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短編小説:夢がないなぁ 解_2021.02.25


春樹

 その日は、生まれて初めて女の人に指輪を買った日だった。一応念のため言っておくと、エンゲージリングではない。
 謙遜していつかもっといいものを買うからと言ったけど、一般的な基準から言ったら、安物だったわけじゃない。そんな大切な人に安物買うわけないじゃないですか。

 一般的基準から言ったら……。

 彼女の前のひとが、一般的な人ではなかったので、残念ながら。すげえ、高そうなものつけてたの見たことあるし。今じゃないですよ。付き合う前の話。
 あれと比べたら、間違いなく安もんだ。残念ながら……。

 こんなぐじぐじ言ってる自分が、我ながらいやんなるけどさ。でもね、口に出さないだけで、世の中の大抵の男は、一皮剥けば、こんくらい卑屈なもんだって。そういうことにしといてくれ。

「上条センセー!」

 彼女と手繋いで歩いてたら、後ろから黄色い声で呼びかけられた。なんだ?と思って振り向く。

 振り向くと派手な格好した若い女の人が2人。
 1人は黒髪でストレートロング、もう1人は茶髪でゆるくウェーブがかかっている。膝上の短いスカートはいて、これまた揃えたのか何センチだろう?結構高いピンヒール履いてる。

「あ、ももはなだ」
「上条センセ〜!奇遇ですね〜!」

 なんか、店で会う時と違うな。こいつら。

「誰?」

 静香さんに聞かれた。

「ああ、飲み屋のねえちゃん」
「行きつけの?」
「いや、行きつけってわけじゃ……」

 クライアントに連れて行かれて、数回行っただけの店。

「上条センセは今日はお仕事ですか?」
「え、どこが?」

 スーツ着てないし。

「あら?お仕事じゃないんですか?お客様連れてらっしゃるから」
「へ?」

 横を見る。静香さんが無表情に2人を見ている。

「いや、お客さんとかじゃなくて、彼女だから」
「え〜、そうなんですか?素敵な大人の女性だから、てっきりお客様なのかと……。それより、センセ」

 不意に2人が同時ににじり寄ってくる。
 ちかっ!

「なんで、最近来てくれないんですかぁ?」
「は?俺、常連とかじゃないじゃん」
「でも、この前帰る前に今度は1人で来るって言ってたじゃないですかぁ」
「は?んなこと言ってないし」
「酔っ払って忘れちゃったんですかぁ?」

 そんな酔ってたっけ?
 斜め上見上げてしばし考えてから、視線を戻す。
 すぐ近くに俺を上目遣いで見上げるももはなが。

「つうか、近いから」
「「え〜!」」

 それでも動こうとしないのでこっちから一歩後ずさる。

「それで、いつ来てくれるんですかぁ?」
「ああ、はいはい。そのうちね」
「約束ですよ〜」

 ももが俺の腕のあたりを軽くやんわり掴む。

「はいはい」

 めんどくさくなってきた。

「それじゃあ、ど〜も〜。すみません。彼女さん。お邪魔しちゃってぇ。センセ、ばいば〜い」

 そこまでいうと、ももは俺の腕離して、バイバイと手を振る。

「じゃあね。センセ。約束したからね」

 今度ははながきゅっと俺の手握って、俺の目見上げながらそういうと、パッと手を離すとバイバイしながら消えてゆく。

 なんか、へん。すごく、へん。
 こういうキャラじゃなかったはず。この人達。
 気のせいか芝居がかってたような……

「あの人達、なに?」
「ん?」

 無表情だった静香さんの眉間に皺が寄っている。
 さっきまで、すっごい機嫌よかったのに。

「だから、飲み屋のねえちゃん」
「なんで……」
「ん?」
「触んの?ベタベタと」
「……」

 静香さんの眉間に皺が寄っている。

「いや、だから、あんなん、水商売の人みんなだって」
「ふうん」
「ちょこちょこって触られると金目当てだって分かってても男はその気になっちゃうんだよ」
「春樹君もその気になっちゃうんだ」

 まじまじと静香さんの顔を見る。無表情。でも、よく見ると……、怒ってるじゃん。
 え……

「そんなわけないじゃん」
「ふうん」

 てくてくと歩き出した。
 いや、初めて見た。こういうことで怒ってる静香さん。これ、嫉妬してるってこと?

「あの人達、何歳?」
「へ?」
「何歳?」
「いや、知らない」
「今度聞いてみなよ」
「なんで?」

 別にももはなが何歳かなんて興味ないんだけど。

「化粧で誤魔化してるだけで、結構いってんじゃない?」
「……」

 リアクションに困りました。

「いや、別にでも店とか行く予定ないし」

 冷たーい目でこっち見られた。

「だってさっき行くって言ってたじゃん」
「いや、あんなのしゃこじだし。適当に行くとか言わなきゃ離してくれなさそうだったし」
「ふうーん」

静香

 その日は、春樹君に指輪を買ってもらった日でした。一応断っておくと、エンゲージリングではありません。

 それを追い風にしてと言うのでしょうか。勇気を出して同居の件を言い出してみた。
 
 断られたら、どうしよう?断られたら、どうしよう?断られたら、どうしよう?……

 その言葉ばかり頭の中をぐるぐる回って、吐き気がするような気さえしながら。お母さんも心配してるし。のんびりしてるような歳でもないし。

でも、彼は断らなかった。安心して、ホッとして歩いてた時、後ろから春樹君を呼ぶ女の声がした。

「上条センセー!」

 先生……。春樹君が、先生……。
 え、だってまだ先生なんて呼ばれるような弁護士じゃないって言ってなかったっけ?

 振り向くと、見るからに水商売やってますみたいな女の子?
(じっと見る)
訂正、女の人が2人いました。

 1人は黒髪でストレートロング、もう1人は茶髪でゆるくウェーブがかかっている。背丈も体つきも似ている。顔立ちもどちらかといえば似ていて、パッと見ると姉妹か双子みたいに見える人達だった。そして、スカートが短い……。

「あ、ももはなだ」
「上条センセ〜!奇遇ですね〜!」

 どっから出てんだ?その声。そして、なぜ、そんなにスカートが短い。

「誰?」
「ああ、飲み屋のねえちゃん」
「行きつけの?」
「いや、行きつけってわけじゃ……」

 ほんと?行きつけじゃなくてこんな馴れ馴れしいもの?

「上条センセは今日はお仕事ですか?」
「え、どこが?」

 すると、その黄色い声をあげている輩はチラリと春樹君越しにわたしを見た。

「あら?お仕事じゃないんですか?お客様連れてらっしゃるから」

 客?

 春樹君がこっち見た。見てから2人に返す。

「いや、お客さんとかじゃなくて、彼女だから」
「え〜、そうなんですか?素敵な大人の女性だから、てっきりお客様なのかと……」

 はぁ?素敵な大人の女性って……
 こいつら、けんか売ってるわ。さっき、手繋いで歩いてるの見てただろうに。それ見て、お客様ってなに?
 つうか、お前ら、そんな歳でよくそんな短いスカート履けるな。男の目誤魔化せても女の目は誤魔化せないから。そんなスカート履くのを許されるような年齢ではないだろ?お前ら。

「それより、センセ」

 そして、2人がセットで春樹君ににじり寄った。

「なんで、最近来てくれないんですかぁ?」
「は?俺、常連とかじゃないじゃん」
「でも、この前帰る前に今度は1人で来るって言ってたじゃないですかぁ」
「は?んなこと言ってないし」
「酔っ払って忘れちゃったんですかぁ?」

 どうして、常に、お前らは語尾を伸ばさなければ話せないんだ。なんかの病気か?

「つうか、近いから」
「「え〜!」」

 春樹君が2人から一歩後ずさる。

「それで、いつ来てくれるんですかぁ?」
「ああ、はいはい。そのうちね」
「約束ですよ〜」

 そして、その後、片割れの女が春樹君の腕、掴んだ。
 ……
 普通、やります?いくら飲み屋のねえちゃんでも、その人の彼女の前で。

「はいはい」

 春樹君も、春樹君で、全然気にしてないし……
 普通、気を遣える男の人なら、もうちょっとなんとかするんじゃなかろうか。さりげなく掴まれた腕、外すとかさ。
 いや、まだ掴んでる、あの女。

「それじゃあ、ど〜も〜。すみません。彼女さん。お邪魔しちゃってぇ。センセ、ばいば〜い」

 やっと離したし。ところが……

「じゃあね。センセ。約束したからね」

 もう片割れが、今度は、手、握った……。なんじゃ、そりゃ。
 ていうか、ベタベタ触る方も触る方だけどさ……。
 そして、やっと奴らは消えた。

「あの人達、なに?」
「ん?」

 こっち見た春樹君、フツーの顔してた。フツーの。

「だから、飲み屋のねえちゃん」

 気を使える男の人だったら、ここではもうちょっと困った顔をしているのではないか。この人、気づいてすらないではないですか。わたしがむっとしていることに。

「なんで……」
「ん?」
「触んの?ベタベタと」
「……」

 なんか、今まで春樹君の話聞いてたら、わたし以外の女にはすっごく冷たいみたいに言っといて。実際見てみたら、別に冷たくなんかしてないじゃん。

「いや、だから、あんなん、水商売の人みんなだって」
「ふうん」
「ちょこちょこって触られると金目当てだって分かってても男はその気になっちゃうんだよ」
「春樹君もその気になっちゃうんだ」

 春樹君がわたしの顔をもう一度見た。やっと、その顔が少し困った顔になった。

「そんなわけないじゃん」
「ふうん」

 てくてくと歩き出した。

「あの人達、何歳?」
「へ?」
「何歳?」
「いや、知らない」
「今度聞いてみなよ」
「なんで?」

 やっぱり若く見えてんだ。

「化粧で誤魔化してるだけで、結構いってんじゃない?」
「……」

 そこで、もう少し困った春樹君。

「いや、別にでも店とか行く予定ないし」
「だってさっき行くって言ってたじゃん」
「いや、あんなのしゃこじだし。適当に行くとか言わなきゃ離してくれなさそうだったし」
「ふうーん」

 自分から外そうとは思わなかったわけだ。

 黙々と歩き出す。

 やめとけ、静香。歳上の女の嫉妬なんてね。焼いても犬も食わんから。こう言う時は黙るに限る。自分で自分に言い聞かせる。

「あの、静香さん」
「はい」
「その、もしかして、怒ってる?」
「いいえ」
「でも、怒ってるよね」
「……」

 黙々と歩く。いや、普通、怒るだろ。わたしのことなんだと思ってるんだ。この人。

「百歩譲ってわたしが怒ってるとしたらどうだって言うわけ?」
「光栄です」

 ぴたりと足を止めた。

「どうしてそこで光栄になるわけ?光栄の意味知ってる?」
「でも、初めて怒ったよね。今まで絶対怒ったことなんてなかったじゃん」

 なぜかちょっと嬉しそうな春樹君。

「怒ったこと、なかったっけ?」
「なかったよ。ずっと余裕な顔してた。ずうっと」

 はて?考える。そうなの?

「でも、今まで目の当たりにしたことなかったもの」
「何を?」

 他の女の人といる春樹君

「なんでもない」
「え?なに?なに言いかけたの?今」

 もくもくと歩き出す。春樹君が慌てて追いついてきてわたしの手を取った。

「教えてくれないの?」
「別に、何も言いかけてないし」

 死んでも教えてやるものか。

作者による追記 2024.10.02

静香さん、あれは、実験です。

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