サービスと先入観
息子の誕生日に行きつけの焼肉屋さんにきてみたら潰れてた。しょうがないので、その近くにあって気になっていたけど入ったことのないステーキ屋さんに入りました。我が家の男子二人(主人と息子)は肉が好きな人たちなのです。
なんだか典雅な雰囲気の中でわやわやしている家族を置いて、トイレへゆきました。トイレは店内にはなくてそのビルの共有スペースにあった。女子トイレは並んでいて、私はその列に並んだ。ちゃんとしっかり並んでなかったので、後から来た人が私が並んでいるのに気づかずに私の前に入っちゃったのです。別にいいやと思ってそのまま後ろに並んでいた。
途中でその人は私も列に並んでいたと気づいたのだろう。個室が空いたら、後ろにいる私を振り返り、
「あなたが先でしょう」
と言って、私に順番を譲ってくれたのです。
「ありがとう」
こんなことは、私が来たばかりの中国では考えられないことだった。中国人の中で暮らしていると、割り込みができないとバスに乗れず、家に帰れないことがあったし、車が止まってくれるのを待っていたら道が渡れないことがあった。
とある日にはスタバで、やっぱり並んでいる私に気づかずに私の前に割り込みをした女の人がいた。急いでいたわけじゃなく気にしなかった。ところが、一緒にいた友達が
「この人並んでいるよ」
と教えてくれて、私を前にしてくれたのである。
「ありがとう」
なんでもないことである。日本なら普通かもしれない。でも、中国では少し前までは考えられないことだった。
残念なのは、そういう中国人もいるのだということを知らない人が多いということである。中国人といえば全員が全員、マナーが悪いのだと思い込んでいる人もいる。
これは非常に残念なことであると思う。
行き当たりばったりで入ることになってしまった高級なステーキ屋に戻り、相変わらず典雅な雰囲気の中で、わきゃわきゃしている家族を眺めながら思う。
サービスというのは、ちょっと理想論を述べますが、一流のサービスというのは、先入観からは自由であってほしいなぁ。つまりはですね、確かに日本を旅行する中国人の人たちで、日本人から見てマナーの悪い人もいるかもしれない。ただ、さまざまな海外の人たちが来日する中で、欧米系の人たちに対しての見方と中国人に対しての見方では、中国人に対しての方が悪い意味で先入観がある人が多いように感じるのです。
昨年の夏に中国人の家族を連れて来日した。移動中自分は中国語を話してましたから、周りの人から見て自分は中国人に見えたと思うのです。すると驚いた。
日本人として生活している時には体験することのないような冷たい視線を方々から感じたのです。私はただ中国語で話しながら家族と移動していただけで、特に迷惑をかけていたわけじゃない。
周囲にいた日本人の人全員が冷たかったわけじゃないですが、少なくはない人の冷たい視線を感じたし、電車の中で私たちがいる位置からあからさまに嫌な顔をして移動する人もいました。
幸い、中国人というのは日本人ほどに空気を読みながら生きているわけではないので、私の家族はそういう冷たい視線や行動の意味に気づいていませんでしたが、私は普通に日本人ですから、そういうことに気がついていました。そして、ここまで中国人を嫌いな日本人がいるのかと、久々の日本で驚いていた。でももし、電車の中で賑やかに話しているのが欧米系の人だったら、ここまであからさまに嫌な顔をしたり席を移る人はいないと思うんですね。
ただね、それは根拠のない先入観だと思うんです。
国や政治がどうであるかと、個々人は違う。
個人である中国人と個人である欧米人の、やはり同じ個人である日本人に対する猛威は、その個人がよほど特別な悪人でもない限り、たいして変わらないですよ。
わかってほしいんですが、日本人である私たちがヨーロッパに行けば、そのヨーロッパの人たちの中にはアジアの人が嫌いな人がいて、中国人が嫌いな日本人がするような顔と同じように嫌な顔をして、席を移ることがあるということです。日本人である私たちを煙たがってね。
ヨーロッパの人から見たら、中国人も日本人も中国人です。アジアが嫌いな人から見たら、日本は中国の一部か、あるいはどうでもいい国だってことです。
自分も時と場合によってはそうされる存在だということを十分にわかって、そういうことをする人は初めてあっていい人か悪い人か全く知らない人を、眉を顰めて見るのでしょうか。
こういった先入観は、非常にアンフェアな行為だと思います。ただ、世界を歩いてゆけばアンフェアな人というのはどこの国にもいる。だから、そこを責めるのはやめましょうか。
私が言いたいことはもう少し別のところにあるのです。
一流のサービスというのは、お客様がいらしたら、その人に対して先入観を持たずにサービスすることだと思うのです。だから、つまり、中国人はマナーが悪いから、中国人のお客さんが来たら、他のお客さんに対する態度と違う態度で接客するとかね。そういうことをしないのが一流のサービス。
お店側としても守ってもらわねばならないルールはあるでしょう。それに対して提示して、それを守ってくれるのなら、どこの国の人だって大事なお客様に違いはないでしょう?
最初っからどこの国の人かで態度は変えてはならないですよね。
同じように扱うというのは非常に大事なことだと思います。
欧米系だからより丁寧に熱心に対応して、中国人だと下に見るだなんて、みんながみんなそんなことをしてるわけじゃないとはわかってますが、ため息が出ます。丁寧過ぎれば卑屈ですし、同じお金を出しているのにぞんざいにされればがっかりします。
欧米人も日本人も中国人もイーブン。これでいいじゃないですか。上も下もない。日本人として卑屈になる必要もないし、傲慢になる必要もない。
それが実は、世界でビジネス機会を余さず掴むコツなのではないでしょうか。私なんかがわざわざ言う必要は本当はないのかもしれませんがね。
「真っ赤だ」
「食べないの?」
「これでいい」
お店の勧め通りに5割で焼いたステーキを姑は嫌がって食べず、付け合わせのじゃがいもやらにんじんやらで喜んでいた。
「こうやって切るんだよ」
ナイフとフォークがうまく使えない息子に使い方を教えている主人を眺める。いつもは肉の脂身を嫌がって食べない息子が脂身を食べている。
「食べるの?それ」(←私は普段は脂身の片付け係)
「いい肉のは食べられる」
「なんじゃそりゃ」
「こうやって切るんだよ」
主人がまた横から口を挟んでくる。洋食なんて食べ慣れていないはずなのに、いつの間にかナイフとフォークを使えるようになっている……主人。
「あなた、いつそんなの覚えたの?」
「大学生の時からできたよ」
いや、嘘だ。出会った頃はナイフとフォークなんて使えなかったぞ。君。
「大学生の時に習ったから」
最近、お金持ちの人と仕事柄つるむことが増えて、どこで何やってんだか、怪しいもんだ。調子に乗って若い女の子に洋食をご馳走している主人を想像しながら、ビールの残りを飲んだ。
2024.05.17
優等生著