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深圳湾口岸で自動通関登録をする

中国⇄香港のイミグレ(江戸時代で言うなら関所)は、中国を出て香港に入り、逆は香港を出て中国に入る。この時、自動通関というものがある。顔認証と指紋認証とパスポートでぴっと通れる、あれだ。

外国人旅行客はこれが使えません。有人窓口で英語で質問されて答えなければならぬ。しかし、外国人でも中国で居留許可を持っている人は登録をすればこの自動通関を使用できるのである。

ちなみにビザと居留許可は似ているが同じものではない。ビザとは中国の国外で取得して中国に入るために取るものである。居留許可とはビザで中国に入った後に中国国内でビザで滞在しながら申請を出して取るものである。

2019年年度末から2020年になり春節前後でコロナが始まった。それ以後、自分は実に2020年、2021年、2022年の3年間、中国を出られませんでした。後半は深圳すらほとんど出ていない。2023年の1月に久々に日本に帰国してから8月、24年2月、10月、合計4回、それにタイを入れれば5回、中国を出ています。

しかし、香港には全くいっていない。詳しく言えば香港空港には行っている。しかし、イミグレを越えて香港にはこの4年間全く行っていない。中国に来たばかりの頃には月に1〜2回は香港に出ていた私だが、4年間行っていない。

コロナが始まる前には雨傘運動があり、それから長いコロナがあり、すっかり足が遠のいてしまった。

しかしである。香港で仕事である。詳しく言えば呼ばれているのは上司なのだが、鞄持ちでついてこいと先方に言われてしまい、4年のブランクをとうとう破る日が来た。

「あなた、自動通関、通れるわよね?」
「はい?」

深圳を出る時、自動通関を通るのは、中国で働くベテラン日本人なら基本だ。しかし、自分は香港と深圳をまたにかけてビジネスするような人でもない。上司が香港と深圳を行き来する間、ワタクシは深圳でお留守番だ。しかし、呼び出されました。自動通関が通れないとイミグレこんでたらアポに遅れちゃう。

それで、週末に 深圳湾口岸 に自動通関の登録へと出かける。空港へはいつもフェリーに乗って行っているから、実に4年ぶりのイミグレだった。

どうしよう?イミグレに行っても、どこで手続きするのかわからなかったら?

中国在住うん十年で、何を怖がっているんだ?こいつという話だが、めちゃめちゃ怖くて仕方なくなった。自分は仕事をしている時はスイッチが入っているが、週末は基本的にインドアで軟体動物のようにダメになっている人なのです。ジキル博士とハイド氏ぐらい違うと言ってもいい。最も邪悪さの点ではなくて、しっかりしているかどうかだが。

そこで、ガクブルしながら、タクシーの中でスマホ検索した。
深圳、自動通関。すると、自動通関をどうやって手続きするかの案内が日本語で出てきた。ほっとした。写真が出ている。

『ここで先に行っちゃダメだよ』
『あ、そうなんだ❤︎』
(↑ホームページ読みながら妄想の中でHPと会話をしている)
『イミグレを越えずにちょっとわかりにくいけど2階の奥のこの看板を目指そうね』
『うん、わかった❤︎』

妄想の中で会話をしながら、やっと人心地ついてきた。よし、やれる。俺はやれる。拳を握りしめながら、その青い看板と2階のフロアの写真を眺める。看板に書かれているのは、『快捷通道信息采集』という中国語。

よし、写真もあるし、何を目指していけばいいかわかったし、大丈夫だぞ。
それからもう一度 深圳案内のHPをよく見る。

羅湖口岸
チーン

ノオオオオオオオオオ!
こ、こ、これから行くのは 深圳湾口岸 やねーん!
(つまり、写真通りに行くことはできない)

どうしよう。辿り着ける気がしない。
イミグレはそれなりにややこしいところである。江戸時代であればあれは関所であり、意味不明な行為をしていると、制服の怖いおっちゃんに別室に連れて行かれる場所である。江戸時代であれば、入り鉄炮、出女と言って、見張られたところである。私は 出女である〜〜!

一つにこれはコロナの後遺症である。我々はあの時期、部屋に閉じ込められたり、マンションの敷地内に閉じ込められたりした。出られる気がしない恐怖がどこかに残っている。もう一つにこれはスパイ法なんちゃらの拒絶反応である。なんか変なことをしたら闇に葬り去られる。アディオース!

しかし、タクシーは着いてしまった。わらわらと野郎どもが吸い込まれるように口岸へと歩いてゆく。その流れに乗って、まるでベルトコンベアに載せられた製品か何かのように前に進む。そして、自分は何を思ったか、出境 ではなく 入境 へと足を向ける。

よもや?

という足つきでふらふらと(まだ朝だったんだけど千鳥足的な?)入境 へと歩く。だって、普通は中国から香港の方へ歩いていたら出境へゆくではないか。しかし、そんな単純ではいけないのだ。『快捷通道信息采集』は秘境にあるのである。これはアドベンチャーである。みんなが行かない方へゆこう。

そして、朝早いのでまだちらほらとしか人の出てこない入境へと近づく自分。流れに逆らい、無味乾燥な白が基調の建物を眺め回す。

「……」

ねがった(なかった)。ねがった(なかった)よ。思わず故郷の訛りが出たぜ。
ちなみに4年ぶりのイミグレだが、流れを逆走して歩くのも、ここに立ち止まるなと書かれているエリアで立ち止まるのも勇気がいったぜ。意味不明な行動をとっていると怖いおっちゃんたちに別室に連れて行かれるところだからな。

やっぱり『快捷通道信息采集』なんてないんじゃないかしら……
夢幻なんじゃないかしら?

軟体動物として非常にほにゃららな思考状態のままで、ほにゃららと 出境 へと流されていく。このまま『快捷通道信息采集』は見つからず、自分はいつの間にか香港にたどり着いているに違いない。それでは溜まった洗濯物をほっといて、行き着くことまで行ってしまおうか。(本当はさっさと用事を済ませて家に帰って洗濯したいんだけど)

そして、深圳を出て香港へウキウキとゆこうとしている野郎どもの間をベルトコンベアに載せられたクラゲのように揺蕩っていると、

「あ、あった」

あった。深圳を出る前のとこにちゃんとあった。『快捷通道信息采集』青い看板がペカっとあった。しかし、そっちの方に歩いてゆく人はいない。あそこを歩いて行ったら途中で怖い人がわらわら出てきて別室に連れて行かれるかも。心臓はまたどきどきいったが、勇気を出してまっすぐ進む。

誰も出てこなかった。制服姿のおばちゃんが一人いる。

「すみませーん」
「なに?」
「快捷通道の登録したいんですけど」
「こっち」

パスポートを出す。カメラで写真とって、親指の両手の指紋をとった。

「ちょっとこれで濡らしなさい」
「はい」

手が乾燥しすぎてて採取できなかったらしい。やり直し。

「明日から使えるよ」
「ほい」

パスポートポイっと返された。
手続きはあっちゅう間に終わった。場所はすぐに見つかり、中国語が伝わらないこともなく、すぐに終わった。

なんだったんだ!あの、怒涛のパニックは!帰りのタクシー乗り場で、タクシーに辿り着き座席に座る。

「海岸城」
「ほいな」

買い物するために最寄りのショッピングモールを指定する。タクシーで口岸をさりながらぼんやりと物思いに耽る。

若い頃に、中国語も満足に話せないのに、右も左も分からないまま未知の世界に飛び込んだ自分は若かったなー。

香港には誇張ではなくて100回は行ってる。それなのにコロナの4年が何か見えない無気力な透明な網の中に私を捕まえちゃったみたい。体の調子とこういう心の元気というのは繋がっている気がする。活動的になれないご高齢の人の気持ちが垣間見える気がするわ。そして、いつか自分が海外へと出なくなる日というのを思い浮かべました。自分が毎日暮らしている範囲以外へと出たいと思えなくなる日。新しいことをする元気や気力が全くなくなる日。

普段着るような色やデザインのものばかり繰り返し買うようになり、あまり人前に出ないようになる。同じことを繰り返すのが楽で、新しいことはしたくない。そして、いつか自分はパスポートを更新しなくなり、どこにも旅立たなくなるのだろうか?

その時、自分の閉じた瞼の裏に何か見えた気がした。それは、自分が長く暮らした香港や深圳をもう一度訪れたいとベッドの上で思う未来の自分だったかもしれない。

人生というのは本当に不思議なものです。どうして私はこんな遠いところまできたのだろう?沖縄よりも南の街に。

家に帰ってソファに座りながら洗濯物を畳む。すぐ傍で主人がiPadで何かを見ている。息子の頭ではなくて、主人の頭を何度も丁寧に撫でました。

「長生きしろ、長生きしろ」
「なに?」

神様、いつかはどこかで、おそらくそれは日本になるだろうと思いますが、私は閉じ込められるでしょう。でも、できれば、できるだけ長くパスポートを持って旅をしたい。仕事から解放されて自由になったらいろんなところへ行きたい、なんて誰もが見る夢ですが、

だけど、歳を取っても元気でいられるのか、自信がなくなった。いつかベッドの上で、若い頃に歩いた香港や深圳の道をもう一度歩きたいと私は泣くでしょう。

ただ、うちの主人は私よりも元気で明るい人ですから、
神様、自信のない私の横にこの人をできるだけ長く置いといてください。
それなら一人でいるよりももう少し長く元気でいられる気がする。

一人で生きていける自信が、今日、ますますなくなりました。だから、そばにいてくれる人が長く元気に生きてくれますように。おそらく世界中の誰もが見るであろうような平凡な夢を、私も今日見る。

2024.12.16
汪海妹




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