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【雑記】愚かな恋

その時間だけでも、
せめて、だましだまされることができたら、欲望を切実に感じることができたら、
少し救われるかもしれません。

【雑記】女風運営者さんへの手紙
ー女風ユーザー再出発①ー

互いに交わす眼差しに
距離を図りながら、
騙し合って
溺れることができたらいい。

【雑記】セックスレスとウツとヒステリー
+更年期、そして女風へ
ー女風ユーザー再出発③ー

その場だけを楽しめたらいいと
刹那に身を任せられたらいいと
思っていた女風(女性用風俗)

未知のもの
甘美なもの
禁断のもの
そんな体験に身を委ねたい。
自分自身を知りたい。
そんな願いをもって飛び込んだ女風。

やはり、上手にはのりこなせなかった。

再出発でもあった3度目の女風で出会ったセラピストのソーマさんに、想いを傾けてしまった。
傾ける?そんな言葉では言い表せない。
焦がれている。身も心も。

エッチで変態さんで嘘つきのソーマさん。
本人はおそらくなんの意識もせずに発してくる、言葉の罠。
わたしは自ら罠に飛び込んで、早く捕らえに来てくれないかと、檻の中で心待ちにしている。
ソーマさんのことを想う。ソーマさんのことを想うわたしを想う。

ソーマさんとの3回目の時に、わたしの身体を開いていってほしいという願いは受け止めてもらえそうにないと気付き、
わたしは、別の人から個人レッスンを受けることにした。

もう、ソーマさんには性感は期待しない、今度会う時はただ、ソーマさん自身を感じられたらいい。緩やかに繋がっていけたらいい。今は、ソーマさんを静かに想っていたい。

そう、性感には期待しない。だから、別の人との個人レッスンのはずだった。

でも、個人レッスンは開発メインなので、性感の一種と言えば一種なんだろうけど、わたし自身も気持ちの持ち方や臨む姿勢が違うこともあってか、今までの性感とは少し違うな、と思った。まだ、オリエンテーション込みの1回目なので、よくわからないけど。

ソーマさんの性感は、誰も超えられていない。
ソーマさん自身ですら、初回の最後1時間の性感を、その後、まだ超えられていない。

わたしの身体に深く刻まれた快感の渦と肌を撫でるように広がるさざなみ。動と静。叫びと沈黙。

やっぱり、今度会った時もソーマさんに期待してしまうと思う。
いつか、かなり自分の中で美化されてしまった身体と心の記憶を、塗り替えられたらいいな、超えていけたらいいな、と願ってしまう。

まだ、あなたが、セラピストを続けるのなら。

そう、ソーマさんとのこれまでの3回の逢瀬は、どれも、「引退」という言葉と結びついていた。

3回目は、その言葉がなかったら、恐らく2回目からたった2週間後にすぐに会いに行こうとはしなかっただろう。
会った時に、あっけなく撤回されて、嘘つきさんが確定したわけだけど、その嘘があったから、わたしも一人で思い悩みくるくると回り続けることを、一旦リセットできたと思っている。

ただ、偶然に読んでしまったWEB記事の女風の現実に打ちのめされた。

自分の引退のことを話すのは予約が欲しいための営業トークに過ぎず、セラピストは客に本心を見せたりはしない。

書いてあることはもっともなこと。わたしもソーマさんのことがなければ、頷いていただろう。

でも、今のわたしにはきつかった。引きずってしまった。

会うことも、言葉を交わすこともできない今、わたしの中ですがれるのは、ソーマさんとの記憶と言葉、身体と心に刻まれたものしかない。
「引退」という言葉で繋がってきた事実も含めて。

初回のとき、「若い子に任せて、もう辞めようかと思っていたけど、もう少し続けようかな。今日はとても嬉しかったし、このお店も開店当初からいてるのは自分だけになったしね。」
2回目のとき、「こんな思いをお客さんにさせるなんて、もう辞めどきかなぁ。」
川を渡る決意を引き出したメッセージ 「今回のこととは関係なく、引退も考えているので、また近いうちにタイミングが合いましたら、よろしくお願いします。」
3回目のとき、「引退はいつかはあることだから。人がいつか死ぬのと同じ。でも、今すぐではない。応援してくれる人もいるし、ね。」

こんなふうに書き出すと、手練手管を尽くす、とんでもなく悪い人のように思われてしまうかも。
わたしにはそのときどきのソーマさんの顔が浮かんでくる。どれもその時には本当にそう思って言っていたのだと、そのときどきにまっすぐに受け止めてきた。(2回目は、少しこじれてたけど。)

それに、嘘であったとしても、その嘘に救われたわたしがいるのだから、罠に喜んでかかったのはわたしなのだから、それでいい。
細い綱を渡るように、その綱に縋りながら、その綱だけを支えにするように、ゆらゆらと揺れながら思っている。

そして、心の隅で、その日がいつ来てしまうのか、知らないうちにフェードアウトしてしまうのではないか、と不安を蠢かせながら。

さらに、メッセージを送っても既読にしかならない現実が追い打ちをかける。

ソーマさんがいるところも、(十三夜の月が)綺麗に出ているかな。

既読

「確認だけにしています(返信はしません)」と言われているのだから、わたしも「言葉が溢れてしまうから、送りたいだけ。返信は要らない」と伝えてきたのだから、仕方のないことなのだけれども。

既読にしかならないメッセージを何度も読み返すことが辛くなってしまった。
何度も何度も、もしかしたら返信きてるかも…と覗いてしまう。そして、既読の文字だけ見つめて、閉じる。しばらく経って、また開ける。エンドレスだ…。これって、本当に地獄。
こうなることはわかっているのだから、最初から送らなければいいのに。

迷惑に思われているのかもしれないと思うと心が弱くなる。そうなら、きっと言ってくれるだろうと思いながらも。でも、実際はどうなのだろう。やはり、邪魔をしているだけなのかもしれない。

あかんたれのわたしが心を占めてしまう。あかんたれのわたしの言葉たち。

罠にかかった獲物には関心がなくなってきたのかな、とか。駄目な方向にどんどん転がっていく…。

わたしの言葉はあなたの胸には届いていない、そう思ってしまう。勝手に送ってきてるだけ。返信する必要はない。
そういうこと、だよね。
うっとおしくも思われているかもしれないのに。
言葉は返ってこない。
わたしが、浮かれているだけ。
もう止めよう。もう止めたい。
もう、今度会ったら最後にしたい。
辛すぎる。片恋を続けるのは辛すぎる。
今度会って、わたしは何を感じてしまうのだろう。何を見てしまうのだろう。何に触れてしまうのだろう。
もう、辛いから、もう、悲しいから…。
そして、怖い。会うのが怖い。
ソーマさんの瞳の中に、わたしは何を見てしまうのだろうと思うと怖い。

自分の気持ちを掘り起こし過ぎた。乱し過ぎた。

「信じているから」って、あなたは言ってくれた。わたしにそんなくびきをかけて、じゃあ、わたしはあなたの何を信じるの?会えない間、言葉も交わせない間、何を信じるの?
今度、会った時に、聞いていい?自分が言ったこと覚えてる?何を信じてくれたの?わたしは何を信じたらいいの?

たぶん、わたしが感じている言葉の重みは何も意識しないで、意図せず言っているだけ。わたしが勝手に重く受け止めているだけ。だって、仕方ないでしょ。その時だけ、あなたは真面目な顔で言うんだから。「ダメなの?」と聞くときと同じ顔と調子で。

あなたは罠を仕掛けたつもりなんて、きっとこれっぽっちも思ってやしない。
わたしがあなたが仕掛けた罠だと思って、喜んで一目散に飛び込んだだけ。きっと、すぐに引き上げてくれて、あなたの瞳にわたしが映るのを信じて。
でも、罠を仕掛けたつもりのないあなたは、いつまで待ったって来やしない。わたしがただ、待ってるだけ。
女風の完璧な片思いの中で。

それでもね、それでも、また、「会うのを楽しみにしています」と送ってくれると信じています。
待ち合わせの場所で、微笑んでくれることを信じています。

また、「綺麗」と思ってもらえるように、一緒に歩いていてソーマさんが嬉しく思ってもらえるように、会うことの楽しみにだけ目を向けるようにします。

やはり、今は、今までの繋がりを信じることしかできない。

愚かと笑うなら、笑えばいい。
その愚かな恋を、とても大事にしているのが、今のわたしだから。



〈追記〉

紫陽花の花を使ったアクセサリー。全く同じものを買ってしまった。同じお店だから、買う時に自覚はしていたのに。
形は似た感じだけど、色違いと思って買ったら、色も同じだった。ひとつはクリップ、今回はクリップをイヤリングに変えてもらったもの。
違うと思っていたのに全く同じ。
わたし…、たぶん、冒険してるつもりで、きっと同じ道を歩いているだけ。そんな気がする。


〈さらに、追記〉

この記事を書いてから、10日が経ってしまった。そして、初めて女風を利用してからの1年目が、この10日の間に過ぎた。
少し、思うところが変わったところもあっての追記。

1年が過ぎて思ったことは、わたし、女風で、また会いたいと思う人ができたやん、ということ。

意気消沈した最初の体験の後、女風でわたしが満足することがあるのかと疑問を抱いてしまい、素敵な女風ユーザー仲間と出会ってからは、わたしもわたしの特別な人と出会いたいと願うようになった。そして、出会いを消費するように、自傷のように、はじめましてを延々と繰り返していくだけではないかと沈み込んでしまうときもあった。

言葉にすら会えない辛さはあるけど、会いたいと思える人に出会えたこと、今はとても大事にしたいと思う。

好きでもない人に請われてもいないのに肌をさらす、そんな絶望を見て見ぬふりをすることで逆に傷を作っていく、そんなことはもうしなくてもよいのだ。

そして、ずっと、静かに想っていたい、と書いてきたせいか、どうしようもなく焦がれる想いが、少しましになったような気がする。
心から身体からはみ出してくるものは、わたしの境界をなくすものは、あの静かで美しい縄の時間を、ソーマさんの手と腕の記憶を懐かしみ、全てが静かな想いに収斂していく。

営業でもね、予約が欲しいとかでもね、いいんだよ。
わたしはお客さんなんだし、ソーマさんはセラピストさんなんだし。

ただ、二人でいる時間は特別。
あの官能的で静かで美しい縄の世界にも、また招かれたいと願う。
ソーマさんだからこそ感じられる特別な時間がある。

季節ごとにしか会えないとしても。





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