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短編小説:月城さんが恋をしない理由

この作品は 長編:いつも空を見ている の二人の子供たちが大人になってからの話で、既に投稿済みの短編:出会いに続く連作となっています。また、この短編の後に 長編:しあわせな木 が続きます。

上条春樹 18歳
月城静香 24歳

僕の周りには年頃のくせに恋をしない女の人が2人います。1人は僕の妹で、もう1人は……

「ね、静香さん、焼肉奢って」
「ああ、嫌だ。嫌だ。騎士道精神がない。食事は男が奢るもの」
「俺、日本人だし。年下だし」
「たかるのなら、2度と連絡してこないで」
「ああ、はい。はい。わかった。わかった。じゃ、なに食べたいの?」
「焼肉じゃないの?」
「静香さんに合わせるよ」
「じゃあ、寿司」
「回るやつならいいよ」

彼女がこっちを見て笑った。宵の口、賑わう雑踏。その中で、彼女はいつもより少しだけ活発で、少しだけ子供っぽかった。

「けちくさいなぁ」
「学生いじめて楽しい?」
「教育してんの。男としてどうあるべきか」
「別に教育してもらわなくても、困ってないけど」
「バカね」

静香さんは、優しい顔で続けた。

「魚を釣るのと、釣った魚が逃げないようにするのは違う技術なのよ」
「俺、逃げられたことないよ。逃げたことはあっても」
「君は逃したくないと思ったことがないだけ」

あっという間にやりこめられた。

「ほら、そんな顔してないで。つけ麺食べに行こ。おいしいとこ教えてもらったから」
「なんでつけ麺?寿司じゃなかったの?」
「大和撫子は年下にはたからないの」

歩き出してしまう。

「つけ麺はやだ」
「なんで?嫌い?」
「ゆっくり話せないじゃん」

彼女は無表情で俺を見た。ちょっと直球過ぎたかなと、言ってしまってから、少し反省した。あまりにも年下の男全開で、よくなかったかなと、更に少し反省した。

「じゃあ、帰りにコーヒーのも。ね?はいはい」

なんならアイスもつけたげようかと言い出しかねない口調だし。静かに、でも、結構落ち込んだ。また、子供扱いするのを、許してしまった。

つけ麺は確かに美味しかった。その後、約束通りコーヒーを飲む。ああ、せめてこれが酒だったらよかったと今更思う。彼女はなかなか俺と酒を飲まないし、飲んでも少し。だけど、それでも少しは酔う。ほろ酔いの彼女はかわいいのだ。今日も見られなかったな。

「ね。静香さんって、今も彼氏とかいないの?」
「なんで、定期的に聞くの?」
「いや、できたかなって思って」
「聞かれるたびにできていませんって答える女心の辛さを君は理解してんの?」
「どうして作んないの?」

彼女はしかめ面した。

「親みたい」
「親に言われるの?」
「母親にね」
「お父さんは?」

すると、彼女は俺を見た。まっすぐ。ちょっとどきっとした。その目が一瞬鋭かったから。でも、すぐ消えた。

「お父さんは別に」

なんとなく沈黙してしまった。しばらく。どちらともなく。

「ね。男いないと不便じゃない?」
「なんで不便?」
「ふと、やりたくなったときに」

じっと睨まれた。

「顔がいいとなに言っても許されると思って」
「怒っちゃった?」
「今のはセクハラ発言だよ」
「女の人ってそういうときないの?」
「……」
「なんなら相手してあげようか」
「……」

俺はグラスの氷水を飲みながら、しかめ面している彼女の顔をじっと見た。この人は表情が読めない。他の女の人は手に取るようにわかるのに。そしてまた諦めた。

「ごめん、ごめん。冗談です」
「タチの悪い冗談言って」
「いつも言ってるでしょ?静香さんは俺の貴重な女友達だからさ。友達とはやらない」
「なんで、そこ、貴重なの?」
「女の子は俺に会うといつも俺を好きになっちゃうから」
「それはさすがに嘘だ」
「それはさすがに嘘だけど、2人っきりで会ったりしたら、ほぼ100パーだな。誤解させないか気を遣わないで会える人なんて、静香さんしかいないよ」
「なんかよくわからないけど、世の中にはそういう苦労をしてる人もいるのね」
「でも、そういう子達が見てんの、ただ、ひたすら俺の顔だけどね。俺がどんな人間かなんて全然興味ないの」
「うん」
「それはそれで、失礼な話だと思わない?」

彼女は淡々と話を聞いている。でも、その目にはちゃんと俺が映ってるし、奥のほうには俺を気にかける色がある。あからさまに見せないだけ。

「だから、君はきちんとした彼女を作ろうとしないの?」
「ちゃんと俺と向き合ってくれる人がいたらする」

窓の外を見ながら横顔でそう言った。
しばらく彼女が黙って俺の横顔を見ているのを感じながら。

「ね、そういえば、さ」

彼女は急に話題を換えた。

「わたし、人と知り合ったら、その人のこと、犬か猫かでわけるんだ」
「え?なにそれ。その2種類以外はだめなの?」
「二つのほうがシンプルでいいのよ。大体、どっちかじゃない?」
「血液型だって4つあるのに2つだけ?」
「ま、いいじゃない。ね、わたしはどっち?」
「ねこ」
「早いな」
「とらえどころがないもん」
「わたしのどこが捉えどころがないのよ」
「全部」
「はぁ?」

だから気になってちょくちょく会いたくなってしまうのだけれど。そして、つい聞いてしまった。

「俺は?」

聞いてしまってから、後から聞かなければよかったと思った質問。

「あのね。ねこのふりをしてる犬。春樹君は」

彼女はその時、両手を合わせて目をきらきらさせながら、楽しそうに話していた。それは俺にはまるで好きな人について話しているように見えたんです。
そんな顔しながら、俺のことを話さないでほしい。

「滅多に懐くことはないけど、一度懐いたら、忠犬ハチ公も真っ青なくらい尽くしてくれる犬」

そしてそれからこちらを見てかわいい顔でにっこり笑った。

「当たってた?」
「外れてるよ」

他愛もない話をしばらくしてから、席を立つ。駅のホームで別れる。消えていく背中をしばらく見送る。

俺はいつまでもつのだろう?
いつかきっと叶うだろうと期待しながら待つ生活に。
彼女がどういう気持ちで俺と会っているのか全然わからない。

さっきのあの犬の話。俺の気持ちなんて静香さんはとっくにわかってんだと思う。わかってて、知らないふりして会ってんだと思う。だから、弄んでんだと思う。それなら、手を出してくればいいのに。
今まで何回も、機会は与えてきた。向こうがのらなかっただけ。

ときどき、俺の心配をする。
そして、ときどき、あんな風に俺のことを嬉しそうに話す。だから、もしかしたらと期待してしまう。

でも、俺は知ってる。
彼女に男がいないというのは嘘です。
初めて会った時から、あの人からは男の香りがした。
もちろん、ほんとに香りがするということではなくて……。男の人と寝てる女の人と全然寝てない女の人は雰囲気が違う。彼女からはずっとその香りが消えない。

なのに何度聞いてもいないと言う。そして俺と会うことをやめない。不倫かなんかなのかなと思って。
そして、俺は待ち始めた。
彼女からその男の香りが消えるのを。

いつもこっちからなにも言わないでも俺のことをぴたりとあてる人だけど、今日、一個だけ間違っていた。

俺は逃したくないと思ったことはある。
まだ、自分の手にすらしていないのに、逃したくないと思った人がいます。

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