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524と00(13)

 文化祭二日目。
 昨日に続き今日も我がクラスのメイド喫茶は大盛況である。

「〇〇君いるー??」

 とスタッフルームにいた俺を呼ぶ声が。

「ほいほい。ここにいるよー。なにかあった?」

「えっとね。お知り合いの方が呼んでるよ」

 知り合い? 誰だろう……。

「うい、すぐ行く。……あー、すまん。ちょっと抜けるわ」

 裏方連中の了承を得て店内へと顔を出した。

「あー!! 〇〇君発見!!」

「え? どこどこ?」

 大声が俺の耳にまで届いた。

「ちょっと店長。なんで来てんすか」

「えへへ、来ちゃった!」

「『来ちゃった!』って恋人みたいな反応すんのやめて下さいよ」

「きゃっ! 恋人だって」

「うざっ……」

「はい、減給っ!」

 酷い。横暴すぎる。

「……ねえ……私もいるんだけど?」

 と膨れっ面の史帆が俺の脛を蹴った。姉妹揃って脛を蹴るのが好きらしい。お陰様で生傷が絶えない。

「史帆がね~。〇〇君の執事姿の写真が撮りたいって言ってんだけど……ねね、執事はいつやるの?」

「……あー……その……なんといえば……」

「昨日は執事服着てる○○君がいたって噂で聞いたんだけどなぁ。今日はやらないの?」

「その……」

「……どうなの?」

 言い渋っていた俺に史帆が首を傾げた。

「……うん、そう。今日はやらないんだ」

「え~! そっかぁ~……残念」

「まぁ……もともと俺は裏方だったから。昨日はたまたまやってくれって言われて――」

 と言い訳をする。――ただし、嘘の言い訳である。
 坊主頭の阿部君から強引に執事役を奪った挙句、小西の接客を悉く邪魔し、クラス中から顰蹙ひんしゅくを買ったなんて口が裂けても言えない。

「という訳でさ、俺じゃなくて莉奈のメイド姿を」

「それはもう撮った!」

 と食い気味に。

「沢山撮ったから後で〇〇にもあげるね。もちろん莉奈には内緒で」

「……さすがお姉様。頂戴いたします」

 えへへと笑い合う姉弟。
 誤解されがちだが俺はシスコンではない。兄として妹の成長記録を保存しておく義務があるのだ。

「ほんとっあなたたち兄弟は似てるよね」

「止して下さいよ。俺は史帆ほど子供っぽくないですから」

「生意気っ」

 本日二度目の襲撃を受けて右足の脛夫君が悲鳴を上げる。

「イテテ……お前、そうぽんぽんと蹴るなよな」

「ふんっ!」

「ふふっ……じゃ~○○君に挨拶もしたし。そろそろ行こっか」

「そうだね」

 史帆の正体に気付き出したのか、周囲がザワザワし始めていた。
 それを感じとったらしい。帽子を深く被り直し、そそくさと教室から出ていく二人。
 俺の姉は芸能人だ――といっても読者モデル出身で、何回か端役でドラマに出たことがある程度の決して有名とはいえない存在である。

「……はぁはぁ……ちょっ――か、加藤史帆さんが来てるって聞ぃたんやけど!?」

 今しがたスタッフルームから飛び出してきたこの小西夏菜実のように、一定のファンもいるにはいるらしい。

「ほんの少し前までな。店長と来てたぞ」

 店長。本名を佐々木美鈴。姉の数少ない友人である。

「――、な」

 じろりと睨まれた。

「どうして教えてくれへんかったんよ!!」

「なんで教えねばならんのだ」

 と呆れたように言い放てば、

「は? 私が加藤史帆さんのことをどんだけ好きやと思っとるん!」

 鬼のような形相で俺の胸倉を掴む小西。

「ああ……最悪や……挨拶もできひんかった……これじゃあ礼儀がなってへんて思われたかもしれん……最悪や……」

 今度は目に涙を浮かべる。お前の情緒はどうなってんだよ。

「……加藤史帆さん……グスッ」

 なんで毎回フルネームなんだ?

 などと色々疑問は尽きなかったが、お客さんで溢れかえってきた店内に気付き急いで裏へと戻ることにした。

 
 

「すまんっ。今戻った」

「おかえり~。〇〇君も小西さんも早く早く~手が足りなくて」

「おう! 任せてくれっ」

「……うぅ……加藤史帆さん……」

 おいおい、いつまで言ってんだよ。

「ど、どうしたの? 小西さん……大丈夫?」

「あ~……知らないほうがいいこともある。暫くそっとしといてやってくれ。その分は俺が働くから」

「そ、そっか。分かった」

 そうしては俺は、幽鬼のように立ち尽くす小西を放置して裏方仕事を再開した。

 ――それにしても……史帆のどこに憧れる要素があるのだろうか。
 人の好みというのも分からないものだな、と無駄に偉そうな弟なのであった。




 ……




『只今を持ちまして、日向第四高等学校文化祭の終了をお知らせいたします。生徒の方は引き続き後片付けのほどをよろしくお願いします。尚、十九時より後夜祭を行いますので、時間になりましたら校庭にお集まり下さい』

 文化祭の終了を告げるアナウンスを機にそれぞれが地べたに腰を下ろす。

「……疲れたぁ~」
「お疲れ~」
「腕バキバキだ」
「足痛~い」

「でも! 疲れたけど楽しかったよね!!」

「……だね。うん……楽しかった」
「だな!」
「まじでやり切った感強くね?」
「分かる! めちゃくちゃやり切ったよな! 俺ら」

「理央が一番大変だったよね? 皆を引っ張ってくれてありがとうね」
「確かに! まじ感謝だわ」
「清水さんいなかったら絶対やばかった」

「そんなことないよっ。皆の協力があったから……ううん。そうじゃない。皆で一緒に作ってきたんだよ! だからね……ありがとうじゃなくて、お疲れ様だよっ」

「理央……」

「清水の言う通りだな」

 と俺は口を開いた。

「やり切った――これが充実感ってやつなんだろうな。……それってさ、全員で頑張ってきたからこそ、そう感じるんだと俺は思うんだ」

 〇〇が発言するなんて珍しい――そういった視線が俺に集まる。

「大人になってから思い出すんじゃないか? 『あの時の俺たちめっちゃ青春したじゃん!』って」

 俺らしくないことを口にしていた。

「〇〇くん……」
「うんうん、なんかわかるかも~」
「私もぜったい思い出すと思う。そんくらい満足してるもん」

 感化されたのか、そんな声がちらほらと。

「でもさ、加藤君は昨日めちゃくちゃ邪魔してたよね」
「そうだぞ! 加藤! 俺はまだ恨んでるからなっ」

 中には昨日の蛮行を非難する声も。

「――う、それはほんと悪かったと思ってる」

 すまんな阿部君。あの時の俺はどうかしていたらしい。君から服を奪ったことはちゃんと反省している。

「っへ……なんてな。冗談だよ。別に気にしてねぇから……それにお前のジャージちょっといい匂いがしたし」

「え? そ、そうか……はは……」

 き、聞かなかったことにしよう。

 怪しい発言に女子たちが色めき出した。
 変な噂が経ったら嫌だ――と急いで話題を変える。

「小西はどうだった? 楽しめたか?」

「え?」

 今度は視線が小西に集中していく。

「……そやな。うん。私も楽しかった、と思う……こないして皆でなんかするのも悪ない、なんて」

 と照れくさそうに笑う。

「わ、私の勘違いかもしれないけど! 文化祭を通して小西さんと仲良くなれた気がするっ」

「勘違いやないで。私もそう思っとる」

「ほんと!? やった!!」

 どうやらクラスメイトと良好な関係を築けているらしい。

「さてとっ」

 清水が立ち上がった。

「それじゃあそろそろ――」

「よ~し。みんなでこれから遊びにいこ~」

 と清水の発言に被せるようにすみれが声を上げた。

「打ち上げだ~。さぁ行こう~」

「ちょっとちょっと! だ~め。よく見て――」

 皆が目を背けていた――見たくもない現実を突きつけるように、清水が教室へと腕を広げる。

「後片付けが残ってます」

 そう言ってにっこりと微笑んだ。

「うぅ~清水は悪魔だ~」

「もうちょっと余韻に浸らせてくれ~」
「委員長最悪~」
「最低~」

「はいはい。悪魔でも最悪でも最低でも結構ですっ。ほらほら、そろそろ動こうよ! 後夜祭もあるんだしさっ」

「っちぇ」
「仕方ねえ。ちゃっちゃと終わらせようぜっ」
「おう」

 なんだかんだ文句をいいつつもワイワイと後片付けをするクラスメイトを微笑ましく思った。



 ……



 時刻は十九時半。
 後夜祭が始まって少し経つ。

 ステージに立つ校長のスピーチをBGMに各自思い思いの場所に腰を下ろし、ある一点見つめていた――中央に聳え立つ巨大なキャンプファイヤーを。

「よ――っと。邪魔するぜ」

「ん……」

 隅の方にいた小西の横に座り、労いの言葉と共に缶コーヒーを手渡す。

「ブラック……」

「あ、飲めなかった? 俺ブラック好きだからって無意識に買っちゃってたわ。すまん。もう一本買ってくる」

 立ち上がった――俺の袖を小西が掴む。

「いや、ええよ。これでええから……」

「そ、そう?」

「うん……これでええ」

 そう言って一口。僅かに眉間に皴を寄せるも二口三口と続けて啜る。

「無理すんなよ……」

「別に。無理してへん」

「そっか……」

 苦笑しながら再び腰を下ろした。

「あ~! いた~!」

 とすみれの声。

「隣いい~?」

「おうっ」

 ――よいしょっと俺の横に。

「お疲れ。悪いな二本しかなくて」

「ううん。全然大丈夫だよ~。私もさっきまで飲んでた、し……」

 少しずつ声が小さくなっていく。
 数秒後「あ、あのねっ」と意を決したようにすみれが声を張った。

「……えっとね」

「どうした?」 

 なんだろう。珍しいな。
 普段のほんわかしたすみれはどこへいったのか。何やら言いづらそうに、もじもじとしている。

「し、知ってた? あの二人ね。付き合うんだって……」

「へぇ、まじか。意外――でもないか」

 キャンプファイヤーの周りでは何組かのカップルがフォークダンスを踊っている。
 その中には俺たちのクラスメイトの姿も。

「……〇〇君と小西も最近仲いいよね?」

「へ?」

 俺と小西を見つめるすみれ。

「付き合ってるのかな?」

「は?」

「――なっ!?」

「……ふふっ。二人共、面白い顔してるよ~」

 なんて言ってくすくす笑う。次第に、その顔が徐々に真剣な表情へと変化していった――

「その感じだと、”まだ”付き合ってはないんだね~」

「まだもなにも……」

「付き合ってへんで……」

「えへへ。そっか~。……なら私にもチャンスがあるってことだよね?」

「え――」

 数拍置いて「だからねっ――」と上目遣いに俺を見つめる。

「……わ、私のこともっ!! …………私のことも、見て欲しいなって……」

 そう言って俯くすみれ。焚火のせいか、頬を紅く染めて――



 その姿がやけに儚げに見えた。

「それって……」

「……うん。そういうことだよ……」

 ――チクリと何かが胸を刺す。

「そっ――か……ありがとな……」

 ようやく絞り出せたのはそんな一言だった。そのくらいこの時の俺には余裕がなかった。
 だから――

「……アホ」

 小さく聞こえてきたその呟きと――ぎゅっと掴まれた服の裾に、気付いていないフリをしていたんだと思う。




 
 あとがき。

 『524と00』をお読み頂きありがとうございました。

 次回から524シリーズ第二章へと移ります。それに伴い次章はタイトルが少し変わります。

 『524と  』

 更新まで今しばらくお待ち下さい。


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