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短編小説:水羊羹

わたしの長編の作品の中に、
 僕の幸せな結末まで、わたしの幸せな結末から、みんなの幸せな結末へ
というものがあり、せいちゃんとなっちゃんが主人公の物語です。
それとは別に
 ゆきの中のあかり①②③
というものがあり、これはせいちゃんのお母さんである塔子さんが主人公の物語です。
視点を変えて書いたこれらの話の一部の場面は他の作品と重なっていて、同じ場面を視点を変えて語る構成になっています。水羊羹は全く同じ場面が ゆきの中のあかり① の中にあり、それは塔子さんの視点で描かれていますが、その場面を清一君の視点から描いたのがこの短編です。
汪海妹 追記 2024.06.10



      清一



「なんかあの終わり方がすっきりしなかった」

借りた漫画を返しに来た。でも、ぷりぷり怒っている。

「まだ話が続きそうなのに……」

人のベッドに寝っ転がって、枕に顔をうずめている。
僕がもし、人のお家に遊びに行って、部屋にあがらせてもらうことがあっても、ベッドに寝っ転がって枕に顔をうずめるまでには少なくともなつの5倍の時間はかかると思う。

「なに考えてるの?」
「いや。別に」
「あ、そうだ」

彼女はふいに起き上がった。それで、ポケットから何か出して僕の手のひらにのっけた。
かさこそという手触り。

「なんだと思う?見ないで当てて」

彼女の手のひらは温かくて、僕の手のひらと彼女の手のひらの間にはさまったそのこつんとしたものは気のせいか少し柔らかくなったような。
僕のすぐ目の前できらきらとした目で僕を見るなつの顔をしばらく眺めた。この子っていつもきらきら楽しそう。僕が冬ならこの子は夏だ。ちょうど名前も夏美だし。

「時間切れ」
「ああ、キャラメルでしょ」

答えはとうにわかってた。

「ええっ!わかってたの?」
「簡単」

彼女が手をどけたら、手の熱で溶けたキャラメルが僕らの手にべたべたとくっついてた。

「やだ!溶けちゃった」

まじで驚いてた。ははは、ばかだなこいつ。普通に考えたら溶けるってわかるだろ。べとべとしたのをティッシュで拭きとる。

そっとドアが開いた。お母さんだった。

「なに?お母さん」
「あ、ジュースかなんか欲しい?」
「僕、取りに行くよ」

立ち上がって、なつに声をかけた。

「ちょっと待っててね」
「うん」

なつは本棚から、さっき終わりが気に入らないと言ってた漫画を取り出してまた読み始める。

「こぼさないようにね」
「うん」

お盆に飲み物載せて上にあがる。なつはさっきと全く同じ姿勢で漫画を読んでた。

「ジュースとポテトチップス」
「おお」

なつはスナック菓子が好きだった。彼女は起き上がると、また、ポケットから性懲りもなくキャラメルを何個か取り出して、テーブルに置いた。

「このキャラメルはところで、何だったの?」
「せいちゃんとこでお菓子もらってばっかだから、お返しだよ」

なんともいえない気分になった。なんだろう?鶴の恩返しみたいな?スズメが助けたお礼に米粒運んできたみたいな。
100円に対して100円が返ってくるというようなそういうことではなかったんだけど、あの、僕が喜ぶと思ってきらきらさせた顔。今日、僕を喜ばせようと思って家でキャラメルポッケに入れて来たんだこの子。

おばあちゃんのことを思い出した。
死んでしまったおばあちゃん。
おばあちゃんが何かしてくれたときと、同じ気持ちになった。今。

「開けていい?」
「どうぞ」

なつはポテトチップを嬉しそうに開ける。僕はなつが持ってきたキャラメルを一つ食べた。

「ああ、そう言えば……」
「ん?」
「あの漫画はね、映画が出るんだって」
「え?」
「映画でその後のエピソードが分かるみたいだよ」
「うそ?なんだよ。せいちゃん早く言ってよ」

そして、わくわくしている。

「いつ?いつ出るの?」
「夏休みだって」
「え~!まだまだじゃん」

あと、一か月強。夏休みまで。

「楽しそうだったね。なっちゃんとどんな話してるの?」

なつが帰ってからお母さんに聞かれた。母の顔は心なしかいつもより明るく感じられた。

「別に、たいしたことじゃない」
「秘密の話?」
「秘密じゃないけど、お母さん分からないでしょ?漫画の話とか」
「そうか……」

ちょっとつまらなさそうな顔をした。

「そうだ。おばあちゃんってさ、甘い物、何が好きだったっけ?」
「あんこ」
「あんこの何?羊羹とか?」

ちょっと考えた。

「大福とか、あんこのお団子とかじゃない?」
「清一は?どっちが好き?」

母はにこにこと笑ってる。お母さんは最近、前より笑うようになった気がする。

「お団子かな……」
「そうか」

母は立ち上がると、かばんを肩にかける。

「すぐ帰るから。ちょっとお留守番しててね」

僕は母を追って玄関まで行った。母は振り向いて僕を見た。

「一緒にいく?たまには」

首を振った。母は前を向いて玄関のドアを開けようとする。

「水羊羹……」

母は振り返った。

「なに?聞こえなかった」
「ううん。なんでもない。いってらっしゃい」

どきどきした。汗をかいていた。緊張して。
やっぱり言えなかった。もうこういうのはやめようと思う。
居間まで行って、テレビの前にぺたんと座り込む。
ふと和菓子と聞いておばあちゃんと一緒に食べたことあったなと思い出した。それでなつかしくて欲しくなった。でも、お母さんにうまく言えなかった。
最近、お母さん優しくなったと思う。よく笑うようになったし。
でも、お母さんに何か言おうと思うと緊張する。
おばあちゃんに言ってたみたいに話せない。

暗い気持ちになった。そっと仏壇へ行って、にこにこ笑ったおばあちゃんの顔を見る。

『清一君……』

おばあちゃんの声が聞こえた気がした。
おばあちゃんってよっぽどのことがない限り、笑ってたな。いつも。
ぽつんと思った。

そして、ふと、ふいに、今日のなつのあのきらきらした顔が心に浮かんだ。
僕のポケットにまだもらったキャラメルがあった。
包み紙を外して、口に入れた。
甘い。
甘いものって、なんか元気になるな。

そして思う。
水羊羹がなんだ。お母さんがお団子を買ってきたら、それをおばあちゃんにあげればいい。
水羊羹かお団子か、どっちだっていいじゃないか。

僕は、大きくなってからも、和菓子を見ると祖母を思い出す。
あの時買えなかった水羊羹を、今ならいくらでも買える。

2020年記、魔法のIランド、小説家になろうに投稿済

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