短編小説:夢がないなぁ_2021.01.21
この作品は 長編:かみさまの手 かみさまの味① 及び しあわせな木 の番外編です。
「どうも、ども、ども、ご指名受けまして〜」
「ももちゃんで〜す」
「はなちゃんで〜す」
1人は黒髪でストレートロング、もう1人は茶髪でゆるくウェーブがかかっている。膝上のチャイナドレスを着てる。水色とピンクだ。
「なんだなんだ〜。しけた顔して。先生〜」
「先生〜」
クラブのボックス席のソファーに不貞腐れた顔の春樹君と職場の先輩の桜木先生がいます。桜木先生の方はニコニコしてる。
「こんな無理矢理な営業、かけるか?フツー」
「なんのことだ?」
「なんのことだ〜?」
この2人、片割れが言ったことをもう1人が反復しないと気が済まないらしい。本日は家に真っ直ぐ帰りたかった春樹君、先輩に引きずられて来ました。
「サクラギせんせと我々は同盟を結んでいるのだ」
「上条センセを連れてくれば安くするのだ」
「別に安くしてもらったって飲みたくなんてないし」
「勘違いするな。サクラギせんせのためだ。お前のためではない」
「ためではなーい」
こんなホステスいるか?(サービス価格とはいえ)お客に向かってこんな口をきく。
「二度と来るか、こんな店」
「でも、上条センセは、先輩の頼みは断れなーい」
「だから、来なければならなーい」
そう。直の営業はまるっと無視してました。そしたら同じチームの先輩に引きずってこられた。
「桜木先生、飲みなら付き合います。女の子のいる店でもなんでも。でも、この店だけはやです。特にこの2人」
指差していう春樹君
「いや、この店じゃないと意味ないから」
春樹君の言葉に耳を貸さずに一生懸命よそ見をしてるサクラギせんせ。視線の先には、このクラブのナンバー1の桜子さんがいます。
「ああ、今日も綺麗だなあ」
暇を見つけては通い詰めてるセンセ。毎回指名する指名料もバカにならないので、ももアンドはなの提案にのって、後輩を売ったわけだ。
「さあ、しけた面してないで、飲め。上条センセ」
「なんでこんなしつこく俺のこと呼ぶんだよ。俺なんかクラブに通い詰める上客になんかならないぞ」
とたん、ももとはなは顔を見合わせて笑いころげる。
「そんなん、100も承知だ。一目見たときからな。我々を誰だと思ってる」
いや、ただのクラブのホステスですが。
「そこら巷の場末のクラブならまだしも、我がクラブは高級クラブだぞ。上条センセごときを金づると思うか」
「思うか〜」
「じゃ、なんで?」
「我々は桜子さんには及ばないがこれでも固定客のついたそこそこ売れたホステスなのだ」
「なのだ〜」
「そこそこ売れ続けるためには頭も使うし、パワーも使うのだ」
「へとへとなのだ〜」
「いい仕事をし続けるにはオンオフが重要なのだ」
「いい大人は切り替えが上手なのだ〜」
いや、いまいち話の道筋が見えないよね?
「「つまり、今はオフなのだっ!」」
結論は2人で被せてきました。
「いや、全く意味が分からん」
「ホストクラブに行ったりして騒ぐと高いんだ」
「上条センセは、おもてなしの精神にはかけるが、顔だけはいいから」
「それにただだ」
いや、ただどころか、金、こっちが払ってますが……
「桜木先生、なんかすごく酷いこと言われてるんですけど……」
「何事も勉強だと思って、ね」
とりつく島がない……
「儲かってんなら、素直にホストクラブに行ったらどうだ?固定客いるんだろ?」
「我々のあがりはそんなことには使えない」
「夢があるのだ!」
「夢?」
2人は少しきらきらした顔をしました。
「サーカスを作るんだ」
「……」
「わたしが団長だ」
「わたしが副団長だ」
頭の中で思い描く、ライオンや虎や、ボールの上立った子熊や、ピエロや、一輪車のった人や、空中ブランコ乗る人の真ん中に2人が満面の笑みを浮かべて立っている。
意外と……、絵になるではないか、言われてみると。でも……、
「本気?」
とたんに言われる。
「「夢がないなぁ〜!上条センセは」」
うん、それは認める。俺はリアリスト。
「法治国家日本、夢を見るのは自由だぞ」
「しかもただだ」
ただは、重要なファクターらしい。
ま、たしかに俺は夢はない。ちょっと前の自分なら、こんなことあからさまに言われてたら、こっそりちょっぴり落ち込んでたかもしれない。
だけどね、法治国家日本、夢を見る自由もあれば、夢を見ない自由だってあるんだぜ。夢を見なかったからと言って、失うものもなし……。
「そんなことしてっと、折角できた彼女に振られるぞ」
「振られるぞ」
なんですと?
「いや、そんなけつの青いやつに喜ぶのは子供な女だけだ」
するとふふんと笑った2人
「そうだな。せんせの彼女は大人だったな」
「だったな」
偶然会ったんです。この前、昼間に。
「だが、あれはあれだろ?職業婦人だろ?」
「え?ああ、まぁ」
職業婦人っていつの時代の言葉やねん。
「そして、お前は年下だ」
「はい」
「年上の自立した女性が年下のかわいい男の子に求めるのは夢みがちな要素なのだよ」
「そうなのだー」
がーん
「思い当たる節はないか?」
「……昔」
「うん」
「なんで弁護士なりたいか聞かれて、答えたら」
「答えたら?」
「なんかがっかりされた」
「ほら、みろ」
「ほら、みろー」
「そういうところでは正義の味方になりたいからと答えなきゃいけないんだ」
「さむっ」
すると2人は眉を顰めた。
「バカやろ」
「バカやろ〜」
「演じろっ!相手の求める自分を」
「演じろ〜」
「恋とはそういうものだぞ」
「絶対やだっ!」
ぴたりと動きを止めてジトーっと見つめられた。4つの目に。
「振られるぞ」
ボソッと呟く。
そう言われて、自分が夢みがちな男になって、ある晴れた日の午後、汚い畳敷の部屋、風になびくカーテン、なぜかアコギを抱えてて、彼女に寄っかかって、それを爪弾きながら、俺は今はこんなだけど将来はビッグになってお前にひもじい思いはさせないぜ、ポロン(ギターを爪弾く音)的な、そーんな不思議な絵が浮かんだ。
「絶対無理っ!」
どんだけ昭和?今は令和ですがっ!
「ほら、これだ」
「おもてなしの精神がなーい」
いや、こいつらの言ってること、時々妙に説得力があるが、当たってるわけがない。あんなに長く片想いしてやっと付き合えたのに、簡単に振られてたまるか。
「ね、桜木先生、夢みがちな男なんて、言い換えればただのヒモですよね?そんなん今時、モテませんよね?」
「んー?なんの話ー?」
桜子さんの観察に忙しい桜木先生は、全く役に立ちません。
「なんだ。振られると困るのか」
「困るのか」
ももアンドはなは、面白いおもちゃを見つけました。もともと本日はオフの日、今日はこのおもちゃで遊ばせてもらいましょう。
「ところで、上条せんせ、この前ばったり会った後、せんせの大人な彼女はどんな反応だった?」
「え?」
どうって……。記憶を掘り起こす。
「フツー」
するとじっと2人に見られた。射るような視線。
「本当か?本当の本当にいつもと変わらなかったか?」
「え?」
そう言われてもう一度考える。
「そう言われれば少し機嫌が悪かったかな。でも、しばらくしたら元に戻った」
すると2人は意味深な笑いを浮かべながら見つめ合う。
「そういえば、この前のあれ、なんだったの?いっつもと態度が違ったけど。外面か?」
いつもは客扱い全くしないくせに、この前は普通のホステスのオネエサンみたいに絡んできた。
「あれは実験だ」
「実験?なんの?」
「センセの彼女がどのタイプに属するのか」
「その結果を聞くために本日は呼び出したと言っても過言ではない」
「……」
自分は、この人達の実験動物かなんかなのか?
「顔がいいだけで恋愛スキルの大してない上条センセのために解説してしんぜよう」
「しんぜよう」
「いや、ちょっと待て。別に俺はスキルは低くないぞ」
大笑いする2人
「いいか、スキルってのは努力して身につくもんだ。お前、今まで努力して落とした女、何人いる?」
「一桁だろ?」
「……」
実を言うと1人しかいない。
「ついでに言うと、今のスキルのレベルで、彼女と長続きすると思ってんのか?」
「危ういぞー」
「つうか、上条センセは今まで女と一年以上続いたことあんのか?」
とどめを刺された……。ずーん。
両手で顔覆って俯く春樹君。
「ないんだな」
「図星だな」
「この状態で恋愛スキル低くないとはよく言ったものだ」
「無知というのは恐ろしいものだな」
こほん、咳払いをするもも
「えー、話をもとに戻すが、あれは彼女が嫉妬するかどうか、するとしたらどのようにするかでタイプわけをする実験だ」
「だからわざと絡んだんだ」
「他の女に目の前であからさまにからまれ、更に挑発されて」
挑発なんてしてたっけ?まあ、いいか。
「もしその直後に全くなんの反応もない場合は」
「場合は?」
「ずばり、その彼女の目的は君の愛ではない」
「へ?」
「金か、或いは別のなにかだ」
「恋人のフリをして、機密情報を盗もうとしてるとかっ、実は過去に因縁があって復讐目的で近づいたとかっ、はたまたっ、えーと」
想像力の枯渇により、これ以上割愛。
「しかし、センセの彼女は、一応機嫌が悪くなったということだから、一応彼女の目的は先生の愛なのだろう」
「……」
なぜ、一応をつけられなければならないのか。そこ、当然ではいけないのか。
「ところで、上条センセは、彼女が機嫌悪くなった後に、どうしたんだ?」
「え?いや、どうするもなにも、仕事でたまたま何回か行っただけで、自分では行ったことないお店のホステスだって説明しました」
事実をそのままに……
「それで、短時間で、解決したのか?」
「はい」
「本当にそれが正しいやり方だったと思うか?」
「自分はベストを尽くしたと誓えるか?」
「へ?」
なぜ?なにか自分は間違ったのか?
「いいか、上条センセ。恋というのは闘争の産物だ」
「はい?」
いや、なんか話、飛んでますし、さっぱりわかりませんが……。
「相手を獲得するまではまさに恋は狩りに似ている。逃げる獲物を追いかける狩りだ。とてもドキドキするよな」
「はい」
「それで、その闘争状態がお互いを獲得する事で終了する」
「はい」
「安定した状態が始まる。お互い幸せだ。しばらくは」
「しばらくは?」
「そのうちその変わり映えしない毎日に飽きてくる。走り回らずとも、自分が食いたくなれば手を伸ばせばそこに肉がある」
「はぁ」
「そして、人は狩りの楽しさを思い出す。ああ、もう一度狩りがしたい。そんなとき、家畜は」
「家畜?」
「柵を飛び越えて逃げ出すんだ」
ももさんの渾身の語り。よく意味がわからないまま聞いている春樹君。
「慌てて追いかける主人。もう一度、柵の中に入れて、鍵が壊れてないか、柵の高さや強度が十分かを確認する。その時、人は狩りをしたいと思っていたことを忘れる」
なんの、話なんだろう?でも、引き込まれてしまった。
「その次に、今度は家畜ばかりを狙う泥棒騒ぎがある。主人は気が気ではない。ライフルを手に入れて、夜中も耳を澄ましながら寝るようになる。気分は最早狩りの気分だ。わかったか?」
「いや、さっぱりわかりません」
ただ、ちょっとドキドキしましたが。
こほん、今度はハナさんが咳払いを。
「今度はわたくしから教えてしんぜよう」
「しんぜよう」
「いいか?適度の嫉妬というのは、長くなってきて狩りのドキドキが失せてきた2人には必要なスパイスなんだ」
「いや、まだ、付き合い始めたばっかなんだけど」
「これからのことを踏まえて聞きなさい」
「はい」
「もし、せんせの彼女が、ほっといてもいろいろあることないこと心配して嫉妬に燃えるような人なら」
「人なら」
「特にテクニックを要する必要はない。ただ、相手を安心させようと終始すればよい」
「すればよい」
「せんせのその容姿をキープし続けることができれば普通に生活してるだけで相手は自動的に嫉妬して、狩りのドキドキ感を味わい続けるんだ」
「ふうん」
「でも、せんせの彼女は、こういうよくいるタイプの女性ではない」
「そうなの?」
若干、バカな人を見るような顔されたし。
「あんな絡み方目の前でされたら、嫉妬深い女だったら簡単に機嫌なんて直さない。センセの彼女は、あれだ」
「なに?」
「自分の腕に自信のある狩人だ」
「……」
なぜか一瞬、春樹君の頭の中に、背丈ほどもあるかと思うでっかい弓をビシッと絞り、真っ直ぐにこっち狙っている狩人の毛皮みたいなの着た彼女の姿がくっきり浮かぶ。
「もし、センセが自分の傍から逃げ出したとしても、しばらく遊ばせといて、射程距離ギリギリで仕留める自信のある狩人だ」
「一発でな」
「普通は、男が狩って、女が狩られるものではないの?」
「普通はな。せんせの彼女は、あれだ。ちょっとレアな人だ。そして、せんせは、彼女にとって時間をかけて、獲得した珍獣だ」
「……」
「恐らくペガサス級」
「滅多に人前に出てこない珍獣の足跡を追い、糞を調べ、水飲み場を割り出しだな、何年もかけて追い詰めた珍獣だ」
「……」
「いいか、こっからが大事なとこなんだが」
やや茫然自失気味の春樹君にたたみかける2人。
「誇り高きペガサスは簡単に人に懐かないんだ」
「へ?」
「家畜になるな。上条センセ」
え?俺、家畜なの?
「囲われた柵を踏み倒せ。出された餌に手をつけるな」
「え?え?」
「決して野生の誇りを失うな。せんせいは伝説の珍獣なんだから」
「わかったか?」
「なんとなくわかりましたが、具体的にはどうしたらいいんですか?」
今の話でわかる人がいたら会ってみたいわ。
こほん、2人で咳払いしました。
「たとえば、この前みたいにわたしたちと出くわして、後で彼女が怒ったとき」
「はい」
「すぐに慌てて説明して、安心させるのをやめて、しばらく怒らせとけ」
「え?」
「うかうかしてると他の女にとられるかもって危機感がミソなんだ。恋愛は」
「含蓄深い話だなぁ」
「わっ!」
いつのまにか春樹君のすぐ横に桜木先生がぴったりとくっついていた。その存在をすっかり忘れてしまいました。
「どうだ?上条センセ。単独で狩人と渡り合えるか?」
「コンサルティング契約結んでやってもいいぞ」
「……」
「ま、返事は待ってやってもいいがな」
「……」
左右挟まれて営業かけられる上条先生。
この人たちの固定客って、こうやって増えてんでしょうか?
了