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短編小説:とある日のひろ君_2021.01.14
アナザーストーリーから ウサギのしろを迎えてお届けする ファンタジイテイスト(?)の短編でございます。
頭の中で考える話は誰にも教えなければ自分だけの秘密。
とある夜、1人でベッドに横たわり、ぼんやりと他愛もないことを考えていたひろ君。
考えていたのは実は夏美さんのことでした。
最近、夏美さんと2人でいるとホッとするひろ君。
もし、夏美さんが若くてご主人とか彼氏いなかったら好きになってたかもとふと思った。
男はね、傷ついているときに慰められると弱い動物です。
夏美さんって若い頃どんな感じだったのかな?今度写真見せてもらおうかなぁ。
だんだん盛り上がってきました。
タイムマシンとかあって、若い頃の夏美さんと出会ってたらどうなんだろう?全然違う人生だったかも……。
「こんばんは」
「はい?」
すると突然1人だったはずの家で話しかけられた。
びびった。心臓が止まるかと思った。
「どっから入って来たの?」
「いや、玄関から、戸締り忘れてましたよ。物騒な……」
「あ、ていうかそれ以前に」
「はい」
「なんでうさぎが喋ってるの?しかも、フツーのうさぎよりでかいし」
そう、そこにいたのはうさぎでした。小学校低学年くらいの背丈。英国紳士風のスーツに蝶ネクタイ。二本足で立ち、何故か言葉を話してる。
うさぎは眉間に皺を寄せました。
「ぶっちゃけ」
「はい」
「説明するのがめんどくさいんです」
「……」
「夢だと思ってもらえませんか?」
「……」
なんか雑に扱われてる気がするんです。でも、怒って脅して、身分を証明させる?俺ってそういうキャラだっけ?
ひろ君が迷ってる間に、
「よっこらしょっと」
うさぎ、ローテーブルの横の床にちょこんと座ってしまった。
「ところで」
「はい」
「ひろ君は、寝酒はお嗜みになられないんですか?」
「たまーに飲むけど、今日は胃が荒れてて」
数日前に無理やり飲まされたいも焼酎のせいなんだけどね。すると見るからにうさぎががっかりしました。
「あの」
「はい」
「お酒飲みたいの?」
「……」
ひろ君はベッドからおりて冷蔵庫から缶ビール出すとグラスと一緒にテーブルの上に置いてあげました。
「ビールぐらいしかないけど」
「そんな見ず知らずのうさぎにビールなんか出しちゃっていいんですか?」
「うーん、たしかにそうなんだけど、君がどういう存在なのかよくわからないし。ただ……」
「ただ?」
「目の前でひもじい顔されると弱い」
うさぎはそれを聞いて目をあの、少女漫画のキャラのようにうるうるさせました。
「一生ついていきます」
「えっと、お気持ちだけいただいておきます」
ついてこられても困ります。
「おお、これは(ビール商品名)ですね。ひろ君は、(ビールメーカー名)びいきですか?」
(メーカーさんに公平をきすために省略。愛を込めて)
「いや、たまたまかな」
「でも、日本のビールが好きなんですね?」
「まぁ、そうだね」
「これは飲めってことでいいですよね?」
「そうだね」
「あの、僭越ながら、飲めと言っていただけませんか?」
よくわかんないことを言う。ま、いっか。
「飲め」
すると、うさぎはとてもいい笑顔で笑いながらビールのプルトップを開けました。
その笑顔を見て、ひろ君も満たされた。食べ物屋さんの人は人が幸せそうに飲み食いする顔を見るのが好きです。
そこら漁って、柿ピーを見つけて来た。
「ほら、これ、つまみ」
「一生ついていきます」
「ええっと……」
柿ピーつまんで、グラスに入れたビールをくいっと飲んでぱあっと素敵な笑顔をした後に、不意にうさぎはこほんと咳払いをした。
「申し遅れました。わたくし、シロと申します」
正座してお辞儀された。
「どうも」
ひろ君も足を正してお辞儀を返しました。
「実はわたくし、清一さんと夏美さん、樹君に多少縁のあるものでして……。もっともこちらの世界でではないんですが」
知ってる名前が出てきました。
「夏美さんと誰だって?」
「清一さんと樹君」
いつき?最近どっかで聞いたような……
「暎万ちゃんのおじいちゃんとお父さん」
「へ?」
一瞬、頭が真っ白に……
「それはどうもお見それいたしまして、ビール、足りてますでしょうか?」
「あの、そんな気を使わなくても大丈夫ですよ。別にわたしはあっちサイド※1のうさぎというわけではないので」
(※1 あっちサイド:樹さんサイド)
こほん。二度目の咳払いをしたシロさん。
「ところで今日来た本題に入りますがね、ひろ君」
「はい」
「夏美さんはダメです」
「へ?」
「ちょっといいなと思ったでしょう?」
「……」
なんでこのうさぎ、知ってるんだろう?
「夏美さんが若い時に知り合ってたらもしかしたらなんて思ったでしょう!」
だんだん口調がきつくなってくるうさぎ。
「でも、だめなんです!望み薄です。諦めて暎万ちゃんで手を打ちなさい」
「なんで?」
「言っちゃっていいの?」
「……」
「聞いちゃったこと後悔しない?」
「そんな言い方されたら、聞かずにはいられないよ」
「あのね。ひろ君、夏美さんはめんくいなんです。それも、超のつくめんくい」
脳の情報処理能力に一瞬異常をきたしたひろ君。超めんくいとは毎日ラーメン食べてる人のことかと思う。にこにことラーメン食べてる夏美さんが頭に浮かびました。
「顔さえよければ学歴や年収に全く拘らない筋金入りのめんくいなんです。あ、身長にはちょっと拘ります」
やっぱり違った。人は認めたくない事実を突きつけられると、脳がおかしくなるらしい。
ひろ君の中で今まで優しかったマリア様のような夏美さんががらがらと崩れ去っていく。
すげーショックでした。
「夏美さんはそんな悪い人じゃないっ!」
「いや、ひろ君。めんくいな人は別に悪人ではないですよ」
「つまり、俺の顔はそんなにいけてないってこと?」
シロさんは真面目な顔になりました。なんか生徒に温かく話しかける金八先生のような顔。
「ひろ君、男は顔ではない。それが世界の真実です。いい男かどうかを決めるのは顔ではない」
なんでここまで慰められなきゃいけないんだろうと思いながら、シロさんの次の言葉を待つ。
「夏美さんの世界ではいい男かどうかは顔で決まりますが、それは世界の真実ではない。それを踏まえて次の言葉を聞いてください」
「はい」
「フツー」
がっくりきた。ま、でも、別に自分でも知ってますが。
「素朴な親しみの持てる顔だちです。あまり気を落とさないでください。ま、でも、地味と言われてましたけどね」
「誰に?」
シロさん、失言です。そこで話題を換える。
「大体、ひろ君、あなたのそれは恋なんですか?」
「え?」
「夏美さんに欲情しますか?」
ひろ君しかめ面になった。
「夏美さんにそんな汚い言葉使わないでよ」
聖母マリアの像におしっこ引っかけるな。
「ひろ君、小学生でも知っている。それは恋ではない」
いつもはそんなにねちっこくないひろ君ですが、今日は違う。
「プラトニックラブという言葉があるじゃない」
「そんなものは妄想だ。その人のことを思い描きながら抜けないようではそれは恋ではない」
「な、な、なんて汚いことをっ」
ひろ君、ドン引きしました。
「相手が暎万ちゃんならどうですか?」
「あ、別にそれは抵抗ないな」
つうか暎万とは別にそういうことしてるし。
シロさん、眉間に皺を寄せた。
「だから、ひろ君の好きな人は暎万ちゃんなんですよ」
「そんなことはわかってるよ。別に俺、暎万と別れる気とかないし」
任務終了です。それでは残りのビールをいただいてから、帰りましょうか。やれやれ。
「でも、心の中で思うだけなら俺の勝手でしょ?」
なんですと?
「二股ってことですか?」
「二股にもならないだろ。俺以外誰も知らないんだから」
「それは秘めたる恋ってやつですよ」
もぉー
夏美さんみたいなタイプって意外ともてんです。
今は流石におばあちゃんですから、どうもこうもなりませんが、若い頃の夏美さんは可愛かったですよ。それになんだかんだいって優しいし。
シロさんは覚えております。
ヘタレキングの清一さんとクイーンオブいい女のなっちゃん。
でも、ひろ君には暎万ちゃんとしっかりくっついてもらわないと。
「大体、なんでちゃんと彼女がいるのに、他の女の人のことを考えてるんですか?あ、つうか……」
「なに?」
「ビールもう一個貰いますね」
勝手に人んちの冷蔵庫開けてます。このうさぎ。
「どうです?ひろ君も一杯」
「え?歯、磨いちゃったんだけど」
「ま、いいじゃないですか。」
も一個のグラスにトポトポと注ぐ。
「一晩ぐらい磨かなくても」
汚ねえうさぎだな。こいつ。
ひろ君、素直に飲みました。後でもう一回歯を磨いてくださいね。
「それでさっきの質問ですが……」
「ああ……」
なんで彼女がいるのに、他の女の人のことを考えているのか。
ひろ君、ちょっとつまらない顔をした。
「暎万ってさー、俺のどこが好きなんだろ」
「そんなん本人も何回も言ってるじゃないですか」
「ああ」
ひろ君、つまらなさそうな顔で笑った。
「俺のケーキ」
「そうですよ」
「そんなん、俺の味に飽きたら、別のまた美味しい物作ってくれるやつんとこ、いくんじゃん?」
「暎万ちゃんはそんな子じゃないですよ」
「そうかな?」
「前に暎万ちゃんが言ってたでしょ?世界で一番ひろ君のケーキを理解して、愛しているのはわたしだねって」
「ああ」
「あなたが一番理解していない」
「え?」
シロさん、恋愛偏差値の低い暎万ちゃんと、優しくビールを恵んでくれたひろ君のためにひと肌脱ぎます。
「暎万ちゃんは何より中身を重視する人です。あなたの人間性と才能に惚れてるんですよ」
「才能?」
「あなた、自分に対して無自覚過ぎるんですよ。それに無欲だし。あなた才能のある人なんですよ。もっと自信持ってください」
「才能って……」
「はい」
「なんの?」
ボケてるんでしょうか?それとも天然?
「パティシエとしての才能に決まってるでしょ?」
ひろ君、笑いました。
「大袈裟だなぁ。俺レベルの人間なんて掃いて捨てるほどいるって」
「それですよ」
「ん?」
「いつもそうやって笑って誤魔化す」
「え?」
「いいですか?ひろ君。暎万ちゃんは気持ちを言葉に表すのが足りてないかもしれないけど、そんないい加減な気持ちであなたのことを好きなわけではない。暎万ちゃんはあなたの才能を愛してます。それなのにあなたはいつもそうやって笑って誤魔化してしまって、本気になろうとしない。暎万ちゃんには見えてるんですよ。本気になったあなたが咲き誇る姿が」
「俺が?」
「そう」
シロさんはこくんと頷きました。
「だから暎万ちゃんはあなたの側に居るんですよ。ほっとけなくて」
「本当に?」
「本当に、です」
ひろ君、ちょっとぼんやりとしました。
「ひろ君が1人でいたら辿り着けない人生の高みまで、暎万ちゃんは連れてってくれる人ですよ」
「うん」
「だから、その手を離しちゃダメです」
シロさんはじっとひろ君を見ました。
「頑張って。ひろ君」
シロさんは返事を待ちました。
「はい」
やれやれ任務終了だな。よっこらしょっと。
「帰るの?」
なぜかちょっと寂しそうなひろ君。もうちょっと何か言ってあげたくなったシロさん。
「あ、そうそう。それと決して悪くないですよ。あっちのほうも」
「へ?あっちのほうって?」
「だから、あの丸をもらったほう」
「あ……」
なんでそんなことまで知ってんすか?
「暎万ちゃんは恥ずかしがり屋だからあんな風に言ってたけど、ちゃんと満足してますよ」
「ほんと?」
「ほんとです」
なんでそんなに言い切れるの?ま、いいか。
「それに、あの……」
なぜか2人しかいない部屋でヒソヒソ声になるシロさん
「なに?」
「ここだけの話ですけどね」
「うん」
「パティシエって力仕事もあるけど、最後の飾り付けなんて繊細な作業ですよね?」
「うん」
「手先器用でないと無理ですよね?」
「まあ、そうだね」
「手先器用な人はあっちのほうも上手ですよ」
「えっ?」
見つめ合う2人
「そこら辺の男より全然上手ですよ」
「え、そうなの?」
「そうですよ。自信持って、ひろ君」
そして、シロさんはガッツポーズをして去ってゆく。
今日もひとついいことしたなと思いながら。
了
お詫びと補足
シロちゃんは、私のアナザーストーリーに出てくるうさぎさんで、本来、オリジナルストーリーに出てきてはおかしいんです。
ひろ君との絡みを書きたくて登場させたことで、パラレルワールドが存在することになってしまった。
設定に矛盾を含んでしまいました。
ごめんなさい。
このうさぎさんは、樹君のお父さんとお母さんが想いあってるのに死別してしまったのが可哀想で、うまくいく場面を書いてあげたくて、そのための言わばツールとして誕生していただいたうさぎさんです。
SF的なものが書きたい気持ちが先に立っていたわけではないのです。とは言っても、全てが勉強ですから、設定もきちんと考えてはいたのですが……。
今後、シロちゃんがどっかで出てくるか?というと、なんとも言えないんですが、わりと好き。この子。
恋愛の師匠とでもいうのかな?愛の説教部屋みたいな。
シロちゃんと一緒に頑張って、ひろ君!
とまじ思ったわ。今日は。
暎万ちゃんとひろ君が末長く幸せでいられますように。