゃそうだ。
「だから、何もモノホンでしろなんて言ってないって。フリでいいんだって。フリで」
「フリ?」
こら、口車に乗るな。
「お父さんに変なこと言うの、やめなさい。暎万ちゃん」
ぬ、伏兵登場。最近は大抵なことはスルーしまくる清一さんが会話に入ってきてしまった。
「そんなことね、血みどろの争いにしか何ないんだから。フリだろうがなんだろうが」
「それは、おじいちゃんの経験でしょ?」
あっさり一蹴された。
「そんなバカみたいなことに付き合ってくれる女の人、いないよ」
「情けないなー。会社の人は?」
「あのな、暎万」
不意にすくっと背筋を伸ばす。樹君。
「お前は出版だし、お前が働き出したのはお母さんが会社辞めてからずいぶん経ってからだからよくわかってないのかもしれないけど」
「うん」
「お父さんとお母さんは社内結婚だから、社内中の人がお父さんの奥さんがどんな人かってみんな知ってんの。みーんな」
「じゃあ、奥さんに悪いから浮気なんてできないってこと?」
「違う」
えっ、違うんすか?
「あの千夏さんの旦那さんが浮気するなんて、こんな面白い見せ物はないって大騒ぎになるわけだ。そんなリスクのあるお芝居に付き合ってくれる人なんていない。見て笑う人はいても……」
「あら……」
「それに」
「それに?」
「お母さんは、それで、ビビるとは限らない」
「え?」
一瞬、キョトンとする暎万ちゃん。隣にいるおじいちゃんに聞きます。
「ね、おじいちゃん、普通は浮気をしたら奥さんはびびるものじゃないの?」
「……」
答えられない清一さん。
「いいお湯でした〜」
お風呂からにこにこと上がってくる夏美さん。
「ね、おばあちゃん。普通はご主人が浮気をしたら奥さんはびびるものじゃないの?」
「なんで、そんな話になってるの?」
夏美さん、ちょっときょとんとしました。
「そうねぇ〜」
にこにこと笑いながら、少し考える夏美さん。
「びびるんじゃなくて、普通は怒るものですよ。ご主人が浮気したら。暎万ちゃん」
ちょっと変わった親のもとで育ったせいで、若干一般常識がずれてる孫娘を訂正する祖母。
清一さん、不意にすくっと立ち上がりました。
「俺も、風呂入ってくる」
あ、逃げた。
「お父さん、普通は怒るものだって」
「暎万、今更言うのもなんだが……」
「うん」
「お母さんは普通ではない」
「……」
暎万ちゃんの頭の中で、お父さんの言葉がこだまする。お母さんは普通ではない、お母さんは普通ではない、お母さんは……
そして、物心ついた時から今までの記憶がどっと湧いてくる。
た、たしかに!
「お母さんはきっと、自分のご主人が浮気するという経験したことのないシチュエーションを……」
「シチュエーションを?」
「心ゆくまで楽しむと思う」
ちーん、ぽくぽくぽく
今回は特別に木魚が叩かれる音までしたではないか
「そんなの、間違ってるよっ!」
「うん。お父さんも間違ってると思う」
「どうして、そんな子に育っちゃったのかしらねぇ」
眉間に皺を寄せる夏美さん。タオルでごしごし髪を拭いています。
「どうしてそんな人と結婚したの?」
「お父さんとお母さんが結婚しないとお前と春樹が存在しないんだが、それでもそんなこと言うの?」
「ほーんと、樹君がもらってくれなかったら、千夏、絶対一生独身だったわよねー」
遠いあの日、重ーい荷物を肩からおろしたあの時の感動をしみじみと思い出す夏美さん。
樹君は、また、惨めったらしくスマホの画面見てるし。
「ああっ、もうっ」
結局、お父さんがほっとけない暎万ちゃん。
「あたしがかけたら出るかもしれないじゃん」
3人で呼び出し音を聴く。
「出ないね」
「なかなか今回は肝すわってるわね」
「おばあちゃんかけてみなよ」
「はいはい」
3人でまた別の呼び出し音を聴く。
「これでも出ないじゃん」
「千夏ってほんっと強情」
「でも、流石になんだなんだって思ってんじゃん?ね、これに続けてお兄ちゃんからかけたらウケんのに」
「春樹にお母さんがへそ曲げた話はできないよ。彼女が気を使うだろ」
「ちえー。じゃ、せめておじいちゃんから掛けよ。家族全員、ストーカー」
くくくと笑う暎万ちゃん。
「あれ?でも、お風呂入っちゃったか。なんだよ。立て続けにかかってくるから、ウケんのに」
「今、かける?清ちゃんの携帯、そこにあるわよ」
「え、でも、おじいちゃんお風呂だし……」
暎万ちゃんと樹君が見てる前で、ひょいと清一さんのスマホ取り上げた夏美さん。ぱぱっと開いた……。
え?っと思った二人
「やっぱり出ないわねー」
「おばあちゃん……」
「ん?なに?」
千夏ちゃんにかけてた電話切ってからこっち向いた夏美さん。
「おじいちゃんのスマホのパス、知ってんの?」
「ああ……」
手に持ったスマホをじっと見る。
「夫婦なら、フツー、知ってるもんじゃない?」
「いやいやいや」
首をぶんぶん振る樹君
「じゃあ、おじいちゃんもおばあちゃんのパス、知ってるってこと?」
夏美さんここで眉間に皺を寄せる。
「知らないわよ」
「……」
なにかそれは不公平だと思いつつ、なにも言えない二人。
「ね、おじいちゃんが教えてくれたから知ってんの?」
「いや」
暎万ちゃんの眉間にゆっくり皺がよる。
「じゃ、なんで知ってんの?」
「えー、なんでだっけ?」
おいおい
「あ、そうそう。なんかさ、見ようとしなくても、こう、目の端とかで何度も捉えてるとさ」
「うん」
「覚えちゃわない?無意識に」
無邪気に笑う夏美さんの前で背筋がゾッとした樹君と暎万ちゃん。
後で、自分のパスを替えようと思う。
そう、夏美さん、この人、無害に見える。一見無害に見えるような人の方がね、いざとなると怖いんです。
千夏ちゃんがわかりやすいゴジラだとしたらね。夏美さんは隠密行動をとる暗殺者ですよ。そうそう、昼は笑顔の綺麗な町娘。夜になると簪でクイっと人を刺し殺して歩く必殺人みたいなさ。
「おばあちゃん、それで時々おじいちゃんの携帯開いて中チェックしたりしてんの?」
「え?」
目を丸くした。夏美さん。
「そんなことしないわよぉ。知ってたけど使って開いたのなんて今が初めてよ」
「そ、そーだよね」
樹君と暎万ちゃんがホッとして笑う。
「そんな、清ちゃんになんか今更興味ないって」
「……」
嬉しそーに笑いながら言ってますけど……。
「なんで俺の携帯持ってんの」
「ん?」
夏美さんが振り向くと、お風呂から上がったパジャマ姿のご主人が。
「べっつにー。はい。返す」
ぽんと携帯ご主人の手に返すと、髪の毛乾かさなきゃとスタスタ洗面所の方へ消えてった。
樹君は思います。
お義父さんとお義母さんだって愛し合って結婚したんだろうに。長く経つと夫婦ってこうなっちゃうの?
そして、不意に思い出す。そういえば、昔千夏さんが言ってた。2人、一回離婚しかけたことがあるって。
お義母さん、いつも表面上はにこにこしているし、幸せそうにしてるけど、本当は心の中に深い闇を抱えているのでは……。
暎万ちゃんは思います。
いつも虐げられているお父さんのことを可哀想だと思っていた。でも、気づいていなかっただけで、おじいちゃんだって虐げられている1人なのではないだろうか……。
「なんで2人揃って俺のことそんな顔して見るわけ?」
2人、思う。世の中には別に知らないでもいい事実がある。
「いえ、別に」
「なんでもない」
ついでに、わたしは思います。
暎万ちゃん、あなたにも虐げている人がいるからね。
了