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中国人と結婚した日本人女性の年末年始
大晦日がやってきた。中国にいる日本人が大晦日に何をするか?それは、旧暦をいつまでも手放そうとしないこの民族を心の底から呪います。ここだけの話。
なんで、太陽暦に合わせねえんだよ、ほにャ国人っ!
そのせいで、ここうん十年、私は数えるほどしか正月に日本に帰れていないのです。そして、31日も働いておりました。ただ、午後には開放された。それで主人が新しく開いた事務所に気まぐれに息子を連れて遊びにいった。それから、夕飯である。
大晦日の夜である。日本食屋へゆきたいねっと。息子と一緒に寿司食いたいねと言っていた。寿司は食いたいが、春節に日本帰るから、回らない寿司はこっちで食べると激しくコスパが悪いので、(質はそこそこだが、とにかくめちゃめちゃ高い)それの三分のニの値段でめちゃめちゃ美味いものが日本に帰れば食べられるし、どうせ金を使うなら日本ででしょってことで、こちらでは回る寿司でいいだろう。スシロウへ行こうと言っていた。
そこで、スマホで主人の事務所の近くに何があるか検索をした。最寄りのスシロウどこやねん。
「よ」
ところが、そこで、はま寿司がヒットした。
「ね、なんか、はま寿司が近くにあるんだけど」
「ニセモンじゃね?」
息子は信じなかった。深圳にスシロウがあるのは有名な話だが、はま寿司はなかったろ。ばちもんの多い中国だ。これも偽物だろう。ニセ浜だ。
……
「しかしだな、こんなピンポイントのバチもんあるか?」
日本では、はま寿司は有名だが、中国人は別にはま寿司知らんだろ。真似しようがねだろ。そこで、はま寿司・深圳、で検索した。
「あ、はま寿司、進出してる」
「うそ?」
本物でした。深圳にスシロウだけでなく、ハマ寿司が2店舗できていた。しかも、主人の新事務所のすぐ脇のモールに入ってた。運命感じたよね。今晩は深圳ではま寿司デビューだぜ、いえーい!
ところがである。
「え?スシ?そんなん明日食べればいいじゃん」
主人に却下され、なぜか大晦日まで中華食う羽目になった。
チーン……
ほんっとにゆうこときかない人なんですよ。どうでもいいことは譲るくせに変なところで頑固なんだよっ!普段なら別にいいかと思うんだけど、大晦日に中華は食いたくねー、食いたくねーぞー!
しかし、かわいそうな私は大晦日に、主人がどうしても私と息子に食べさせたいという鶏鍋に連れてかれた。(主人の事務所近くの御用達である)本日の扉写真の醤油に唐辛子と土生姜の刻んだものが入り、カボスみたいなのが突っ込まれているのは、その日の鍋の酱料(つけだれ)である。
ちなみに、不味くはなかった。美味しかったっす。でもね、大晦日には食いたくなかったよ。
そして、次の日である。元旦だ、元旦。はま寿司はもういい。やはりスシロウ行って、ガンガン食おうと息子と二人で盛り上がっていた。おばあちゃんと旦那を置いていくつもりでした。彼らは元旦には興味のない人たちなので。
しかしである。
「ごめん、今日は奥さんを日本料理に連れてかないと」
隣の部屋で友達からの誘いを断る電話の声。主人である。
あら?一緒にいく気だったのか。
それで、息子とヒソヒソと相談し、予定変更。おばあちゃんまで一緒に四人で出かけた。しかしだな、ちょっと困ったのよね。なぜなら、うちのばあちゃんは生物食べません。
それで、席に座るとせっせとおばあちゃんが食べられるものを探してはオーダーする。中国人は、冷たいものも生物も食べない人が多い。うちのばあちゃんは食わない。だから、寿司屋来ても喜んで食べられるものなんてはっきりいってないねん。しかしだな、中国のスシロウは日本のスシロウがどうなのかわからんが、生物食えないくせにスシろうにくる人のためにあったかいものが置いてあるんです。
ばあちゃんにうどんを、主人にラーメンを……。それから、タコの唐揚げ、天ぷら……。意外と、かっぱまきは皆食べる。しかし、主人は虫の居所でも悪かったのか、スシロウをこき下ろし始めた。
「このラーメンまずい」
「じゃあ、スシ食えよっ」
主人は生物は食えるのだが、しかし、この人最近、お得感のある日本食を嫌がるのであるっ!旦那の中で日本食は高級な類なので、チープジャパニーズフードが嫌いなのだ。居酒屋とか、居酒屋っぽいノリの安めの焼肉屋とか、そして、回る寿司は嫌いなのだ!
お前が昨日無理矢理連れてった鶏鍋屋は、屋台風で外テーブルだったじゃねえか。大晦日にチープグルメに連れて行ったくせに、スシロウはダメなのかよっ!
主人、苦虫を噛み潰したような顔で、スシロウで寿司を咀嚼する……
「これは?」
「いらない」
「これは?」
「もうお腹いっぱい」
おばあちゃんが食べられるものを探すのみでなく、旦那が喜んで食べそうなものを頼んでみては、苦虫噛み潰したような顔で首を横に振られる。
その時、漏れなく私はこう思った。
そんなに食いたくねえなら、ついてくんなーーーーーー!
字面だけ見てたら、三歳児と食を勧める母親の会話じゃねえか。日本式の元旦に日本式に合わせると決めてついてきたなら、もう少しニコニコしろおおおお!
ちなみにおばあちゃんは口に合わないものに連れてこられてしまっているが、それでもせっせと取ってあげれば食べられるものは食べ、そこまで不愉快な顔はしていなかったのである。
息子と私の二人できたなら、二人とも あれ食べたい、これ食べたい、きゃっきゃと楽しいのである。せっかく食べたいものを食べにきているのに、モアイ像のようなどしりとした不機嫌そうな顔した人がいたら、美味しいものも不味くなるがな。
私は昨日は大晦日なのに中華の鍋に連れて行かれて、しかし、気を取り直して美味しい美味しいと喜んで食ったじゃねえか。(つうか、美味しかったのはほんとだ。ただ、大晦日まで中華食いたくなかった)
それなのに、お前は、どうして人に合わせないんだぁ!おばあちゃんの方がまだマシダァ!
こういう時、男って、多分、中国人も日本人もあまり変わらないんじゃないかと思うんですが、家の外ではちゃんと大人なのに、家庭では子供のようです。自分が気に入らないとなったら、わがままな三歳児のような不機嫌な顔で居続けるのだから。
よくわかんないけど、主人はお正月だしもう少しきちんとしたお店で食事したかったのかもしれない。よくわからない。ただ、スシロウは彼の中で違ったのだろう。居酒屋っぽいわさわさした店も嫌い。ただね、それが中華なら気にしないんですよ。わさわさした店、中華なら行きまくってますから。
自分は、食いしん坊な親に育てられた食いしん坊な人間ですが、中国に来て何が辛かったって、そりゃもう、食べ物です。今でこそすしろうなんかあるけど、昔はなかったからね。自分で日本食作ろうと思っても、食材がなかなか手に入らない。こっち来てからそりゃもう食では苦労してきました。
散々海外暮らしで辛い思いをしてきたから、それこそ、好きなものが食べられなくて苦虫を噛み潰したような顔を来る日も来る日もしてたのは、私ですよ。だから、老後はあなたが我慢してくださいという約束で、日本で暮らすと約束してる。日本で暮らすという主人に何度も聞いた。
「好きなものが食べられないよ、大丈夫?」
「そんなん全然平気」
昔っからそう言って憚らない主人ですが、絶対、うそ。自分が生まれた時から慣れ親しんできた味のものを食べられなくなる苦労というか、地獄を、これっぽっちも知らないんですよ。
つまりは、この人は私の苦労をこれっぽっちも知らないんです。
だから、たった一食、短い時間、相手の好きな味に合わせて、楽しそうに食事をする、食事をするふりをすることさえ、できないんです。
その時、私が、すしろうの座席に座りながら何を思ったか。
お前が、日本で暮らすようになったら、たっぷり復讐してやる、ふふふふふ。
と思いました。白髪の増えた自分が主人にいう場面が目に浮かぶ。
「あら、平気じゃなかったんですか?」
過去の言葉尻を捕まえて、毎日、嫌味をたっぷり言うでしょう。そうしたら、主人が一体何をするか?もちろん、
「全然平気だ!」
絶対に弱音を吐かないだろう。延々と私が中国で、食べたいものが食べられないと泣き言を言ってきたのを横で放置してきた彼は、それみたことかと私が復讐を開始しても、絶対に、絶対に中華が食べられないのが辛いとは認めない。(ちなみに日本にある中華はその大抵がちょっと違う中華だ)
そ、う、い、う、人なんですよっ!
私が見てきた経験上、歳を取ればとるほど、男性って奥さんの前で意固地になる族がいると思う。わりと少なくないこの族。
うちの主人はその王道をゆく。ごりごりの意固地になる族、だ。
そして、未来が私には見えるのだが、主人は必ず、日本で自分が慣れ親しんだ中華の味を復活させるために厨房で悪戦苦闘するだろう。そして、せっかく日本に帰って日本料理を食べ放題の私に向かって、彼の作った努力の賜物である、中華料理を口に突っ込もうとするのである。
「ほら!美味しいだろ!」
うんざりして、熟年離婚しちゃわないかしら、私。
ま、ただね、中華料理がまずいわけでも、日本料理がまずいわけでもなくて、お互いの料理が美味しいと認め合えればうまくいくんですよ。こんな簡単そうなことが意外と難しいものです。
汪海妹
2025.01.14
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