続・夏の魔物 壱
最近変な夢を見る。
羊が出てくる変な夢。
眠れない空色、重なる雲ふわふわと私のようで。
微睡みの中で書き留めた言葉、心の奥底に隠した思いを。
羊が語る、ふわふわと彷徨う私に。
『果歩のクラスにさ、○○くんっているじゃん。カッコイイよね』
『私さ……好きになっちゃったみたい』
『やっぱり私じゃ振り向かせることが出来なかった』
『ごめんね』
これは親友の陽子の言葉だ。
(ごめん)
(果歩には絶対にこんな事言えないけど)
(果歩が羨ましい)
何?
こんなの知らない。
(ズルいよ、私だって一緒のクラスになりたいのに)
私の記憶じゃない。
(友達からちゃんと関係作っていれば、何か変わったのかな)
(○○くん……また新しい子と付き合ってるんだ……)
(私にもまだチャンスあるのかな)
羊が語る。
私の知らない親友の心の声。
なんとなく察してはいたけど。
私はそれに気付かないフリをしていた。
(羨ましい)
(私は果歩に、嫉妬している)
……
「――っ陽子!!」
自分の声で目が覚めた。
「え? あれ……夢?」
カーテンの隙間から朝日が差し込む。
ちゅんちゅんと可愛らしい雀の鳴き声を掻き消して、
――ジリリリリリ、と朝を告げるアラーム。
まだ微睡みの中にいる私は、覚醒しきってない頭で液晶の時計を確認した。
「……え? やばっ! もうこんな時間じゃん!」
急いでベットから飛び降りた。
「もう~! 新しい学校では遅刻癖直そうと思ってたのに~」
慌ただしく寝間着を脱ぎ捨てて、制服の袖へと腕を通す。
「うん! よし、完璧」
新しい制服は赤いリボンが特徴的で可愛くてお気に入り。
卒業まで残り一年もないのに、『皆と制服が違ったら浮いちゃうでしょ?』とお母さんが取り揃えてくれた。
「いってきまーす!」
「いってらっしゃ――って果歩、朝ごはんは?」
「いらなーい! 時間がないのっ」
「ごめん!」と謝りながら、私は家を飛び出した。
……
七月半ばに引っ越して、数日登校した後に夏休みを迎えた。
時期が悪かった。
高校三年生。それも夏の真っただ中。
進路の準備に忙しい学生には、新しい転校生に構う暇もなく、皆自分のことで精一杯だ。
だから私には友達と呼べる友達がまだいない。
「おはよう……ございます」
「ん、藤嶌さん。おはよう~」
挨拶くらいは交わせる。
そんな関係。
……
時計の針が夜の十二時を指そうとしている。
――うめぃっ!
通知音がしてスマフォに手を伸ばした。
『やっほ~。わ・た・し! 休みは昨日までだったよね? 新しい学校にはもう慣れた?』
陽子からだ。
「うん。皆仲良くしてくれてるよ~」
『おお~。良かった。まだ友達も出来ずにさ、果歩が一人寂しくしてるんじゃないかってわたしゃ心配で心配で……ようやく夜以外も寝れそうだよっ』
「なにそれ、夜寝れれば十分でしょ」
『ちっちっち、寝る子は育つって言うでしょ! 私も色々育ちたいのっ』
「なんか私みたいなこと言ってるじゃん! ……ねね、そっちはどう?」
『ん~? どうもうこうもないよ。大学受験で必死な子が多くてさ。辛気臭いっていうの? そんな感じ』
「そっか、こっちもそんな感じ……」
少しだけ息を吸う。
何気ない風を装って、聞きたかった言葉を口にする。
「……あ、あのさ。〇〇は元気?」
『元気みたいだよ。クラスは違うからほとんど見てないけど』
「そ、そうなんだ」
『んふふ、気になるんだ?』
「ん、別に……」
『お主、気になるなら電話してみれば? 案外待ってるかもよ』
「ん~ん。いい……しない。振った女から電話貰っても嫌でしょ……」
『……そんなことないと思うけどなぁ』
「ううん、いいのいいの」
しくった。余計な質問をしてしまった。
〇〇の話は避けてきたのに。つい魔が差してしまった。
『大学受かったらこっちに戻ってくるんでしょ? ○○くんもさ――』
「陽子! だ、大丈夫だから」
『あ、うん。……ごめん』
「いや、私もごめん。も、もう寝ないと!」
『あ! ごめんね。こんな時間に電話しちゃって』
「ううん、そんなことない。久しぶりに話せて嬉しかったから」
『私も~、相思相愛だね!』
「そうだね(笑)」
『結婚する?』
「遠慮しとく!」
『がーん!!』
「……ふふ。それじゃ」
『うん、おやすみ!』
「おやすみ~」
無造作にスマフォを放り投げ、ベットに仰向けになった。
「……私の馬鹿……」
私たちの関係は些かめんどくさいことになっている。
二人で同じ人を好きになって、それでもお互いに尊重し合ってて。
陽子は〇〇の元カノで、私はそんな彼から告白を受けた女で……
『私が付き合ってたのなんて、一年の時だよ? うちらもう三年生。めっちゃ昔のことだから、気にしなくていいのに』
告白を断った次の日に陽子から言われた言葉。
『好きなんでしょ? 私には分かるって』
なんて言われたけど、私にだって分かってた。
陽子がまだ〇〇の事を好きだって。
それに、私は遠くへ行くことが決まってたから彼と一緒にはなれない。
だから断ったんだ。
でも――
それが正しかったのか、未だに分からない。
いつまでも私の心に燻り続けている。
『――藤嶌っ!!』
出発の日、転校することを知らないはずの〇〇が家にやってきた。
『……はぁはぁ、むこう行っても……頑張れよ。藤嶌らしく、元気に楽しく過ごしてほしいっ。俺も元気でいるからさ……』
トラックで走り去る私に向かって、大声で別れを叫ぶ。
『ばいばいっ!!』
と。
私は泣いてしまって返事をすることができなかったけど。
〇〇の優しさに触れて、やっぱり好き――好きなんだって改めて思い知らされた。
「……はぁ、ほんと何やってんだろ……私……」
滲んだ視界の中。天井の木目を見つめながら、私は眠りへと落ちていった――。
……
まただ。
羊が一匹。
これで何回目だろう。
羊が語る変な夢。
『よろしく、藤嶌さん』
『あれ? また隣なんだね』
『あ~、山田さんね。確かに彼女、目が悪そうだもんね。そりゃあ黒板近い方がいいか』
『お? また藤嶌とだね。今度はたまたま? へ~。でも……俺は嬉しいかな。藤嶌と隣だと楽しいからさっ』
これは〇〇との記憶だ。
『明日の登山、藤嶌と同じ班だったよね。頑張ろうな』
『え? ああ、彼女? ……もう別れたよ』
○○はモテる。かなりモテる。
陽子と別れた後にも、いろんな子と付き合っていたのを私は知っている。
それでも、数か月後には決まって別れていた。
気になって理由を聞いてみたら『好きにはなろうとしたんだけどさ……やっぱり無理で。そんな気持ちじゃ申し訳ないから、さ』と苦笑いしながら教えてくれたっけ……
(俺には人と付き合う資格なんてない。それでも、どうしてもって言われて、結局みんなと付き合ってしまった)
(こんな俺のどこがいいのか、つまらなくて最低な男なのに)
これは知らない。
私の知らない彼の気持ち。
(やっぱりだめだ。この子がすごくいい子なんだって事は分かる。でも、それで恋愛感情があるかと言われたら答えはNoだ)
羊がじっと私を見ている。
そこから語られる話。
これはなんだろう?
私の想像なのかな?
それとも――
(俺は誰が好きなんだろう……)
(自問してみて、思い浮かんだのはずっと同じクラスだった藤嶌のことだ)
(俺は、いつのまにか藤嶌に惹かれていたのかもしれない)
私の願望なのかな……。
……
放課後、なんとなく校舎を歩いていた。
新しい学校はかなり大きい。
広い校舎を探検してみると案外に楽しくて、勉強に疲れた頭をリフレッシュさせてくれる。
「ん、なんだろう?」
ふと部員募集のポスターに混じって、張られていた一枚の紙に目を惹かれた。
「オカルト同好会……。摩訶不思議な現象に悩んでるそこのあなた! 私たちが解決してみせます! 待ってます、あなたの依頼を! ってなにこれ」
一文を読んで首を傾げた。
オカルト同好会か、なんだか胡散臭いなぁ。
でも。
もしかしたら変な夢の相談に乗ってくれるかもしれない。
なんとなくだけど、そう思った。
そうして私は、用紙に書かれていた部室の場所へと赴くことにした。
……
古っぽい木造建ての旧校舎。
――ギシッ、――ギシッとなる木の床に、「雰囲気はあるな~」と呟きながら目的の場所へと辿り着いた。
「ここかな?」
ドアノブに手をかける。
「……もう! ……あ……たち――!!」
「……いや、それはだね………なわけで……」
部屋の外にまで話し声が聞こえてきた。
お取込み中なのかもしれない。
どうしよう。
と、迷っていたら――
ガラララ、と建付けの悪い音と共にドアが開いた。
「こんにちは、お客さんかな?」
「あ、はい。こんにちは」
出迎えてくれたのは優しそうな男の子。
部室の中に視線を送れば、二人の女子生徒の姿が見えた。
「お? これはこれは、どうぞどうぞ」
「お客さん? 珍しいわね……」
「ささ、どうぞ中に」
……
「はい、ごちゃごちゃしててごめんね」
「いえ……ありがとうございます」
差し出されたお茶にお礼を述べて、ちらりと部室を見やる。
彼女が言うほど散らかってはいない。
むしろ、整然と整理された本棚から綺麗に並べられた置物らが、この部屋の主の几帳面さをよく表しているんじゃないかと思わせるくらいには、手入れが行き届いていた。
海外のお土産かな?
不思議な動物の造形をした置物が目に入った。
「確か、転校生の藤嶌さんよね?」
話しかけられて、慌てて視線を戻す。
「あ、はい。そうです。転校してきた藤嶌果歩です。よろしくお願いします」
「うん。私は井上和、いちよ同好会の会長をしているわ。よろしくね」
うわ、なんて綺麗な人なんだろう。
それが彼女に抱いた最初の印象だった。
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