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短編小説:僕たちの田舎_2022.03.06

この短編は かみさまの手かみさまの味②  の番外編です。

 リビングと一体になった広いキッチンの調理台に女の人と小さな女の子が並んでいる。

「ほら、百江もえ、食べてみ」
「あーん」

 ボールの中から泡立てたばかりの生クリームを指で掬って娘の口に入れる。

「おいしい」
「この前のと味の違いわかる?」
「え?」
「どっちが好み?」
「どっちも好きー」
「子供の好みって大人とちょっと違うじゃない」
「どっちも好きー」

 少し離れたところに座っている男の子。女の子のお兄ちゃんのようだが、2人の方を向いてソファーに後ろ向きに膝を立てて座ると、声を上げる。

「百江がそんなの覚えてるわけないじゃん」
「え?」
「本当に味比べさせたいなら、同時に二つ食べさせないと」
「そんなことないもん。覚えてるもん」
「嘘つけ」
「ああ、わかった、わかった。落ち着け」

 仲裁に入る暎万ちゃん。そばに置いてあったスポンジケーキを取り寄せる。ケーキはすでに縦半分のところでナイフがきちんと入っている。その上半分を外して脇に置いた。

「さ、じゃあ、ここにこれ使って生クリーム塗りな」
「お母さん、やって」
「え、やんないの?」
「お母さんの方が綺麗にできるから」
「そうか」

 生クリームを掬うと、載せる。

「お姫様はもっとたっぷり載せたい?」
「えー」

 ニコニコしている百江ちゃん。また、お兄ちゃんの晴生はるお君が口を出す。

「思いっきり生クリーム使うのやめて。重すぎて食べられなくなるから」
「いや、今日の生クリームは軽めだよ」
「でも、やめて」

 ちえっとした顔で暎万ちゃんが百江ちゃんを見る。百江ちゃんはなんということはない顔をしてお母さんを見る。

「じゃ、百江、好きな果物、好きなように載せな」
「わーい」

 ダイニングチェアを持ってきて娘を上に載せる。調理台を見下ろす高さになった百江ちゃん。タッパの中にあるすでにカットされたキウイやイチゴや色とりどりの果物を楽しそうに生クリームを塗られたケーキの上に載せていく。

「あー、またこんな切って、お母さん、無駄」

 ソファーからキッチンへ来た晴生君。文句を言いながら手を伸ばす。

「あんた、手、綺麗なの?」
「綺麗」

 いや、嘘だ。外遊びしたレベルの汚さではないが、洗ったばっかりではないでしょう。

「お兄ちゃん、イチゴばっか食べるのやめて!」

 百江ちゃんが悲鳴に近い声をあげる。

「百江、心配するな。いちごはたっぷり買ってある」
「ほんと?」
「いざとなれば、お店に行けばある」
「お母さん、それ、公私混同」

 長男の顔を見る。暎万ちゃん。

「あんた、いつ、そんな難しい言葉覚えた?」

 まだ小学校中学年なのである。晴生君。

「別に、テレビ見てたら出てくるし」
「お兄ちゃん、いちご、やめて」

 やめろと言われたら、わざとやる。小学生男子あるあるである。

「ただいまぁ」
「あ」

 百江ちゃんの顔がぱっと輝く。ぴょんとダイニングチェアから飛び降りるとスタタタタッと玄関にすっ飛んでいった。

「おとうさーん」

 ひろ君が玄関に座って靴を脱いでいる。その背中に抱きついた。

「おかえりー」
「ただいま。百江ちゃん誕生日おめでとう」
「へへへへー」

 靴を脱ぎ終わると背中にピッタリとくっついたままだった百江ちゃんを抱き上げる。

「重くなったなぁ」
「もう抱っこできない?」
「まさか。まだ全然大丈夫だよ」

 リビングに入っていく。百江ちゃんが調理台の上の作りかけのケーキを指差す。

「ほら、ケーキ作ってたの」
「上手だね」
「お父さん、やってやって」
「はいはい」
「百江、お父さん、疲れてんだぞ」

 晴生君が妹に言う。

「大丈夫、大丈夫」

 調理台の近くで娘をすとんと下ろす。お父さんの手を引っ張ってく百江ちゃん。

「百江、ほら、もっかい手を洗いな」

 暎万ちゃんが言う。

「綺麗だよ」
「見えない細菌がケーキにくっついちゃうよ」
「えー」
「ほら、お父さんと一緒に洗おう」

 キッチンのシンクで2人で手を洗う。

 それから、フルーツを載せ終わったケーキに上半分で蓋をして、生クリームでデコレーションしていく。

「はやーい。きれー」

 あっという間に天辺が真っ白に、次の瞬間、台に載ったスポンジがくるっと回って側面が真っ白になる。

「これ、ちょっと柔らかいな」
「泡立て足りなかった?」

 電動の泡立て器を暎万ちゃんが持ってくる。受け取ってもう少し生クリームを泡立てて、ちょっと掬って味をみた。

「また、なんか新しいとこから買ったの?」

 驚いて奥さんの顔を見る。

「うん」
「飽きないな。ほんとうに」
「あくことなき探究心ってやつだよ」
「はいはい」

 搾り袋に入れる前に口金を選ぶ。

「どんなふうにしたいの?」
「くるくるって」

 百江ちゃんの希望を聞く。しかし、具体的なオーダーはありませんでした。搾り袋に生クリームを入れて、そして、ケーキの上のふちに波が真ん中に向かってうねるようにクリームを絞り出していく。お父さんの手元から瞬く間に絞り出されていく。魔法のようだと子供2人が近くでじっと見ています。

「ほら、天辺に果物載せな」
「お父さんがやって」
「自分でやらないの?」
「お父さんがやってるの、見るのが好きなの」

 そう言われて、タッパの中にある果物を見る。

「あ、天辺に載せるのはこっち」

 シンクの方から別のボールを持ってくる暎万ちゃん。ボールを覗くひろ君。

「このいちご……」
「いちご好きな百江のために」
「スーパーとかで売ってるものじゃないな」
「取り寄せました」
「……」
「いちご好きな百江のために」
「また、普通の人ならまだ知らないような農園のいちごなんだろ」
「職業柄詳しくて」

 ひろ君、一口食べてみた。

「へぇ……」
「どおどお?」
「いくら?」
「んーと」

 高いのだなと言われなくてもわかる。答えを待つのをやめて、いちごをカットし始めたひろ君。

「なんで、全部同じ形に切らないの?」

 質問をする百江ちゃん。

「同じ形に切ってもいいけど、それだとちょっと面白くないかなぁ」

 そして、適当に切っていたように思えたものがケーキに載ると一定のバランスを取り合って美しい均衡を作り出す。
 最後に二つのいちごを横にまっすぐに切った。ケーキの真ん中にまだ残ってた白い空間にぽんぽんと下を置いて、絞り袋をもう一度持った。

「何するの?」
「見ててごらん」

 いちごの上に二つ生クリームを搾り、その上にいちごの上を載せる。

「チョコレート、ない?」
「はいはい」

 この家にチョコレートがない日はないのである。暎万さんがいる限り。

「ちっちゃく切って」
「ちっちゃいってどのぐらい?」
「このくらい」

 指で大きさを示すご主人。

「かけらだな」
「かけらだね」

 小型のナイフでチョコを削り、いくつかのカケラを小皿に入れてひろ君に渡す。ひろ君はそれをいちごといちごの間の生クリームにくっつけました。チョコが目になった。いちごの服といちごの帽子を被った人みたい。

「いちごマンだ」

 晴生君がいう。

「晴生と百江な」

 子供たち喜んだ。

「お父さんとお母さんがいないよ」

 お父さんの片っぽの腕にぶら下がる百江ちゃん

「ね、お父さんとお母さんも作って」
「はいはい」

 いちごマンが4人ケーキの真ん中に立っている。

「こいつら、口がない」
「じゃあ、これで作ろー」

 お兄ちゃんと妹が、チョコでせっせと顔を作る。その様子をひろ君と暎万ちゃんが見ています。

 調理台の上のものを眺めながら、ふとひろ君が言う。

「この余ったフルーツ、どうすんの?こんなたくさんカットして」
「食べる」
「いや、食べるはもちろん食べるんだけど、いつ食べるの?」
「今晩?」
「……」
「楽勝でしょ」
「夕食食べて、あの誕生日のケーキ食べて、それからこの大量のカットフルーツ食べるのか?」
「ほら、ここに余った生クリームもあるし」
「……」
「楽勝でしょ」
「明日の朝まで取っといて、明日食べなさい」
「えー」

 奥様吠える。

「生クリームの味が落ちる」
「無理して夜食べることない」
「いや、だから、楽勝だって」
「胃袋を育てるな」

***

 夕飯を食べて、ケーキを食べている時に百江ちゃんが言います。

「お父さん、すごいねぇ」
「どうして?」
「こんなケーキ、簡単に作って」
「仕事だからね」
「すごいすごい」

 ちっちゃな手でパチパチしてくれました。

「俺は、パン屋にはならないよ」

 ケーキを食べながら、晴生君が宣言する。

「はいはい」

 両親ともに聞き流す。すでに何度も言われたこの言葉。

「俺は、伯父さんみたいに弁護士なるから」
「すっごい勉強しないとなれないよ」
「がんばる」
「おう、頑張れ」

 名前が故意ではなかったのですがちょっと似ました。晴生と春樹。
 そして、不思議なことに顔もちょっと似ているのです。伯父さんと。

「お父さん、百江がパン屋さんなるから心配しないで」
「ありがとう」
「百江、パティシエになるの?」
「いいや」
「……」

 こんなちっちゃい子に言ってもまだわからないかと途中で話をやめようと思う親。

「百江は、食の奴隷にはならない」
「はい?」

 食後のコーヒー片手に呆然とする2人。両親の様子に気づかず黙々とケーキを食べる百江ちゃん。お兄ちゃんが声をかけます。

「パティシエにならずにどうやってパン屋になるんだよ」
「パティシエと結婚する」

 つまりは、あれです。お母さんと一緒で食の奴隷を確保すると言っているのです。

「大丈夫、腕のいい人見つけるから」

 キラリと目が光ったように見えたのは気のせいだろうか。ひろ君が暎万ちゃんに言う。

「お前が、変なこと吹き込むから」
「いや、言ってない。言ってない」

 娘の今後を案じる、と、いうよりは将来この娘の餌食となるかもしれない男性の身を案じる父親のひろ君。

「ね、そういえばさ、うちの田舎ってどこ?」

 話題を替える長男。

「田舎?」
「もうそろそろ夏休みでしょ?クラスの子たちが田舎に行くって言っててさ」
「ああ、それは、あれか。おじいちゃんとおばあちゃんの家?」
「そうかも」
「東京」

 どちらの両親もここら辺に住んでいる。

「え〜」

 不満そうな晴生君。

「だめ?東京」
「田舎じゃないじゃん」
「あれか、山があって、或いは、海があって、みたいのがいいのか」
「東京しか知らない。いっつも東京にいる」
「そんなことないよー」

 暎万ちゃんが横から口を出す。

「なに?」
「ほら、わたしたちにだって故郷があるでしょ?」
「どこ?」
「フランス」
「はぁ?」

 お母さんを呆れた顔で見る長男。

「パリとコルマール」
「そんなん、俺たち日本人じゃん」
「でも、よく行くでしょ?だからわたしたちの田舎はフランスなの」
「えー」

 お世話になった人たちのところへ、今も家族で会いに行ってるんです。

「かっこいいねー。田舎はフランス」

 百江ちゃんがいう。

「そだねー。かっこいいねー」

 母娘で気が合う。

「俺たち、フランス人じゃないじゃん」

 あくまでそういったことにこだわる長男。

「お兄ちゃん」
「なんだ」

 不意にちょっと真面目な顔になった百江ちゃん。

「わたし達もいずれフランス人になるんだよ」
「なんで?」
「百江はフランス人の有名パティシエと結婚するんだから」
「は?」

 一堂、固まる。特に親。

「百江、そんなこと、どうして言うのかな?」

 笑顔が引き攣ってます。ひろ君。

「だって、ルイが言ってたよ。百江のお婿さんはルイが選ぶって」

 チーン

「お前、国際結婚って大変なんだぞ」
「百江なら大丈夫」

 つっこむお兄ちゃんに余裕綽々で答える妹。

「なんでそんな自信満々なんだよ」
「じゃあ、百江、フランス語勉強しないと」
「ちょっとできるよ」
「もっとできないと」
「うん、頑張る」
「お母さんまで、やめなよ」
「なんで?」

 親子3人がわいわい話してるのを聞きながら、頭痛がしてきたご主人。

 暎万で……果たせなかった夢を、娘の百江で果たすのか?じいさん。
 どうしても、フランス人と結婚させたいのだろうか……。

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