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短編小説:動物園へ行った日②



   拓也



「すみません。遅くまでありがとうございました」

夜、小野田さんの家から電話がかかってきて、帰りの車で清一君が寝てしまったからと。

「起こすのもかわいそうだから、このまま連れて帰ってもらったほうがいいかと思って」

言われるがままに隣の家の駐車場に行くと、2人の女の子と1人の男の子がぐっすり寝ていた。

「先にうちの子おろしちゃうんで。すみません」

なっちゃんのお父さんがあかねちゃんとなっちゃんを抱っこして運ぶ。行って戻って二往復。

「荷物持ちますね」

なっちゃんのお母さんが荷物持ってついてきてくれる。
小学校4年生の子は、普段は抱っこしないし、さすがに重かった。まぁ、でも、少しの距離なら運べないわけでもない。

「今日はすみません。僕がついて行けなければうちのがついて行けばいい話なんですが……」
「はい」
「妻はずっと病気をしていて、最近やっと元気になったところなんです」
「……」

小野田さんは何も言わずに僕の話を聞いた。

「それで、まだ体力に自信がなくて、わたしたちも無理をさせたくないですし」
「そうだったんですね」

ちょっとおかしいとは思われてたかもしれない。本当は、体の方の病気ではないのだけれど、そこまで言う必要はないだろう。

「あ、荷物はここで結構です。本当にありがとうございました」

玄関先に荷物を置いてもらう。居間から塔子さんが出てくる。

「あら、寝ちゃったの?」
「うん。」
「あ、今日はすみません。本当にありがとうございました」

頭を下げている。

二階のベッドに寝かした。服を着たままで眠る子の顔を見る。
塔子さんにばかり気がいって、動物園に連れてくなんて普通のことをやってあげてなかった。自分から行きたいなんて言うこともない。この子は。
今度どこか旅行にでも連れて行こうと思う。
ちゃんとお母さんも一緒に。



   清一



「わ!すっごいなつかしい写真」

なつが後ろから覗いてくる。

「どうしたの?」
「いや。なんかおばさんが本棚整理してたら出てきたって」
「動物園行ったときのだ」
「うん。そうだ」

へ~。と言いながら、古いアルバム見てる。

「お前が最後にどうしてももう一回パンダ見るって言い張って俺連れってたの、覚えてる?」

妻はきょとんと僕を見た。

「忘れた」
「じゃあ、コーラ買ってやったのは?」
「あ、それは覚えてる」
「パンダより、コーラなんだ」
「いや、それは違くてさ」

なつは遠い目になる。

「水筒に入れたからばれないと思ってたら、家帰って来て水筒洗うときに飲み残しがあって……」
「え?」
「それで、ばれて大目玉くらったのよ」
「嘘?」
「怒られたから覚えてる」
「俺が悪いって話にならなかったの?」
「わたしがね、無理やり買わせたって話になってたよ。お母さんの話では」

なぜかほっとした。そんな大昔のこと、よく考えたら時効じゃん。でも、ほっとした。

「太一がおっきくなったらさ」
「ん?」
「動物園行きたいね」
「ああ、そうだね」

その時の様子を思い浮かべて幸せな気分になった。

「四日市にいる間に行こうね。みんなで」
「うん。そうだね」

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