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頭隠して尻も隠して

「はぁ~……先輩、今日もカッコイイなぁ」

 屋上に這いつくばる私。双眼鏡越しに見る先輩の姿に口角が吊り上がった。

「――あぅ!?」

 視線が重なった――気がして慌てて頭を隠す。

 ヤッバ……今、目あったよね? 

 あっちゃったよね?

 ね? ね?

 足をバタバタさせて悶えるも、興奮収まらず。喜びのあまり双眼鏡を抱きしめて転げ回った。

 ――ピー、と聞こえてきた笛の音が部活の終了を教えてくれる。

「って、こんな所にいる場合じゃないから!」

 パンパン、と制服の皴を落として、覗きグッ――もとい、愛のアイテムを強引にカバンへと詰め込んで階段を駆け下りた。

 
 

 ……

 
 

「んじゃ、またな!」

「おう、また~」

 部活の仲間と別れた先輩。それをつける私。その距離僅か数メートル。
 
 近すぎる? 

 大丈夫、問題ないよ。

 私のスキルは常人のそれを遥かに凌駕するから。  
 

 んふっ……んふふ……。

 近くで拝見するお姿は一段と格好良く、夕陽に照らされた背中が神々しく見えてきた。

 声を掛けるなんてもってのほかだ。
 私なんかは近づくことさえも烏滸がましい。

 この距離が精一杯だ。
 

 あぁっ、いい!

 いいですよ先輩!

 その横顔、もう――堪らないっ。

 道端に咲いた花を撫でる先輩。その慈愛に満ちた御尊顔。
 

 
 あゔ……さ、最高ですっ。

 塀の上から呼びかけられて「にゃぁ~」と鳴き返す。ちょっとチャーミングなところ。
 
 

 もう、ダメだ……私もめちゃくちゃにシテほしい……――、――ぬおっ!?

 犬の頭をわしゃわしゃとしていたはずの先輩が、不意に振り返った。
 
 

 ――バレた?

 なんて、焦りはしない。
 
 私のスキルは常人のそれを遥かに――
 
 
「何してんの? 美青」

「――へ?」
 
 え? あれ?

 バレるはずがない――のだが、私を見下ろす先輩が目の前にいる事実。

「ど、どうして……ちゃんと隠れていたのに」

 自販機の裏、影に収まり、影になりきっていた私。
 先輩からは見える訳がないのに。

「どうしてって――」

 きょとん、とした顔を向けていた先輩だったが「あははは」とおもむろに笑い出した。

「ちょ、えええ? せ、先輩!?」

 こんな時でさえ『笑ったお顔も素敵ですっ』などと考えちゃう私の思考回路はショート寸前。

「あー笑った。面白いね」

「あぅ」

「ふふ、美青」

「は、はい?」

「いつもなんだけどさ……」

「いつも?」

「漏れてるからね――心の声が」

「え? え? ええええええ!?」

 嘘でしょ? 本当に?

 頭隠して、尻も隠して。

 隠せていないのは心の声――ってマヌケかっ私は。

 セルフツッコミを心の中で決める。

「まぁそこが美青のいいところじゃん。面白くて俺は好きだよ」

「――す、す、好き!? はぅっ」

 衛生兵~!

 急ぎなさい! 

 驚きの連続で心臓が持ちそうにありません。 
 
「リアクションもいいね。もっと見せてほしいな、いろんな美青を」

 そう言って私の手を握った。
 刹那、ぎゅんっと内臓が浮き上がった。そんな感覚。

「んふっ、んふふ……これは夢ですか? 夢ですよね? ヤバイ、マジヤバイです」

 やはり隠せていない心の声。

「……本当に面白い子だね、美青って」

 楽しそうな先輩。キラキラと、王子様のような笑顔をくださった。
 


「ねえ美青」

「はい? なんでありましょうか?」

「……涎、出てるよ」

 と指摘され「――あっ……」と慌てて袖で拭った。

 同じく隠せていない下心であった。


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