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524と00(12)

「危ないわ」

 物陰に身を隠した女子生徒が額を拭う。

『ブーーーー』

「濱岸さん、アウトです!!」

「あれ? 当たってた? おかしいなぁ」

 また一人脱落した。

「オイオイ~、どうしたぁ? こんなもんかぁ? ……隠れてばっかじゃ勝てねぇぞぉ……なぁ、おぉい。まさかビビってんのかぁ? こっちは俺一人だってのによぉ」

 挑発にも取れる和馬の声が教室に響き渡った。

「……くそっ、調子に乗りやがって…」

 机を積み重ねて作られたバリケードの隙間から様子を窺えば、中央の椅子に腰かけて踏ん反り返る和馬が見えた。
 
「……どないすんの?」

 とすぐ近くに隠れていた小西。

「アイツの言う通り隠れてたって勝たれへんで」

「分かってる……」

 ちらりと周囲を確認する。どうやら生き残っているのは俺と小西を含めて四人だけのようだ。
 俺の視線を受けてか、彼らがこちらに顔を向ける。
 僅かな交差の果て、こくりと頷かれた。
 再び横に視線を送れば、彼らと同じように頷く小西。その眼はギラギラと燃えていて、勝利を信じて止まない意志の強さを感じとれた。

「……んじゃ……いくぞ――」

 右手を小さく掲げる。味方にだけ見えるように三本の指を立てて。一本ずつそれを折っていく。

 三……二……一……

「今だッ」

 合図と共に全員で攻撃を開始する。立ち上がり身を隠すことをやめて銃を構えた。
 こちらが引き金を引くより早く、和馬の銃口が震えた。

「――ハッ! 読めてんだよぉ!!」

 放たれた白い弾丸が俺の脇を通り過ぎていく。

「アイタッ!」
「しまっ!?」

 二人が脱落した。
 残念ながらこちらの攻撃は外れたらしい。それを確認して和馬がニタリと笑う。両手には大型のマシンガンを構えて。

 こっちは小型の拳銃なのに卑怯だ――とは言わない。
 こいつは特別だ。所謂ボスキャラ。それも懸賞金は『一億ヒナタドル』らしい。
 単位がよく分からないけど、どうやら相当の大物だということが分かる。

「○○~。後はお前たち二人だけだ――っぜッらぁあ!!」

 和馬の視線が揺れる。俺から小西へと切り替わった――瞬間、俺の体は動いていた。

「小西っ」

 跳ねるように彼女の前に飛び出た。

 ――ぐっ!?

 背中に感じる微かな衝撃。被弾してしまったらしい。

「ハッハー!! 撃ち取ったぜぇ!! ○○ッ!!」

 背後から聞こえる薄ら笑い。和馬は随分とご機嫌のようだ。

「加藤君、アウトです!!」

 脱落を告げるアナウンスにッチと舌打ちをする。あいつにやられたことが素直に悔しかった。だけど、負けたとは思っていない。

「――後は任せたぞ、小西」

 俺を倒した喜びか、和馬に生まれた僅かな油断。生き残った最後のガンマンはその隙を見逃さなかった。
 俺というバリケードの隙間から銃口が覗く。

「ほんまに! しんどいんやからっ」

 言葉とは裏腹、喜色満面の笑みを浮かべて――



「BAN!!」

 なんて口にしていたのが、なんだかとても微笑ましかった。



 ……


 
「へいっ。エールお待たせしましたっよっと!」

 無造作に置かれた二つのジョッキ。黄金色にも見える液体の上層は白く泡立っていた。

「雰囲気あるなぁ」

 ビール――に見立てた麦茶に口を付ける。

「ぁー、キンキンに冷えてて美味い!」

「……やな」

「お疲れさん。ほれ、戦利品らしいぜ。お先にどうぞ、英雄さん」

「ふ。ほな、頂きます」

 骨付き肉を一つ、美味しそうにかぶり付く小西。

「うんまぁ~い」

 勝利の味は特別なのか、柔らかな笑みに俺の表情筋も解けていく。

「どれ、俺も! ――うん! うっま! 想像してたより百倍は美味いな」

 スパイスがほどよく効いていてとてもジューシーだ。噛めば噛むほど肉汁が溢れ出てくる。

「文化祭のレベルじゃない」

「一億ヒナタドルの味ってやつやな」

 C組の出し物は西部劇を舞台に参加者が賞金稼ぎとなって、生徒が扮した敵を倒すというシューティングゲームになっていた。
 そしてD組のレストランはそれと連動している。C組で倒した敵の分だけポイントを得られ、ポイントによって出される料理が変わるというシステムだ。
 よく出来ている。確か各クラスの催しを決めたのは生徒会だったはずだ。 
 やるな~と感心しながら、残りの料理を平らげた。



 ……


 
 その後もいくつかのクラスを回り歩いた。

 お化け屋敷では終始無言で震えていた小西をゴールまでなんとか引っ張った。出口で『騙したやん』と受けたローキックが地味に痛かった。

 射的では小西の意外な才能を発見したり。

 体育館に行っては妹らとの約束を果たす。

『凄かったな……』
『私感動したわ……』

 何度も同じような感想を言い合ったり。

 そうして、時間いっぱいまで楽しんだ。



 ……


 

「お待たせ。交代するよ」

「うん。ありがと~」

 クラスに戻ってきた。
 これからはメイド喫茶の裏方に徹する時間だ。

「――え!?」

 と同じように帰還した小西が遠くで声を上げた。

「何かあったか?」

「なんだろ? あ、加藤君はこっちね。マニュアルは読んでくれた?」

「おう! バッチリだ。任せて欲しい」

「ふふ、良かった。じゃあ、お願いね」

「うん。楽しんで来いよ。今年はめちゃくちゃ面白かったぜ」

「え~そうなんだ! 楽しみっ」

 委員長を送り出した。

「さてと、仕事するか」

 裏方ブースに入り、腰を下ろす。預かっていたマニュアルを見ながら在庫を確認していた。時だった。

 ――トントン、と肩を叩かれて振り返る。

「ん、何だよ――」


 …………。


 ……あ、――っと……意識が飛びかけていた。

「……」

「……」

 目の前に屈む人物と相対すること十秒弱。

「な、なんかないん?」

 と促されてようやく言葉を発した。

「あ、ああ……」


 
 メイド姿の小西を前にして。
 正直、言葉が出てこなかった。息をすることさえ忘れて見惚れてしまっていた――

「な、なあ」

 照れているのか、恥ずかしそうに俯く小西。
 その様子に心臓がきゅっと縮こまった。

「――好きだ」

「へ?」

「――っ」

 慌てて口を塞ぐ。

 何を言っているんだ俺は……。

「あ、いや。メイドな、好きなんだよ……」

「そ、そうなん……へぇ……」

「ああ、そうなんだ……」

 目が離せなかった。
 未だ見つめていた俺の視線に満足したのか。

「それじゃ、行ってくるわ」

 と立ち上がる小西。

「行ってくるって?」

「そんなん決まっとるやん、メイド喫茶やねんから」

 は? メイド? 小西が?

「なんで?」

「なんでって、頼まれたから仕方なくや……。予想よりお客さんが多すぎるんやと。メイド役が足りひんらしい」

「――な」

 しくった。早計だったか。
 クラスメイトとの仲を進展させ過ぎてしまったらしい。

「だ、駄目だ」

「え? ダメって、それ……なんでなん?」

「なんでって……何でもいいだろ! とにかく駄目だ。お兄ちゃんは許可できません!」

「いやいや、勝手に兄を名乗らんといてやっ」

 ああだこうだと言い合う。

「あ、小西さん早く早く! 混み出してきちゃったから」

「うん。今行くで!」

「マジか……」

 かくなるうえは……。




「おおおお!!」
「え? あれ? 誰? あんな子いた?」
「すっげ、めっちゃ美人!」

「あれって小西さん?」
「うわぁ~すっご……私、女なのに……ま、まいったなぁ」
「可愛いいいい!!」

 店内から歓声が聞こえてきた。

「っち、くそ……」

 零れ出た正体不明の不満に疑問を抱くこともなく。蝶ネクタイをしゅるりと結び、身ぐるみ剥がされて横たわるクラスメイトにジャージを放る。

「すまんな、野球少年」

 一言謝って俺も戦場へと繰り出した。

 

「え!? あのイケメン誰!?」
「キャー! マジ、イケメンじゃんっ」
「やっば、惚れた。てか濡れた」

「おいおい、ついに加藤まで出張って来たぞ」
「執事服は余ってなかったよな?」

 飛びかう雑音はすべてシャットアウト。俺は一直線に目的の場所へと進む。

「お待たせしました。ご主人――」
「はい。ここからは私が承ります」

「っへ?」
「は?」

 接客している小西から強引にお盆を奪い取り、客の視界から遮るように背に隠す。

「いらっしゃいませ。そしてお帰り下さい。ご主人様」

「ちょ――っ!? 何言うとんねん!」

 背後からの言葉もシャットアウト。俺は笑顔のまま――あくまで俺の中では笑顔のまま――

「それで? ご注文はいかがなさいますか?」

 目の前に座る二人の男性に、にっこりと微笑んだ。



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