玉石混淆
今日は高校の文化祭。
開始まであと一時間といったところで、私たちのクラスでは一つの問題ごとが起きていた。
「ごめんね……やっぱり探しても見つからなかった」
「瑶季……」
「な、失くしちゃったものはしょうがないよねっ」
「本当にごめん……せっかく可愛いやつを作ってくれてたのに……」
そう、問題とは私にまつわることだ。
クラスの出し物としてメイド喫茶をすることになった私たち。
推薦によって何人かの生徒がメイド役に選ばれた。
光栄なことに私もその中の一人に。
だが、今日になって私用のメイド服が見当たらないのだ。
「でもどこいったんだろうね。まさか盗まれたとか?」
「ありえるかも! 出来が良かったし」
「単純に石塚がどこかに忘れていっただけじゃねーの?」
「はぁ!? 皆の分はまとめて管理してたんだから、たまちゃんの分だけなくなるわけないでしょ!」
「うっ――そ、そうかよ」
男子生徒が女子の剣幕に押されて尻込みする。
「よし! 悔やんでも仕方ないよ。瑶季の分まで私らで頑張ろう」
「そうだね。うん、余計に気合が入った!」
「瑶季もそんなに落ち込まないでっ。せっかくの文化祭だし皆で楽しまないともったいないよ」
と理央が私の肩を手を置いた。
「……ありがと」
クラス委員長の理央はとっても優しくて頼りがいがある子だ。
そして私の無二の親友でもある。
だからこそ、彼女の優しさが余計に私を苦しめた。
「私……時間ぎりぎりまで探してみるねっ。始まるまでには戻るからっ」
「あっ……瑶季……」
私はそう言って逃げるように教室から出ていった。
……
空き教室に入り、誰もいないのを確認して静かに扉を閉める。
メイド服を探していた。
というのは建前であり、本当は教室に残っているのが居たたまれなくて逃げてきたのだった。
「……はぁ……私って本当に最悪じゃん」
用具箱に隠しておいた袋から”それ”を取り出して、古臭い姿見鏡の前に立つ。
「……やっぱり駄目。全然似合ってないもん」
映し出された自分の姿に溜息を零す。
今、私が着ているのは、失くなったと嘘をついて隠していたメイド服である。
「……可愛くない」
自分のぎこちない笑顔を見ると、さらに気持ちが沈んでいくような気がした。
「――はぁ」
どうして私がメイドに選ばれたんだろう。
不思議でしょうがなかった。
「理央みたいに可愛くないし、すみれや山下さんみたいにスタイルもよくない。それに小西さんのような美人でもないし……」
……私がメイドをしたって誰も喜ばない。
「絶対見劣りするもん……」
なんて思ってからメイド役が嫌になった。
だから、つい出来心で嘘をついたんだ。
忙しい準備の合間に探すのを手伝ってもらって申し訳ないと思っている。
それでも……
私はメイドをすることを拒んだ。
「玉石混淆……」
ふいに口にしたその言葉。
初めて知った時から大好きな言葉。
私の苗字。石塚の石が入っているから――なんて些細なきっかけだったけど、幼いころの私にはそんな小さな接点が嬉しかった。
でも今は違う。
「私は玉なんかじゃなかった」
そう、玉でありたいと思った――
「ただの石なんだ……」
優れた容姿も、誰もが憧れる美貌もない。
平凡な石っころ。
それが私。
「……戻ろう」
再び袋の中にメイド服を戻して用具箱の中へと押し込んだ。
「なぁ、ええん? ほんまにそれで――」
と誰もいないはずの教室から声が聞こえてきた。
「だ、誰!?」
慌てて声のする方を確認すると教室の隅に誰かが居た。
寝そべっていたであろうその生徒がのそりと起き上がる。
「小西さんっ。どうしてここに……」
「別に、さぼってたわけやないで。……寝てただけやから」
それをさぼりと言うんじゃ。
「……あったんやな、メイド服」
見られてた。
というか、現在進行形で着ているのだから”見られてた”も何もない。
「……」
「ちゃうか……隠しとったんやな、ここに」
「っだ、誰にも言わないでっ」
思わずそんな言葉を口にした。
「ふ~ん……やりたないなら断ればよかったのに。私は断ったで」
そうなのだ。
小西さんもメイドに推薦されていたけど断っていた。
その強さも彼女の魅力の一つなんだと思う。
「私は小西さんみたいに強くない……」
「――確かに。こんなとこでウジウジしとるもんな」
「うっ」
苦手だこの人。見た目通り、怖い人だ。
「まぁええわ……どうでもええ」
扉の方に歩いていく小西さん。
「……ぁあ、そうや。安心してな、誰にも言わへんから」
そう言って取っ手に指を掛けた。
そこで、ふと止まる。
「……なぁ」
「え――っ!? な、なに?」
出ていくのだと思っていたから、急に呼びかけられてびっくりする。
「私はさ……頭悪いからよく分からんけど……ええんちゃうの? 石でも」
「――っ!?」
最悪だ。独り言も聞かれていたのか。
しかも玉である小西さんに――
「隣の柴犬が青く見えるってやつやろ」
柴犬? それって隣の芝生のことだよね?
「私にとっては石塚さんこそ羨ましいけどな」
「えっ」
小西さんが私のことを羨ましい?
そんなの……
「嘘だっ」
「嘘とちゃうし……私はこんな性格やから、自分から声を掛けるなんてめったにできひん。そやから羨ましいで、いつも元気な石塚さんが」
そう言って小西さんは私の方に向き直った。
大きな目でじっと見つめられる。
「毎朝、私にも挨拶をしてくれるんが嬉しかったんよ」
とても真剣な眼差しで続ける小西さん。
「こんなん言うの恥ずかしいから二度言えへん、耳かっぽじってよう聞きな」
「え、う、うん……」
「私はな、石塚さんのわろた顔が好きなんや。その笑顔を見るたんびに今日も頑張ろうって元気を貰えとった」
「私の笑顔……」
そんなこと初めて言われた。
「ええやん。石やって――っちゅうか私だってただの石やし。それでも……自分を磨くことは止めたない。どんな石だって磨き続けたらいつかは必ず輝くと信じとる」
「……私も磨けば光るのかな」
「何いうてん、もう光っとるやろっ。少なくとも私の中では光り輝いとんで。眩しいくらいに」
「小西さん……」
「私もアンタも、みんなだって石やろ……やけどな。そんな特別でも何でもない石やけど、世界にたった一つだけの石なんやって……私はそう思っとる」
そこまで言ってぷいっと顔を背けた。
「なんか、らしくないこと言うてしもた。忘れてな……」
と扉を開ける小西さん。
「あの!」
私の呼び声に振り返った。
「……えっと、その……ありがとねっ」
「ん、別に。なんもしてへんし。ただ思うたことを言うただけ」
去っていった小西さんは少しだけ照れていたような気がする。
「……」
そうして私はまた一人になった。
「あ――」
そういえば小西さんとこんなにも長時間、話をしたことはなかった。
怖い人だと思ってたけど、そんなでもなかった。
それに――
「――っぷ、ぷぷ」
ふいに頭に過ったのは青い柴犬の映像だった。
「ぶふっ……っぷ、ぷぷ。青い柴犬ってなんなの(笑)」
想像したらとても気持ち悪い。
小西夏菜実。私のクラスメイト。
クールな外見と綺麗な容姿、それに滅多に人と話をしない。ついたあだ名は『孤高の小西』
きっと他の皆は知らないだろう。
彼女には少しだけ抜けてるところがある。
あと照れた顔がとてもチャーミングだ。
そして、意外と優しい人。
「磨けば光る……」
小西さんに言われた言葉を繰り返す。
「世界に一つだけの石……」
なぞる様に呟いて鏡の方を見やる。
「……私の笑った顔が好き、か」
少しだけ逡巡して私は歩き出した。
メイド服をしまった用具箱の方へと――。
……
「あ、瑶季! おか――えっ!?」
教室に戻った私を皆が待っていた。
「あったんだね! メイド服。良かった。あの後も皆で探したんだよっ」
理央が駆け寄る。
「どこにあったの? ってそんなことどうでもいいか! 間に合ってよかったねっ。うんうん! 似合ってるじゃん!」
「あ、ありがと」
「ほんとだ~たまちゃん可愛いっ」
抱き着いてきたすみれを手で押し退ける。
「う、うん。すみれも」
「えへへ~そうかな~?」
「うんうん、すみれも瑶季も。皆かわいい~! これは大成功間違いなしだね。そうだよね? 男子?」
「お、おう!」
「うん……いいじゃん。見違えた」
なんて恥ずかしそうに頬を掻く。
「石塚も! めちゃくちゃいいじゃんか! 俺まじで惚れたかも!」
「な――っ!? ちょっ! 変なこと言わないでよっ」
「わ、悪りぃ……」
いつも揶揄ってくるくせに、こんな時だけそんなこと言うんだから。
この坊主頭は。
「よ~し! みんなで円陣組もうよ!」
「いいね~」
「お! やる気じゃんか。委員長!」
「ふふっ、せっかくの文化祭だしね。楽しまないとっ。ほら、小西さんも加藤くんもこっち来て!」
理央に呼ばれてしぶしぶ円陣に加わる小西さんたち。
彼女の方を見ていたからか、ふと視線が重なった。
「―――――――」
小さく動いた口からはそう聞こえてきたような気がした。
「じゃあ! 皆、いくよ~!」
理央が大きく息を吸った。
「A組~~!! 今日は最後までっ頑張るぞ~!!」
「おおーー!!」
「文化祭、精一杯楽しむぞ~!!」
「おおーー!!」
「オォオーーーー!!!!」
「しゃあああらああああっ!!」
男子の雄叫びが五月蠅かった。
なんて、そういう私だって負けじと叫んでいた。
――拳を突き上げて、誰よりも力強く。
「やってやるぞ~~!!」
「あはっ、いいね瑶季!」
「楽しもうねっ理央!」
「うん!」
二人で笑い合う。
「よっしゃ~! メイド喫茶開店じゃぁ~い!」
「ちょっと!! 執事らしい言葉遣いしなさいよね!! これだから男子って、ほんっと餓鬼なんだからっ」
「あはははっ」
楽しい。
あんなに悩んでいたのが嘘みたい。
「瑶季、最初のお客様は任せたよ」
「だね。一番槍はやっぱりたまちゃんじゃないとっ」
「うん! 任せて!」
「お、きたぞ~」
「開けるよ~」
「いらっしゃいませ~」
続々とお客さんが入り込んできては、それぞれ通された席に座った。
最初は私の役目。
お水をテーブルに置いて――
にっこり微笑んだ。
「いっらしゃいませ! ご主人様!」
『玉石混淆』
誰もが玉に憧れる。
自分は石ではない、玉なんだと思いたい。
でも現実はそんなことはない。
特別なんてのはほんの一握りの存在。
そう、私はただの石だった。
明るいだけが取り柄の平凡な石。
それでも構わない。
もう人と比べてクヨクヨするのはやめたんだ。
玉じゃなくたっていい。石でいい。
今はまだ何者でもないけど、磨き続ければいつかは光る。
石塚瑶季という名の――
世界に一つだけの石。
それが私なんだから。
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