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短編小説:出会い
本作はいつも空を見ている②③の
番外編です。
月城静香
ちょっとむしゃくしゃしたことがあって、煙草を吸いたくなった。でも、学校だ。ここは。煙草吸うなら、誰にも見つからない場所じゃないと。
今春から週二回で通うようになった勤務地で、まだ学校の中がよくわからない。確か、屋上があったはず。今は授業中だし、ここ、結構な進学校だし、サボってるような子もいないだろう。
そう思って上ってきた階段の上に見てしまった。
こちらに背を向けている白衣姿の女性が、目の前の誰かに抱きついてる。
「ねぇ、そんなこと言わないで」
そんで相手の返事待たずにキスしてるわ。女から、相手の体勢がちょっと崩れて白衣に隠れてた顔と姿が視界に入った。
それだけならまだ良かった。目が合ってしまった。思い切り。向こうもこっちに気がついた。
ヤバイ
自分が悪いことしたわけじゃないのに、ドキドキしながら階段おりる。足音立てないように気をつける理性はかろうじて残ってた。
自分に与えられたカウンセリングルームに逃げ込んだ。なんだ、ありゃ?
女はね、声でわかった。養護の先生です。
それで相手がさ……。
生徒だった。
来たばっかりだもの。何年生かも、もちろん名前もわかんないけど。でも、顔は見た。結構きれいな顔立ちの子、もう一回見たら、見分けつく。覚えた。
でも、ぶっちゃけ関わり合いたくないな。
ちくしょー。向こうが気がつかなかったら、見て見ぬふりで済んだのに。
向こうだって、知られて困るはず。わたしが何も言わなくても、文句はないだろう。それにわたしはスクールカウンセラーで、定期のカウンセリングで年に一回顔を合わせるかどうか。向こうからカウンセリング希望でもしない限りはそれ以外に接点はなし。
むくっと起き上がる。
そうは言っても、何もせずにいて、何かトラブったら面倒だ。情報だけは集めとこう。
「教頭先生、すみません」
「はい」
「生徒の皆さんの顔と学校の雰囲気をつかみたいので……」
適当なこと言って学校の活動写真と、去年のクラスごとの集合写真を手に入れる。ここは、中高一貫校だけど、あの制服は高等部でした。
いた。2年生にいた。ということは今年三年生、受験生じゃん。よくもまあ、あんなことを、しかも年上の女と……。ま、でも、手出した大人の方がやばいよな。
名前を見る。
上条春樹
***
「こんにちは」
そして、その次の出勤日、その本人が訪ねてきた。
「こんにちは」
ニコニコしてる。こっちもニコニコしてやった。
「どんなご用で?」
「悩みがあったらきていいんですよね。ここって」
きれいなスマイルですな。
「どんなお悩みで?」
「先生ってカウンセラーの先生だったんですね。結構探すの、苦労した」
苦労してこの時間か。結構あっさり見つかったな。
「この前見たの、あれ、内緒にしてくれませんか?」
……直球できたな。
「学校や家にばれるとそれなりにめんどくさいんですよね」
ニコニコしつつこっちの表情見てます。
「なんで何も言わないの?わりと不気味だな。先生」
「不気味って!」
「あ、喋った」
顔を無表情に戻す。
「お茶でも飲みますか?」
「あ、すみません」
急須に適当に茶っ葉いれて、ポットのお湯つっこんだ。茶卓の上に茶碗のっけてドボドボ注いだ。
これでもかというほどに適当にいれてやった。
「どうぞ」
「緑茶なんだ」
「緑茶です」
「ハーブティーとか出てくるんじゃないんだ」
なんだ?その先入観。
「なんでそんなつまらないものを見るような目で僕のこと見るんですか?先生」
ヨーロッパの、なんかね、ねっとりした官能的な映画に出てきたら似合いそうな子。背徳的なやつ。大人になりきらない、まだどこか柔らかなものが残っているきれいさ。
きちんと昼の太陽の光の下にさらしたら、ただ、清純に映るだろうに、なぜだろうね、10代の子ってとても移ろいげで、午後の光が揺らいで時にその雰囲気をガラリと変えてしまうように、全然違って見えるときがある。
そしてそれは長くもたない。
大人になると同時に消えてしまうあやうい美しさ。
少年少女は知らない。大人になったことがないから。
失った大人だからわかる美しさと価値。
いやあ、恐ろしいわ。
養護の先生もまたずいぶんやばいものにはまったな。
「君は……」
「はい」
「一応目撃してしまったものとして忠告しますが、あんなことしてると道をふみはずすよ」
しばらく目を丸くしてじっと見られた。その顔は年相応に見えた。その後大笑いされた。
「何か悩みでもあってあんなことしてるの?」
でも、たぶんそうではない。一応これでも、臨床心理を学んでる。この子は普通の男の子。ちょっといたずらの過ぎる。
「心配しないでも、ただの好奇心。向こうから寄ってきたからつい」
「身を滅ぼすよ」
「わかってますよ。なんかやばくなってきたから、別れ話して、こじれて、あんなことなってたの。学校の中で」
ため息がでる。
「今のため息は何のため息?」
「こんな高校生ほんとやだ」
かわいい顔で笑った。
「ね。学校に言いつけなくていいの?仕事上問題ならない?」
「君が弄ばれてて、精神的に深刻な状況なら、言うべきなのかもしれないけど……」
「けど?」
「今のこの状態では、言う気にはならないわ」
「ありがとう」
「言っとくけどあなたのためじゃないわよ」
彼の顔から笑顔が消えた。
「子供は守ってもらえる。こんな時、大人は守ってもらえない。彼女のためよ」
カチンとした怒った顔になった。
「子供扱いされるの嫌いなんだけど」
「子供なんだからしょうがないでしょ」
「俺はそんな子供じゃない。周りのやつらみたいな」
その顔を見ていて思う。この子は悩んでたんじゃなくて背伸びしたかったんだ。このくらいの子にはよくあることで、でも普通は背伸びする機会なんてない。それを与えた大人のほうが悪い。
普段のわたしならそう思えたはず。だけどこの時できなかった。
「年上か下かなんて、夢中になっちゃったらほんとは関係ない。世間はそうは見なくてもね。相手本気にさせて、傷つけて反省しないのは子供だよ」
或いは遊び人です。
言ってからその後、ちょっと深入りしすぎたと思った。もう少し穏やかなスタンスで諭すことができたはず、わたしらしくない。
「まあ、もうとにかくいいから帰りなさい」
ガツンと言われて拗ねた目の男の子、追い立てて追い出した。
それが、わたし月城静香と上条春樹君の出会いでした。
第一印象、お互い良かったとは言えない。でも、お互いに印象的だったのかもしれません。時々思う。もし、もう少し彼が大きくなってから、二十歳を過ぎてから出会っていたら、どうだったろうかと。
全然違ったと思う。
そうとしか言えない。
そのくらい強い印象を受けました。
10 代の彼から。
そしてその絵は消えない。
彼が大人になっていく中で失っていく子供っぽさ。
大人になった彼を目の前にしつつも、残ってるんです。どこかに。
そんなものではないでしょうか、人と人との出会いなんて。
他愛のないものは、波が連れ去るように心から消え去り、最後にはわずかなものしか残らない。
ときを過ぎても色あせない絵を集めながら人は生きてくものだ。
彼のあの日の拗ねた顔はそこに入りこんでしまった。