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短編小説:動物園へ行った日①
2019年にかいた 僕の幸せな結末まで という小説が、私が生まれて初めて最後まで書いた小説でした。(2010年頃に途中まで書いて挫折した小説もあり、こちらの方は、2020年になってから後半を補完して完成)この短編は 僕の幸せな結末まで に出てきた主人公の男の子と女の子が子供の頃の話で、回想の形で書かれています。お楽しみいただけましたら幸いです。何回かに分けて掲載します。
汪海妹
清一
「ねぇ、せいちゃん。次の日曜日は動物園へ行くよ」
僕たちはあの時、小学生だった。
僕の部屋で2人でいるときに、なつが突然そう言った。
「動物で何が好き?」
「ライオン」
「ふうん。わたしはね、パンダ」
パンダを頭の中で思い浮かべた。その後にもう一度大事なことを思い出した。
「動物園に行くの?」
「うん。せいちゃんも一緒だよ」
そう言って、とんがりコーンを食べている。どうしてなつの中ではもう行くことになっているんだろう?
「お父さんとお母さんに聞いてみないと」
「だめって言う?」
「わからない」
母には、聞けなかった。なんとなく。だから、その日の夜電気を消した部屋でベッドの中に入ったまま、父親が帰ってくる物音を待ちわびた。車の音が響いて、がちゃりと玄関が開く音がした。とんとんと僕は階段を下りた。靴を脱いでた父が驚いた顔をして、僕を見上げる。
「清一、どうしたの?こんな時間に」
玄関のオレンジ色のあかりが父を照らしていた。いつもより更に優しく温かく見えた。
「今度の日曜日」
「うん」
「動物園に行きたいんだけど、いい?」
「どうぶつえん?」
きょとんとした。
「ああ、もしかして、なっちゃんたちと?」
僕はうなずいた。
「うん。いいよ。お父さんが一緒に行くから」
そう言って頭をなでてくれた。安心した。
その時、僕はどうして安心したのだろうか。
動物園に行きたいというよりも、なつに対して普通に見せたかったんだと思う。
動物園に家族で行くなんて普通なことが、僕たちにとって難しいということを見せたくなかった。
「せいちゃ~ん」
次の日、なつは玄関先で僕を呼んだ。
「買い物一緒行こう」
僕が階段をおりきる前に上に向かってそういう。
「こんにちは。なっちゃん」
母が居間から出てきて声をかける。
「おばさん、こんにちは。あのね。今週の日曜日動物園行くんだよ」
「ああ、聞きました」
「だからね、おかし買いに行くの」
「そうなのね」
母はなつを見下ろして普通に笑っている。
母は僕にお金を渡し、僕は靴をはく。玄関先まで出た母は、なつのお母さんに挨拶をする。なつの家の車に乗って、後部座席。車が出た後にそっと振り返る。母は普通に笑ってた。
でも、父は一緒に来られなかった。
急に仕事でトラブルがあったみたいで、前の日の夕方父宛に電話が入った。
「清一、ごめん」
行けないことより、父がすまなそうに気にするほうがいやだった。それとなつがきっとがっかりすることが。ライオン、パンダ、そんなものどうでもよかった。周りの人ががっかりとしたり気をつかうのがいやで。
「すみません。あの……」
父が浮かない顔で、なつの家に電話をかけている。ぽつんと座ってそれを見ている。母さんが、居間に入ってくる。僕の顔を見て、電話をかけている父さんの顔を見る。
胃がきゅっとなる。
母さんの顔を見ていると。
「ええ、でも……」
父さんはしばらく電話を切らずに何か話していた。母さんは僕の様子を気にしている。
「清一、お父さん仕事で行けないんだけど、なっちゃんのお父さんとお母さんが連れて行ってくれるって」
「いいの?」
「うん。いうことちゃんと聞いて。迷惑かけるなよ。まぁ、お前は大丈夫だと思うけど」
僕はそっと母の顔を見た。母は普通ににっこり笑った。
「よかったね」
次の日の朝、早めに起きて朝ごはん食べて、父からはお金をもらってた。
「清一」
1人で朝ごはん食べてると母に呼ばれた。
「水筒とお弁当、用意しといたから」
テーブルにふたつ置かれた。
「いっしょに行けなくてごめんね」
「ううん。大丈夫」
お弁当をリュックの中に入れて、水筒をリュックのよこのポケットに差し込んだ。
「せいちゃ~ん」
玄関で呼ぶ声に向かうと母が帽子を持ってきた。
「被っていきなさい」
そっと頭にかぶせた。
「おはようございます」
「おはよう、清一君」
後部座席になつと茜ちゃんと僕の三人で乗り込む。なつが興奮してずっとしゃべっているのを黙って聞いている。
僕が何も話さなくても、気にならないくらい、なつも茜ちゃんもにぎやかで、そして、明るかった。
水筒の中身は氷の入ったポカリスエットだった。お母さん、どうして僕がポカリスエット好きだって知ってたのかな?と思う。言ったことあったっけ?
「あ、水じゃない」
勝手に僕の飲んだなつが、
「わたしのと交換しよ」
と言って、自分の赤い水筒持ってくる。
「中身何?」
「水」
ちょっと笑った。
「だめ?」
「だめ」
「え~!だめ?」
なつもポカリスエット好きなんだろうか。
「だめ」
「なんで?珍しいじゃん。いつもだったらなんでもくれるのに。せいちゃん」
「これはだめ」
まだぶつぶつ言ってる。
「じゃあ、ジュース買ってあげるから」
ぽかんとした。なつ。
「なんで?」
「なんでって?」
「なんで自由に使えるお金持ってるの?」
「……」
お小遣いもらってきたし。
「なつは持ってないの?」
「うちでは自由にお金使えるときは限られてる」
「……」
今思えば僕は、わりと小さい頃からある程度自由にお金を使っていた。
「何がいいの?」
自販機の前に2人で立つ。
「コーラ」
決断が早かった。
「そういえばなつってコーラ好きだね」
お金入れて、出てきたの取り出してあげる。うちの家、なつがよく遊びに来るようになってから、お母さんが何種類かジュース、缶で用意して冷蔵庫に入れとくようになった。何がいいと聞くと、コーラを選ぶことが多かった。この子。
「だってね。うちでは禁止だから。コーラ」
知らなかった。
「ね、その禁止の物を手に持っていておばちゃんに見つかるとやばいんじゃないの?」
僕も共犯になります。すると、なつはふっと笑った。小学生とは思えない悪い顔で。
「水筒に入れちゃえばいいんだよ」
中身の水をそこらにぶちまけて、コーラ入れてる。
「それにわたしだけジュース飲んでると茜がぶーぶー言うしさ」
「……」
さっさと入れ替えて、コーラ飲んで喜んでる。
「なに?」
「なつってなんか頭いいよね(こういうときだけ)」
「せいちゃんのほうが頭いいじゃん。わたし、100点なんてめったにとらないよ」
その後、証拠隠滅と言って、コーラの缶をゴミ箱に投げ込んでた。
「ええっ!最後にパンダもう一回見る」
動物園の出口、夕方。一番年下の茜ちゃん筆頭になつのお父さんもお母さんもぐったり疲れてた。帰ろうって言って、出口近くへ来たときになつがぐずりだした。
「お父さん!」
「お父さん、もうだめ。帰りも運転しなきゃだし」
「1人で行ってきなさい」
「もう!お母さん。わたしが迷子になったり、変な人に連れていかれてもいいの?」
その後、おばさんとなつぎゃんぎゃん言い合ってる。
それだけ言い合えるんだから、体力残ってるんじゃないかとふと思った。
ま、でも、おばさんは体力があるかどうかじゃなく、なつには簡単に折れる人じゃないんだよな……。
「僕が一緒に行きます」
おばさんとなつが怖い顔のままでこっち向いて、おじさんがほっとした顔で僕を見る。
「道わかる?」
「地図があるし、一回、今日通ったから」
じゃあ、ここで待ってるからごめんね清一君。そう言われて歩き出す。
「行こう」
なつはにこにこしながらついてきたんだけど、ふと後ろ見るといない。あちこちふらふら行っちゃう子だった。何か目につくと。
「迷子になるから、やめて」
そう言って手をつないだ。
「お兄ちゃんみたい」
なつはあの時たしかにそう言ったと思う。それでたしかに僕も思った。妹ができたみたいだって。