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事前審査制と党議拘束

法律等の状況

 議会における日本政治特有の規則として、事前審査制と党議拘束がある。事前審査制とは、与党である自民党内において、各省庁が作成した閣法を審議するプロセスを指す。省庁ごとに対応した部会から党議拘束がかけられる総務会まで、いくつもの審議段階がある。この事前審査制は法令で定められた審議プロセスではないため、内容を公開する義務のない密室となっている。党議拘束とは、各党の党則により定められ、与党内での閣法の法案審議が終わったのち、賛成・反対といった国会での投票行動を拘束するものである。事前審査において話し合われた法案が総務会を通過した時点で、党議拘束によって与党である自民党の議員は国会にて賛成票を投じなければいけなくなるのだ。国会での委員会・全体審議を待つことなく投票行動が決まるため、その政党の政治家にとって、国会での審議が議論としての意味を持たなくなる。事前審査制と党議拘束はこのような一連の流れとして機能するものだ。党議拘束を破り反対票を投じた場合は、党内で除名処分などの処罰がされる。なお、事前審査制は政務調査会がボトルネックの働きをし、政府与党が行政による立法をコントロールする役割も担っている。

 この二つの規則は、戦後日本の政治環境から生まれたものであった。その政治環境の中で、事前審査制と党議拘束の形成の大きな要因となった内閣の議院運営権の弱さ、与党の凝集性の欠如という二点から説明する。議事運営権とは、国会における審議の日程や順序について決める権限のことである。戦後のGHQ占領下は、戦時中の内閣が実質的に国会を支配していた日本の政治状況を繰り返さないため、内閣の議事運営権を弱く設定したのだ。なお、議事運営は、国会内の議事運営委員会にて決定されることとなっているが、実際は国対委員長会談によって決められている。議事運営権が弱い内閣は、議事をコントロールすることで確実に閣法を成立させることが難しい状況にあった(1)。
 もう一つの要因である与党の凝集性の欠如とは、与党内での各議員の行動が統率されていないことを指す。統率を高めるためには、組織の構成員の選好が揃っていること、組織内の権力を一部に集中させるなどの方法で規律を高めることが求められる。しかし、戦後日本の与党は凝集性が低かった。1955年、左派社会党と右派社会党が社会党に統一された。それに危機感を抱いた自由党と民主党が合体し、自由民主党が作られた。もともと自由党と民主党は、右寄りの政党ではあったものの選好が十分に一致しておらず、自由民主党内に様々な選好を持つ議員が存在した。現在でも、自民党内部にはいくつもの派閥があり、安定した与党である自民党内部の派閥争いが政府の行動に影響している。例えば、与党内の幹部人事は派閥ごとに割り振られることとなっている。これは、派閥ごとに選好が異なる自民党が一つの政党としてまとまるためには、派閥が協力できる環境を作る必要があるからだ。ある派閥が政党内で影響力をある程度発揮できなければ、その派閥は自民党内に留まるメリットを失うため、党の決定に従いづらくなる。しかし、各派閥にある程度の影響力を担保させることで、協力する余地を残すことができるのだ。また、中選挙区制による選挙が行われていた当時は、議員個々人が資金や政治的地盤を持っており、それぞれの議員が政党全体の方針に従うインセンティブも弱かった。このように、党内での選好や利害のバラつきが顕著だったのである。さらに、こういった与党の凝集性の欠如は、内閣での凝集性を下げる原因となった。もともと制度的に権力の弱かった首相であったが、派閥の均衡を保つための慣習的な人事により、各分野に専門知を持ち安定的に省庁を制御できる大臣が育たなかったため、閣僚を通した官僚の統率ができなかった。その反面、族議員が、自らの選出地域の利益団体などと結びつき、そこに官僚も混ざって鉄のトライアングルを形成していた(2)。このような内閣や与党の凝集性が低い状態は、国士型官僚と呼ばれるような官僚の主導的地位が確立される一因にもなった。

 こういった背景から、政府与党内の行動が一致せず、安定した閣法の成立が困難な状態にあった。そして、それを乗り越えるため、政府与党は国会や内閣の規則を変更するのではなく、党則を変更するというよりインフォーマルな形での解決を目指した。それが事前審査制と党議拘束である。事前審査制と党議拘束は、内閣の議事運営権の弱さ、政府与党の凝集性の欠如といった困難に対してどのように機能したのだろうか、また、それ以外にどのような副作用をもたらしたのだろうか。機能としては、事前審査制と党議拘束は、安定した閣法成立を実現させた。国会内(少なくとも衆議院)で過半数の議席を維持してきた政府与党は、党議拘束により、国会審議前に過半数以上の賛成票を確保してしまう。それにより、国会での議論が紛糾し法案成立の見通しが立たないという事態を避けることができるようになった。議事運営権が弱い分の不安定性を、党議拘束により補ったと言える。また、党議拘束を導入することで、選好のバラつく自民党において、投票行動を縛り、造反した際の厳しい処罰を準備することで、結果として党としての凝集性を高めた。このように、事前審査制と党議拘束は政府の閣法成立、ひいては国会運営を安定化させる機能を果たしたのだ。とはいえ、族議員や官僚の影響力は継続しており、事前審査制にてボトムアップ型の政策立案を行っていた。与党幹部や閣僚が権力を持ち、族議員や官僚を抑えるほどの凝集性は、1993年の政治行政改革による内閣機能の強化、政治資金の規制強化、小選挙区比例代表制の導入等がされた後である。
 こういった事前審査制や党議拘束の副作用として、民主主義の理念と矛盾するようないびつな均衡状態が生み出された。詳細は「問題性」において論じるため、ここでは均衡状態の大枠についてのみ説明する。上述の通り、事前審査制と党議拘束は、与党が議事運営ではなく法案の内容と投票行動を事前に決定することで、安定した法案成立を目指して作り出したものである。それに対して、野党は日程闘争という形で自らの主張を法案に反映させようとする。野党は、反対する法案を、委員会での審議拒否や投票を長引かせる牛歩作戦などを用いて、法案審議を会期の終わりまで延長させ、廃案に追い込もうとする。国会には会期不継続の原則というものがあり、前回の会期内に成立しなかった法案は次回の会期で継続して審議されないこととなっている。与党は、自らの法案が廃案になるリスクと法案を野党に応じて修正するデメリットを比較衡量するのだ。そのため、審議日程を争うことで与党に対する野党の監視が働く。こういった力学のもと、国対委員長同士の駆け引きが行われる。なお、議員が力を入れているテーマであれば、与野党の政治闘争を超えて協力するような場合もある。特定のテーマに力を入れるのは、世論からの評価を得るためでなく、そのテーマへの問題意識を強く持っているから、ということも少なくない。特に、自殺問題やいじめ問題などの社会課題であれば、世論も高まりやすく、政治的利害で衝突することも少ないため、ロビイングなども相まって協力的な法案議論が行われたケースがある(3)。
 そして、事前審査制と党議拘束がもたらすものとして、与党と内閣の一体化にも触れたい。事前審査制と党議拘束は、内閣によって提出される法案に対して与党に所属する議員が賛成することを義務付けるものである。そのため、内閣と与党は形式的に全く同じ選好を持つということになる。与党内部にも選好に幅があり、内閣が提出した法案等を与野党問わず国会内で議論することが、議会制民主主義の本質である。それにより、国会による内閣への監視が機能するのである。しかし、現状は事前審査制によって内閣が与党に取り込まれるような形となっている。それによって、国会vs内閣ではなく、与党vs野党という構図が出来上がっているのだ。


問題性

 事前審査制と党議拘束は、大きく三つの問題があると考える。それぞれについて論じていく。一つは、日程闘争が優先され、法案審議という本質的な部分が軽視されていることだ。事前審査制が確立された1970年前後から法案の審議会数や修正回数が減少しており、国会における法案審議が空洞化していることは数量的に説明されている(4)。国会は、有権者による選挙により直接選ばれた国会議員が集まり、公開された場で熟議を行うことで、国民が持つ多様な立場や価値観を反映させつつ複雑な課題を解決することが求められる場だ。国会にて国民の代表者が集って話し合うことが、結果としてより良い法律制定および政策決定に寄与し、公共の福祉にかなうからこそ、国会は「唯一の立法機関(憲法41条)」なのである。しかし、法案の実質的審議が国会およびその委員会ではなく、与党内の密室において行われ、国会では日程の駆け引きをするばかりでは、国会が本来果たすべき役割を担うことができない。国会では、日程ではなく法案の内容について争われるべきである。法案について話す意味のなくなった国会や委員会では、スキャンダルや政権与党の腐敗について野党がパフォーマンス的に問いただすだけである。しかも、それは事前に官僚が作成する答弁書によって台本が決まっている。このような状態では、メディアでたびたび取り上げられるように寝ている議員やゲームで時間を潰す議員がいても不思議ではない。メディアでは表面的な現象として取り上げられることはあるが、根本にある事前審査制や党議拘束といったテクニカルな内容に踏み込むことは少ない。事前審査制と党議拘束は、国会の議論を空洞化させ、国会が国会たる機能を果たすことを不可能にしている。それにより、本来はさらに改善できたはずの法案がそのまま成立したり、成立するべきであった法案が成立しないようなことになる。結局のところ、その被害を受けるのは日本政府のもとで生き、その法案のもとに縛られる私たちである。
 国会議員は、国会で扱われる様々な議題について萎縮せず、自らの信条に基づいた発言を行うため、免責特権(憲法51条)が認められている。これは、その国会議員が選出された地域の投票母体から支持されるように、選出地域の利益を優先することなどがないように定められた特権である。そのため、国会議員は院内でのいかなる発言や行動についても、事前に院外の個人および団体と契約などを行うことができない。この特権により、国会議員同士が自由な議論を展開し、それが法令を経由して日本に住む人々の生活に資するのだ。こういった趣旨に照らせば、党議拘束と免責特権とは明確に矛盾する。憲法学説では、党議拘束は違憲とするものがある一方、政党は国会と密接に関わる組織であることから、党議拘束は免責特権に抵触しないとするものもある。しかし、以上を踏まえれば、違憲と言わざるを得ない。

 党議拘束は、英仏独といった先進諸国においても設けられている規則である(1)。しかし、それらは日本での党議拘束と違い、議会における議論が行われたのちに党としての方針を党議拘束として定めるものである。そのため、最終的な投票については拘束されるものの、その拘束の内容は議会や党内での議論が十分に行われたのちに作られるので、議論を妨げることはない。また、アメリカにおいてはそもそも党議拘束が存在しない(5)。他の先進諸国においては、投票行動を縛るという部分が憲法に抵触すると判断されたとしても、その違憲性は無視しうるほどに小さいと言える。

 つぎに、事前審査での密室的な法案審議の問題がある。本来の法案審議の場である国会は、憲法57条1項により公開された状態で行われるべきことが定められている。これは、密室にて議論を進めているのでは、議論を行う議員やその支援者にとって都合の良い内容を定めることが可能になってしまうためである。そういった危険性をできる限り排除するため、国家権力の源であり、国家が生み出す福利の享受者たる国民が直接監視することができる環境を作る必要があるのだ。そのため、57条1項の趣旨に照らせば、国会における審議のみが公開されていれば十分ということではなく、実質的な法案議論の場は原則として全て公開されるべきなのは自明のことである。そして、57条1項には、原則としては全て公開すべきであっても、公共の福祉のために秘密とされるべき内容であれば、出席議員の三分の二以上の議決があれば、内容を公開しなくても良いとも記述されている。これは、国家の運営において様々な制約を加味したうえで、民主的理念とその限界に線引きしたものであると言える。現状の事前審査制は、こういった具体的な規定をしている憲法上の条文を全く無視するものである。憲法は条文に形式的に整合すれば足りるものではなく、その背景にある立憲趣旨を実質的に具体化する必要がある。国民の奉仕者である国会議員であれば、周知の事実のはずであるが、それが遵守されていないのが現状である。
 そもそも、閣法の成立を安定的に行う見通しが見えないため、代替の制度を設けるという思考は適当であるが、国会での審議の代替として党内の密室での審議を行うことが代替の方法でありうるという思考は受け入れがたい。たとえ代替の審議の場が必要であったとしても、民主制の政治においてそれをできる限り公開することが求められることは、その形成に関わった者が誰であれ認識していたはずである。それでも密室での議論が可能な制度にしたということは、そこにそれだけの価値、つまりは私益追求の意思があったと評価しなければならない。
 実際、鉄のトライアングルと呼ばれるような政治家・官僚・経済界の癒着は以前から指摘されていたものである。これは、事前審査制などの密室での会合を隠れ蓑としてきたものである。こういった透明性を欠き、公共性のない審議制度がなくならない限り、国民の福利にかなう国会運営は実現しない。事前審査制と党議拘束は、それだけの問題を持つ。

 最後は、官僚の仕事環境への影響である。事前審査制のなかの政調会がボトルネックとしての役割を果たし、与党は官僚の立案をコントロールすることができる。政調会で扱う法律案は政調会長が決めるため、官僚が立案したい法律があったとしても、それが政調会長や与党全体の利益と抵触する場合は、政調会での議題として扱われなくなってしまう。官僚や族議員が利益団体と結託し、自由に行動することができた55年体制下であれば、このようなボトルネックは十分に機能しなかったであろうが、与党幹部や内閣幹部に権力が集中した現在は、事前審査制による組織下部のコントロールは機能している。そのため、官僚による立案は与党に忖度したものとなってしまうのだ。とはいえ、行政に対する締め付けを強め過ぎれば、官僚による立法へのモチベーションを完全に削ぎ、閣法の立案が十分に行われなくなってしまうため、完全な支配下にあるという程のものではない。このように与党は官僚による立案に強い影響力を持つことができている。こういった状況では、自らの専門的知識を使って実現したい政策や社会像を持つ官僚がいたとしても、そのモチベーションを阻害してしまう。もちろん、国会議員から選ばれる内閣は行政を制御し、国民の期待に応えることが求められるため、ある程度のコントロール下に置くことは重要である。しかし、そのコントロールは、公開された審議の場で職業倫理を戦わせたうえでのコントロールというよりも、密室での政府与党の利益のためのコントロールという側面が強い。これでは、社会貢献や興味関心の実現といったモチベーションを持つ官僚にとっては働きがいの薄い職場となる。2020年に行われた調査では、国家公務員志望者および内定者に対して、仕事のやりがいとして期待するものを聞いたところ、70%が「国民の生活をより豊かにする」ことにとても期待していると答えた(6)。このように、給与や労働環境の面で民間企業よりも条件が良いとは言えない国家公務員を仕事として選ぶ人にとって、社会貢献ができる職場は大きな魅力なのである。官僚の専門知識や社会貢献の意識による政策立案を阻害する事前審査制は、その魅力を失わせるような制度となってしまっているのではないか。
 そして政府与党による法案審議プロセスは、官僚のモチベーションだけでなく、労働時間などの職場環境にも影響を与える。現在の審議プロセスは、野党と与党による日程闘争を生み出す。そして、与野党の国対委員長会談では、日程闘争の重要な駆け引きが行われる。通常はこの会談での駆け引きが長引き、国会の各委員会の開催日が二日前に決定することも多い。そうすると、委員会で内閣に対して野党が質問を行うための質問通告も遅れてしまう。質問通告は、野党議員が質問内容を決定し、事前に関係省庁へ送ることで正確な回答を準備するためのものである。この質問通告が遅れることで、官僚は職場に待機しなければならなくなる。しかも質問内容が通告されるまでは、どの部署が対応するか分からないため、多くの部署が職場に残り、質問通告を見て回答作成の分担が割り振られるまでは、職場を解散することができないのだ。150日間ある通常国会に加え、臨時国会でもこういった質問通告の遅延が繰り返されるため、行政組織を圧迫する最大の要因とされている。また、質問通告の遅れは、日程闘争の結果として引き起こされるものというだけでなく、質問に対する準備時間を減らそうとする野党の倫理観を欠いた戦略でもある。同上のアンケートにおいて、仕事について最も不安なものとして選ばれたのは、「長時間労働(38%)」で、次点は「国会対応による業務・心理的負担(14%)」であった(6)。
 国家公務員試験の受験者数は、毎年の人口減少よりも早いペースで減少している(7)。つまり、労働環境が悪く、仕事としての魅力が向上しないことが原因で官僚離れが起きている。組織均衡論では、組織への貢献よりも誘因が上回っていなければ、その組織は成長しないとされるが、日本の官僚組織はまさにこの状態にある。そして、その根本には事前審査制と党議拘束があるのだ。


参考文献

(1)武蔵勝宏「与党による事前審査制の見直しに関する考察」『同志社政策科学研究』21巻2号、2020年、157~170頁。
https://doshisha.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=27124&item_no=1&page_id=13&block_id=100

(2)内山融「日本政治のアクターと政策決定パターン」『季刊政策・経営研究』2010年3号、2010年、1~18頁。
https://www.murc.jp/wp-content/uploads/2013/04/qj1003_01.pdf

(3)明智カイト『誰でもできるロビイング入門 社会を変える技術』光文社新書、2015年。

(4)福元健太郎「内閣立法の審議過程の歴史的分析」『日本公共政策学会年報2000』
http://www.ppsa.jp/pdf/journal/2000toc.html

(5)しのはら孝「党議拘束違反で分裂、離党の大騒ぎは日本のみ―アメリカに党議拘束などなく、ヨーロッパ諸国には造反者への処分もなし―」2012年。http://www.shinohara21.com/blog/archives/2012/07/120717_1.html

(6)×KASUMI「国家公務員志望者および内定者を対象とした霞ヶ関の職場イメージと志望理由に関するアンケート」2020年。
https://drive.google.com/file/d/1VBj5rzU6h-tASX5onxlxSRIg6n9Qsa8W/view

(7)人事院「令和三年度 年次報告書」2021年、第1編2部1章1節,2節。https://www.jinji.go.jp/hakusho/R3/1-2-01.html


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