524と00(9)
「ただいま~、莉奈。連れてきたぞ~」
大声で呼びかければ「はーい」とリビングから声が返ってきた。
「お帰りなさい、兄さん。それと、ようこそおいで下さいました。先輩方」
妹が姿を現した。つまり、ここは俺の家ということになる。
「きゃ~私服の莉奈ちゃんだ~!」
出会って一秒、すみれに抱き着かれる莉奈。
「ちょっ……もう……おはようございます、宮地先輩」
「おはよう~。今日も可愛い~ね~」
頬ずりされて若干引きつっている。
「ありがとうございます……小西先輩も、おはようございます」
「ん、おはよう」
とまだぎこちない二人。
「玄関でだべってるのもあれだし、上がってくれ」
そう言ってリビングへと招いた。
「お、きたきた。おはよう!」
「おはようございますっ」
リビングで新たな二人と挨拶を交わす。
「えっと、紹介する。妹の友達の正源司陽子ちゃん。あと平尾」
「よ、よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀する正源司。
「なんか私の紹介が雑な気がする」
と平尾が俺をじと目で見つめる。不当な扱いに納得がいってないようだった。
「……知ってるだろうけどC組の平尾帆夏。いちよ莉奈の友達」
「小西さんはバイトでも一緒だもんね!」
「やな」
そう平尾と小西はバイト仲間でもある。意外と仲がいい。
「私服のひらほ~も可愛いっ」
「え~! ありがとう~、そういうすみれも可愛いじゃん!」
きゃっきゃとはしゃぐこの二人も、二年の時は同じクラスだったこともあり仲が良かった。
ではさっそく、と莉奈が本題に入る。
「今日小西先輩をお呼びしたのはですね――あっ、その、えっと……」
いざ要件を伝えようとして言葉に詰まる。その目線はすみれへと。
「ん~? わたし~?」
「ん、あー。かまへんよ……別に隠してる訳ちゃうし」
少しだけ恥ずかしそうにして続ける小西。
「××で見たんやろ……私がコスプレしとってん」
「そうです! それです! やはりそうでした! 『あの人は小西先輩だよ』と私たちは話していましたが……もし違っていたらどうしようと思い、お声掛けすることが出来なかったんです……」
「ほら~私の言った通りじゃん」
「でしたね」
平尾と正源司が頷いている。
「なになに~小西がコスプレしてたの? いいなぁ私も見たかったな~」
話を理解したらしいすみれが加わる。
「写真は撮ってないんだよね~。知らない人だったら悪いし」
「そうなんだ~。それなら仕方ないか~。残念」
「そういった経緯がありまして。この機会に小西先輩とアニメの話をさせていただきたく、本日は我が家にお越しいただきました」
そう言って莉奈は深々とお辞儀をした。
「ほんま、よう出来た妹さんやな」
「いやいや。莉奈は固すぎだから」
と平尾が笑う。
「お前は緩すぎだけどな」
「え〜いいじゃん! 私と加藤家の仲じゃんっ」
「そんな親しい仲じゃないだろ」
「うわっいけず!」
「寿司屋とかにある水槽?」
「それは生け簀!」
「ああ、絶対に壊れない椅子ね」
「それはIKEA!」
さすが平尾だ。ツッコミもこなせるとは優秀じゃないか。
「……なぁ、なんであんたらの漫才をここでも見なあかんわけ? 堪忍してや……皆が言うとんで、二人とシフトが一緒の時は騒がしいって」
「え? まじ?」
俺と平尾の遣り取りって漫才だと思われてるの?
「漫才か〜。どうせなら吉◯に入ってお笑いの道を目指しちゃおっか」
「いや、目指さんから」
「いいな〜私も一緒にやりたい!」
「お? トリオも悪くないね」
「おい。俺はやらんぞ。やるなら二人でやるんだな」
「む! それじゃ帆夏とすみれでコンビ名は『平尾すみ夏』でいこうか」
「いいかも〜。なんか可愛いし」
すみれよ、よく考えろ。
それじゃほとんど平尾だぞ。
「……よし! 俺、飲み物とか持ってくるわ」
「あ! 兄さん、それは私がっ」
「いいからいいから。今日はお前がホストだろ。ほら、せっかく呼んだんだ。待たせちゃ悪いから」
「そうですか……ありがとうございます」
頭を下げる妹の後ろでは、同じように正源司が申し訳なさそうにしていた。
「陽子ちゃんは何飲む? 何でもあるよ。コーラからファンタまで炭酸も取り揃えてるぜ」
「ではコーラでお願いします」
「おっけ~。そんじゃ、後の奴らは水な~」
「ええ!? ひっど~い!」
「一杯七百円な~」
「しかも有料なの!?」
俺と平尾の茶番に正源司が「あははっ」と笑った。
うん、やっぱり女の子は笑顔が一番だ。
仕事を果たしたとばかり満足気に頷く。
「……なぁ――」
おっと。いかんいかん。また「漫才」と苦言をもらいかねん。
「お、お湯沸かさないとっ」
小西の視線から逃れるようにキッチンへと駆けた。
キッチンに移動してから少し。
リビングでは妹たちがアニメ談義に花を咲かせていた。
「お? 小西さんも知ってるの?」
「うん。なんやったら漫画もあんで」
「そうなの? 良かったら今度貸してよ」
「かまへんよ」
「やった。ありがとう~。代わりに私のおすすめの漫画を貸してあげるね!」
「ん、じゃあバイト先で」
「うん!」
「ねぇねぇ、それって面白いの~?」
「おもしろいですよ。映画もお勧めです」
「ですです!」
そんな彼女らを横目に飲み物といくつかのお菓子を用意する。
小西はコーヒーでいいか――と俺の嗜好を押し付けようと考えていたら、
「ねぇ――」
と近くから声がした。
「何にやにやしてんの」
「うぉ、史帆か。驚かすなよ」
「……呼び捨て……生意気」
姉の史帆。
歳は俺の四つ上。精神年齢は俺の方が上だと思う。
だから気付いた時には呼び捨てだった。
「ほんっと……可愛くない」とぼやく。
弟からの呼び捨てが気に食わないらしい。
「そんでなになに? お友達?」
リビングのほうへと顔を覗かせる。
「ああ、莉奈のな。俺の知り合いでもあるけど」
「へぇ~って、うっそ! っすご~い! 皆可愛いじゃんっ」
すみれみたいな事を言いだした。
行動も似ていると思う。莉奈を抱き枕にしがちな困った姉である。
「お邪魔してますっ。お久しぶりです史帆さん」
と史帆の声に気付いて正源司が立ち上がった。
「ん、久しぶりだね! 陽子ちゃん~今日も可愛いねっ」
「あ、ありがとうございますっ」
流石俺の姉だな。分かるぞ、可愛いよな。
「初めまして平尾帆夏です」
「宮地すみれです~」
「うんうん、二人も可愛い~……そんで、あともう一人は…………おや?」
「ん? どうした?」
「いや……あの子、大丈夫なの? すんごい顔してるけど」
と小西を指差した。
「こ、小西先輩?」
同じように何かを察知したらしい莉奈が不思議そうに小西を見ていた。
「か、か、か……」
「か?」
「カッ――!!」
小西が奇妙な擬音を発しながら立ち上がった。
右手と右足を同時に前に出し、まるでロボットのようにぎこちなく歩き始める。
そんな挙動不審な小西が近づいてくるのを見て、思わず後退する俺。
傍らの姉は顔を引きつらせ、怯えた様子で俺の背後に隠れた。
「加藤史帆さんですよね!!」
大きな声で呼びかけられ、後ろにいた史帆がびくりと体を震わせる。
「へ? あ、うん……そうだけど……」
「小西、とりあえず落ち着け。な?」
「何言うとんねん!」
「え」
「加藤史帆さんやで!!」
「あ、うん」
「『あ、うん』やないわ! あの加藤史帆さんやって!! モデルで! 女優の! 史帆さんなんやで!!」
おお、随分と詳しいな。
「そりゃ知ってるって、俺の姉なんだから」
「――な!? 何言うんとんのや……冗談でも笑ろわれへんし」
「いや、まじだから」
俺の家にいるのだから疑う余地はないだろう。違ったらそれはそれで可笑しいし。
「ほ、ほんまに?」
信じられなかったのか、小西の視線が史帆へと移った。
「ほ、ほんまにです……」
それを受けて申し訳なさそうにしている史帆。
「……夢みたいや……ファ、ファンなんです! 読者モデルの頃からずっと憧れとって……」
「そ、そうなんだ。ありがとう……」
そこでようやく史帆の様子に気付いたらしい。
「あ、私……すみません。取り乱してもうて」
「う、ううん! 大丈夫! 全然大丈夫だから!」
史帆の方も警戒心を解いたようだ。
「むしろこんな近くにファンの子がいてくれて嬉しいよ!」
言葉通り、本当に嬉しいのだろう。満面の笑みだ。
「それにとっても可愛いしっ」
「か、可愛いだなんて――」
「スタイルもすごくいいし、あなたこそモデルさんなんじゃないのってくらいだよ」
「そ、そんなことないですっ」
攻守逆転か、今度は史帆が攻め始めた。
「肌も綺麗……」
「あわ、あわわ……」
「すんごい美人さんなんだね」
「あ――っ」
いつのまにか俺の背後にいたはずの史帆がじろじろと小西の体を舐めるように見ていた。
「……」
……なんだこれは、とその光景に唖然としていたのは俺だけではないだろう。
小西夏菜実は学校では有名な存在だった。クールで孤高。一部では高嶺の花と言われていた――のだが……これは酷い。
ふにゃ~とした情けない顔にきらきらと輝く瞳。常にあがりっぱなしな口角。
見る人が見たら幻滅してしまうだろう。普段のクールさが原型を留めていない。推しにあったオタクというのはここまで崩れるものなのか。
「うん!」
史帆は何かに納得したのか。大きく頷いて――もにゅっと小西のお尻を掴んだ。
「――ひぃ!?」
「○○良かったね! 安産型だよ!」
セクハラ発言もかます。
「あ、あかんです。気が早すぎや! お義姉さんっ」
気が早すぎるのはお前だろ、と心の中でツッコむ。
なんてそんな場合じゃない。
二人の痴態に他の皆が困惑している。
これは早々に切り上げないといけない。
「史帆……さすがに失礼過ぎるぞ……勘弁してくれよ。うちから犯罪者が出たら母さん悲しむぞ」
「そ、そうですよ史帆姉さん! そういうのは止してくださいって約束したじゃないですか」
「ご、ごめん」
姉はがっくりとうなだれた。莉奈の援護射撃が効果的だったらしい。
「だ、大丈夫です。私は気にしてませんので!」
「小西ちゃんだっけ。いい子なんだね、あなた」
「あ、はい。小西夏菜実です。よろしくお願いしますっ」
一体何をよろしくお願いするというのだろう。
このよく分からない状況に頭が痛くなってきた。
「……史帆姉さん。仕事じゃないんですか?」
「あ! そうだった! まずいじゃん、もうこんな時間だ」
「……送ってくか?」
「いや、大丈夫!」
「そっか」
「ごめんね、騒がしくしちゃって。皆、ゆっくりしていってね~」
「はい!」
返事を聞くや、走る様にリビングから出て行った。
「……嵐が去ったな」
「ですね……」
「困った姉だな」と莉奈と目を合わせて笑い合った。
そうして、その後は……
莉奈たちとアニメを見たり――
「やっぱり××と△△のカプですよ」
「分かる!」
「私は□□派やな」
「分かる分かる!」
推しについて語り合ったり――
「これって昔の〇〇君だよね。ちっちゃくて可愛い〜」
「分かる! 食べちゃいたいくらい!」
「食べちゃいたいって……やっぱりお前は変態だな、平尾」
「違うよ! 変態という名の紳士だよ!」
「せめて淑女であれよ……」
昔のアルバムで盛り上がったりして、楽しい一日を過ごした。
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